第4話 ドラゴンの巣窟へ
セシルは自室から庭を眺めて、ため息をついた。庭にはアルベールから贈られた木があった。
(見せかけの妻によくやる‥‥)
この前に会ったばかりで、しかもそれ以来顔を見せず、機嫌取りのように贈り物だけ贈ってくる男だ。
愛する気があるように見えたのは、相手に「そう思わせたい」という意図があるからだろう。
きっと、セシルがここでの生活が嫌になって逃げ出したら困る理由でもあるのだ。
今日のセシルはここへ来て初めて仕事を頼まれていた。それは、聖女であるセシルにしか出来ないことだった。
仕事自体は構わないのだが、セシルとしては、もう少しビジネスライクにやりたいものだと思う。セシルにここから逃げる意思はないし、あまりお金をかけられ過ぎて後から別のことを請求されるのも恐ろしい。
セシルは、他人からの無償の好意というものを信用していなかった。
それに‥‥‥
「また、なくなってる」
ここ最近、セシルが持ってきていた数少ない物がなくなっているという現象が起きていた。
セシルの不注意か、はたまた悪意のある者による行為なのかー‥‥
「アルベール様がお見えです」
「え?」
扉が鳴ると同時にレインのそんな言葉が聞こえてきて、セシルは焦った。
今日は仕事に行くとのことだったが、まさか自室まで迎えに来るとは思わなかったのだ。
慌てて格好を整えて部屋から出ると、旦那様とレインは何かを話していた。セシルが2人の前に行くと、話をやめてセシルの方を向いた。
「久しぶりだな。元気にしていたか?」
「お久しぶりです。お陰様で」
「何よりだ」
彼は目を細め笑みを浮かべた。その瞬間、ブワッと漂う色気のすごいこと‥‥‥
「ところで、今日は何をすればいいのでしょうか?」
「魔物の討伐だ。俺が抱えている騎士だけでは対処しようがなくなってきている。すまないが、手伝って欲しい」
「すまないと思う必要はありませんよ。そういう契約ですから」
そんな話をしながら、セシルとアルベール、それからレインの3人で屋敷を歩いていく。流石にアルベールがいるからか、使用人たちの悪意ある声は聞こえてこなかった。
屋敷前に着いている馬車までたどり着いて、セシルはレインを振り返った。彼女の見送りはここまでだろう。
「それじゃあ、レイン。行ってくるわね」
「ええ。お気をつけていってらっしゃいませ」
セシルが微笑むとレインも笑みを返してくれる。ここに和やかな空気が流れていた。
しかし、そんな2人を穏やかじゃなく見ている男が1人。
アルベールは、レインの腕をつかみ、セシルに背を向けた。そのため、セシルに2人の会話は聞こえていない。
「レイン。お前たち仲良くなってないか?俺よりも」
「それはそうですよ。2週間も家を空けていた誰かさんとは違い、私はセシル様をお支えしていましたから」
「それは、別件の仕事が」
「ちなみに、セシル様は愛人に会いに行っていると思っておりますので」
「は?」
「その上でこっちには気を遣わなくていいと言ってらっしゃいましたので」
「は??」
「それでは、今日の討伐、頑張ってきてくださいね」
レインは言うだけ言って、セシルの元へ駆け寄る。彼女は既に馬車に乗り込んでいて、アルベールがエスコートすることも出来ない。
アルベールは頭を抱えながらも、馬車に乗り込んだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
馬車で移動を始めて1時間くらいで、目的の場所にたどり着いた。
アルベールは、魔物討伐を行う森の守人に挨拶に行くと言ってしまい、どこかへ行ってしまった。
とはいえ、その場にセシルが一人になった訳ではなく、討伐に行く騎士団の人も数人いる。
やがて、その集団の中で、最年長のらしいがたいの大きな男性がセシルに近づいてきた。
「おいおい、嬢ちゃん。そんな細くて討伐に参加できるのか?」
彼の言葉に呼応するように、他の騎士たちも声を上げる。
「絶対に無理だろう。弱すぎる」
「足手纏いになるくらいなら、帰って欲しいっすね」
「大丈夫です。聖女なので」
「聖女って。その力が弱いから、王宮から追放されたんだろう?」
そこに、セシルを庇うようにして前に出たのは、戻ってきたアルベールだった。
「やめてくれ。彼女は必要な力を持っているんだ」
「‥‥‥アルベール様が言うならいいけどよ」
彼らはアルベールが来たことで下がって行ったが、納得はしていないようだった。
その後、すぐに出発となったため、その話は立ち消えとなった。
セシルとアルベールは並んで歩き、その後ろには騎士団の数人がいて、隊列を崩さずに、歩いている。
セシル達はやがて森の中へと入っていった。
「ここの空気はきれいですね」
セシルは片手を掲げて、木漏れ日を遮った。幹の太い大樹に囲われた幻想的な森の魔力を確かに感じながら、セシルは歩いていた。
「そうなのか?」
「はい。王都の空気は淀んでおりましたので」
アルベールは少し考えるそぶりを見せた後、口を開いた。その間、太い木の根があったため、彼はセシルに手を差し出した。が、セシルはその手を借りずにピョンと降りた。
「ここらでの魔物は俺や騎士団に討伐してもらっている。そして、定期的に聖女のユーラン婆さんに浄化してもらってたんだが‥‥‥」
「先々代の大聖女、ユーラン様ですね。なるほど。彼女の存在なら、この地域の魔物の少なさにも納得です」
魔物は倒しても、放置していると疫病の元となる毒素を撒き散らす。その毒素を浄化出来るのは、聖女の祈りだけだった。それ故に、どこの地域にも聖女は必要とされている。
(この地域にいらっしゃったのがユーラン様なら、この空気も納得ね)
優しい聖魔力が漂う森の空気を吸い込む。
生前、ユーランと会ったことは数えるほどであったが、セシルにかけてくれた優しい言葉とその温かな聖魔法はよく覚えている。
「しかし、彼女が亡くなって一気に魔物の数が増えた。騎士団からの犠牲も増えている。なんとかしたいのが現状だ」
「分かりました。私にはユーラン様ほどの力はないと思いますが、出来る限りお力添え致しましょう」
アルベールは、ニヤリと笑ってセシルを覗き込んだ。
「俺は期待しているぞ?神々しいと噂の聖女様を」
「ご冗談を」
セシルは、口端をヒクつかせた。きっと、レインから幼い頃の話を聞いているのだろう。しかし、それをわざわざ
(こ、この人苦手かも!)
セシルはふいと明後日の方向を向いた。
「そうやって、人をからかうのはよしてください。無理に親しくしようとしなくとも、仕事はきちんとするので」
「からかっているつもりはないし、無理もしていない。事実を言ったまでだ」
「事実ではありません!!」
「俺も神々しいと思っているからな」
「神々しいなんて、あり得ませんから」
「それとも、可愛らしいと言って欲しいのか?」
「そういうことではありません」
セシルは拳を握って、アルベールに反論した。神々しい云々の話は、レインのフィルターが入っているだけだ。
しかし、彼はクスクスと笑うだけで、セシルの言葉を聞き入れようともしない。
そういう口説き文句は本当に好きな人に言えばいいのに。
「大体、あの贈り物だって‥‥‥」
セシルがさらに反論を続けようとした、その時だった。
「頭を下げろーーー!!!!」
騎士団員のその声と共に襲いかかる爆風。セシルはアルベールに頭を抑えられて、寸でのところでその攻撃を避けることが出来た。
たとえ攻撃を受けたとしても、セシルの力なら治すことも出来るので、別によかったのにと思った。が、アルベールはその表情に焦りを滲ませている。
(というか、今。守られた??)
自分で自分の傷を治せるということで、庇われたことなどないセシルは、突然のことに戸惑った。
「ドラゴン型の魔物だ。こんな時に‥‥」
アルベールの言葉通り、そこにいたのは、中型ドラゴンの魔物だった。攻撃力が高く、なかなかお目にかかれない強さと珍しさを持っている。
実際、既に騎士団の何人かは、突然の奇襲に怪我を負っている者もいた。
更に、その魔物は一匹だけではなかった。その攻撃を皮切りに同じ種類の魔物が何体も現れ、彼らを囲った。
「巣窟か‥‥‥!」
「アルベール様!どうされますか?!」
「一旦撤退だ!怪我人もいる。人員を揃えてから、もう一度‥‥‥」
冷静な判断としては、それが正しいのだろう。しかし、ここには大聖女の血を引く聖女がいた。
(ここで力を示せば、また恐れられるかもしれない)
また、ひどい扱いを受けるかもしれない。そう考えたのは、一瞬だった。
「聖女・セシルの名の下に命ず。爆ぜろ」
透き通っているが、意志の強い声。その声が辺りを震撼させる。
その瞬間、凄まじい轟音ごうおんと共に魔物は爆発四散した。
セシルの白い髪がゆらゆらと揺れる。キラキラと舞い散る黒と紫の光に照らされたセシルは、ゆっくりとアルベールを振り返った。悲しげに微笑みながら。
言ったでしょう、と。
「神々しさなど、微塵もないですよ」
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