第3話 化け物と罵られた日々
セシルは、これまで「化け物」と罵られることが何回もあった。
その言葉が、「魔物の子」という意味を持つ時もあれば、セシルの見た目を揶揄している時もあった。
教会では、穢れを浄化するという名目の折檻の中で。王宮では、過剰労働の末に意識が朦朧とする中で。
何回も、何回もー‥‥‥
「セシル様っ!」
レインの声でハッとする。そして、セシルの目線の端で何かがこちらに飛んでくるのが見えた。そして、レインがそれを素手で振り払うのも。
「大丈夫?!」
「大丈夫です。攻撃力の低い魔物でした」
レインの指差す方向を見ると、そこにいたのは小さなネズミ型の魔物だった。レインが振り払ったからか、体をピクピクさせてひっくり返っている。
魔物は人間に襲いかかり、放置すれば、空気を汚染し疫病をもたらす。セシルはすぐさま祈りを捧げて、その魔物を浄化した。
「おかしいですね。ここら一帯は魔物が寄りつかないような結界が張られているのに‥‥‥」
「そうなんだね」
レインの方を振り返ると、彼女は傷口に白いハンカチを巻くだけで、手当てを終わらせようとしていた。
「待って! 痕になってしまうかも」
「これくらい大丈夫です」
「ダメだよ」
セシルは、レインの手を握って、聖魔力を流し込めるように力を込めた。
「聖女・セシルの名の元に命ず。傷つき、病める者に慈悲と癒しを与えよ」
魔法を発動した瞬間、禍々しい紫の光がレインを包んだ。
この光はセシルが使う聖魔法の特徴だった。他の聖女が聖魔法を使う時は黄金の光に包まれるが、セシルは紫の光しか出すことができない。もしかしたら、セシルが持つ高い聖魔力の代償なのかもしれない。
レインはセシルの魔法を見て、呆然としている。
不気味な光で怖がらせてしまうかもしれないけれど、少しだけ我慢してもらおうと考えて、祈り続ける。
徐々に、徐々に。レインの傷が治っていった。
しばらくの沈黙。
「もしかして怖がらせたのかも」と段々と不安になってきているセシルに、レインはようやく口を開いた。
「‥‥‥セシル様。私、かつてあなた様に助けられたことがあります」
「え?」
「あなたが屋敷にやって来て下さった日から、似ていると思っていましたが‥‥‥。今、あなたの魔法を見て確信しました」
レインは、小さい頃、親に犯罪組織へ売らつけられてしまったことがある、と話し始めた。彼女の故郷は、確かにセシルの生まれた教会と隣接しており、彼女の話が嘘ではないと分かる。
「いよいよ、連れ去られてしまう、その時に、通りがかったセシル様が、聖女の魔法で助けて下さったんです。その時の姿は本当に神々しく‥‥‥」
凛としていて、愛らしくて、いじらしくて‥‥‥と延々と褒め言葉が出てくる。自分とは大分かけ離れたイメージに、セシルは「ストップストップ」とレインを止めた。
「それは、本当に私かな?」
何を当たり前のことを、と怪訝な顔をするレインに、セシルは「だって」と続ける。
「私は、よく“化け物”だって言われるから」
「セシル様は化け物などではありません。‥‥‥だって、セシル様も、セシル様の魔法も、綺麗ですから」
セシルは、自分の見た目や魔法を嫌っていない。嫌ったことなどないが‥‥‥
それでも、レインの言葉はとても嬉しいものだった。
「ありがとう。レイン」
レイン曰く、セシルに助けられた後は、紆余曲折を経て、ちょうどその土地を治めていたアルベールに保護されるに至ったらしい。
レインはセシルの手を握り、ひざまづく。
「あなたは、今も昔も私の恩人です。私は、セシル様に何かありましたらどこへでも飛んでいきます」
「そんな、大袈裟な」
「大袈裟ではないです。なんでも言ってくださいませ」
レインの表情は至極しごく真面目だ。それに、彼女は「なんでも」と言ってくれた。
ならば、ずっと言いたくて堪らなかった言葉を告げようとセシルは決心した。
「じゃあ‥‥‥‥じゃあ、一緒にご飯食べたいかな」
「そんなことでいいのですか?」
「私にとっては重大かも?」
二人でふふっと笑いあう。
「かしこまりました、奥様」
「あれ、もうセシルって呼んでくれないの?」
セシルがレインを覗き込むと、彼女は少しだけ顔を赤くした。
「それは‥‥‥。先程は焦っていて、つい呼んでしまっただけで」
「私は呼んで欲しいけどな」
「ですが‥‥‥」
「寂しいな」
そう本音を溢すと、レインはグッと言葉に詰まる。そして、セシルを上目遣いで見た。
「セシル様?」
「様もつけなくて、いいんだけどな」
「それは流石に‥‥‥!」
「うん。ありがとう。レイン」
手を取り合って微笑み合う。本当に、今日は彼女と仲良くなれてよかった。
「さて。アルベール様の贈り物はどこにあるのでしょうか?」
2人で辺りを見渡すが、それらしきものは見つからず、検討もつかない。その時、遠くから声がした。
「セシル様、レインさーん!こっちっす!」
栗色の髪の彼が遠くから手を振って、指を刺す。その指の先には‥‥‥
「‥‥‥‥木?」
セシルがポカンと目の前に存在する木を見上げる。すると、デニスは「はい」と頷いた。
「セシル様がこの屋敷に来た記念って言ってましたよ。愛されてますね〜」
デニスは木の側でニカッと笑うが、セシルとレインは戸惑いを隠せない。
「記念?木???」
「アルベール様‥‥‥」
セシルはひたすら頭にクエスチョンマークを浮かべているし、レインは少し後ろで頭を抱えている。
「なんで、こんなによくしてくれるの‥‥‥」
セシルが呟いた疑問に答える者はいなかった。
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