俺の童貞を守らないでくれ!【短編完結】

佐々木裕平

俺の童貞を守らないでくれ!【短編:1話完結】

・異世界を救った男 


 ここは、ひんやりとした魔王城の最奥部、謁見の魔。

俺はシン。2年前にこの異世界へとやってきた男子高校生だ。いまの俺の職業は戦士だ。

 よくある話で誠に恐縮だが、俺の目的は魔王討伐だ。

 俺は勇者たち一行と仲間になり、旅を続けてきた。

 そして、俺たちは長い苦労の旅路の末、ついに魔王城の最深部、謁見の魔へと足を踏み込んだ。

その玉座に、いた。やつだ。この異世界を牛耳る大魔王だ。

この異世界の住人を恐怖に陥れているという、大魔王ガンゴルドンだ。

主だった手下たちを倒された大魔王ガンゴルドンは、ゆっくりと玉座から立ち上がった。身の丈がゆうに5メートルはあろうかという、巨体だ。

大魔王ガンゴルドンは、まがまがしい瘴気をまき散らしている。そしてやつの魔の手は俺たちのパーティへと迫ってきた。


俺のパーティは勇者・僧侶・黒魔法使い・そして戦士である俺の四人だ。

「愚かなニンゲンめ! 消え失せよ!」

「ちょっと! ウワサよりずいぶん大きいじゃない!」

 仲間の僧侶が叫ぶ。唯一の女性メンバーで、名前はシルエ。ちょっときつい性格の持ち主だ。

 

魔王の攻撃が放たれるたびに、謁見の間の床や壁が崩れていく。

「ま、まずいですね! サイズも攻撃力も桁違いですよ!」

 こいつはラムダ。黒魔法使いだ。ラムダの魔法もちっともダメージを与えられはしない。いつもは冷静なラムダも慌てている。

「ダメだ! 俺の攻撃も効きゃあしない! も、もうダメだー!」

 で、こいつが勇者ハーマン。勇者って言っても、そんなに大したことはないやつだ。

おっと、俺たちのパーティの勇者様に、ついに魔王の豪熱魔法が炸裂しそうだ。


 ……やれやれ。そろそろ、俺の出番だな。

 俺はスタスタと勇者ハーマンの前に立った。そして右手でこともなく、魔王の豪熱魔法をはじき返し、勇者ハーマンの窮地を救った。

「「「シン!」」」

 仲間たちの声がそろう。むふふ。悪くないな。無敵の戦士様の腕の見せ場だ。


「うおおぉぉ! 俺に任せろ!」

 気分ののってきた俺は、両手を頭上にかざし、魔剣召喚に必要な文言を唱える。

「我が名は黒木シン。地獄の深淵よりもなお暗い、漆黒の闇の力を見せてみよ! いでよ! 我が魔剣ED!」

 俺の体内から、漆黒のモヤがあふれ出し、見る間に真っ黒い魔剣へと形を成していく。

 この魔剣はこっちの世界に来る時に、女神様とやらに頂戴した魔剣だ。こいつさえあれば、俺はこの世界で最強なのだ。

 シンプルでごめんね!


「でええぇぇやああぁぁ!」

 俺は魔王ガンゴルドンの巨体めがけて、魔剣を突き上げた。

「ぐおお! な、なんだ! この力は!」

 俺が押せば押した分だけ、その巨体はずるずると後退していく。ちょろいな。大魔王ガンゴルドンって言っても、俺の敵じゃないぜ。

「力押しなら、絶対に負けないぜ! このまま、ぶった切ってやる!」 

「お、おのれ……!」

 おっと、魔王の表情が曇ったな。

どうやら、負けを悟ったらしい。そりゃそうだ。この魔剣EDにかなうわけがないからな。


 余裕をぶっこいている俺の前の空気が、突如振動した。

「このゴミムシめが! ルー・デ・ゾンシ」

 周りの空気が一気に紫色に染まる。

「な、なんだ?」

 さすがの俺も一瞬、焦る。

「はっ、それは! まずいですよシン! その霧を吸い込んではいけません! 古の即死魔法です!」

 仲間の魔法使いラムダが叫ぶが、時すでにおそく、俺はその霧を吸いこんでしまった。


「ごほっ! ゲホゲホ! あー! この野郎! むせちまったじゃないか!」

 とはいえ、魔剣を装備している俺は無敵だから、大丈夫だ。

「バ、バカな! なぜ死なぬ!」

 魔王ガンゴルドンは、魔王のくせにハトが豆鉄砲を喰らったような顔をしている。……まあ、そんなのリアルで見たことないけどね。イメージさ。

「だ、大丈夫なんですか? シン!」

 ラムダが心配そうに俺を覗き込む。と同時に「なんで死なないの?」とでも言いたげな表情だ。

「あ? ああ、なんともないぜ」

 ラムダは呆れた顔をする。この表情もこの度の間に、何度見たことか。

「信じられません。いまの魔法は状態異常の最高度魔法です。ありとあらゆるステータス異常が発生した上に、体中の毛穴から血を吹き出しながら死んでいくはずなのに」

「お前の耐性、ホントどうなってんだ? 仲間ながら信じられないぜ」

 勇者ハーマンもあきれ顔だ。

「どうせいつもの「無敵」で無効になったんでしょ? もう、なんでもいいから、やっつけてよ、シン!」

 僧侶のシルエは相変わらずちょっと偉そうだ。ちょっと腹立つけど、かわいいからまあ、許す。


 まあ、こんな感じで、このパーティは俺で持っているようなものだ。ただ、一人で冒険を進めるには何かと大変なので、仲間がいることは、実際、助かる。

「OK! これで俺たちの長い旅もおしまいだ! そして、ウエルカム! 俺のハッピーモテモテ、異世界ハーレムライフ!」

「ググゥ……貴様、何を言っている?」

「あ、悪いな魔王さん、こっちの話!」

 俺には目標がある。それは魔王を倒し、この世界で英雄になり、もてまくることだ!

 そうじゃなきゃ、2年もかけてこんな魔王討伐なんてしやしないさ。


「そんじゃあ行くぜ!」

 俺はこの冒険中何度も決めてきた最強の必殺技発動体制に入った。

「我が名は黒木シン。吼えろ我が魔剣ED! 我が道を遮る者をせん滅せよ! 奥義! バイアグラ!」

 俺はそう叫びながら、漆黒の魔剣を魔王めがけてなぎ払った。

 距離に関係なく、俺が認識した『敵』は、これだけで確実に、死ぬ。シンプルイズベストだ。

「ぐうぉぉぉぉ! バ、バカな!」

 魔王は、あっさりとひざから崩れ落ちた。


 こうして、この異世界の魔王ガンゴルドンはあっけなく死亡した。

「やった! これでついに俺もモテモテだぜ!」

 俺は魔剣EDを空高く掲げた。

「やったな! シン! さすが魔剣EDの使い手だぜ!」

「シン! ED! シン! ED!」

 仲間たちの歓声と称賛の声が、主を失った魔王城の謁見の間に響き渡った。

「はあ、あんたら、バカね」

 シルエだけが冷静だ。


・美少女登場


 魔王の屍を見下ろしながら、俺は大きく息を吸う。そしてはいた。

 この日まで、長かった。

「……よし。ついに、この世界に平和が訪れたってわけだ。そして俺は今日からモテモテハーレムライフを満喫……! というわけだ」

 俺は振り返り、仲間たちの元へと歩き出そうとした。

「待て! 油断するな! あそこを見ろ! 何か動いていないか?」

 勇者ハーマンが俺の後ろを指さし、叫ぶ。

「ん? どうした?」

ハーマンは大魔王ガンゴルドンの屍を指さしていた。みると魔王の巨大な屍がシューシューと音を立てて、気化していく。その蒸気の中に、何かが揺らめいている。

「ん? あれは人……か?」

 俺はテクテクと気軽に近づく。何せ俺はこの世界では無敵なのだから、怖いものなどない。

「シン! そんなに気軽に近づくな!」

 ハーマンは警戒している。勇者なのに、とても慎重な男だ。まあ、異世界とはいえ、ゲームと違って死んだらそれまでだから、ムリもない。

「大丈夫だって、大魔王ガンゴルドンには完全にとどめは刺しているって……。確かにアレは、人に見えるが…… あっ、倒れた」

 蒸気が貼れるとほぼ同時に、揺らめいていた人影はどさりと倒れた。

 俺たち四人は、その倒れた人らしきものに近づいた。


 人らしきものは仰向けに倒れていた。僧侶のシルエが、おそるおそる顔を覗き込む。

「女の子……ね」

 女の子は、真っ黒なドレスを着ていた。

 ハーマンが女の子の口元に手をかざす。

「ああ、生きている……な。息をしている。眠っているみたいだ」

「そうね。眠っているだけみたいね」

「それにしても、整った顔立ちの女の子ですね」

 黒魔法使いのラムダが、女の子の顔をまじまじと眺めている。

 確かに整っている。

それにしても、どういうわけなんだ。倒した魔王の屍の中から一人の顔立ちの整った美少女が現れるなんて。おまけにぐっすり眠っていて、起きない。

「魔王の本体なのか?」

 俺はよくある展開を想像していた。こいつが実は魔王の最終形態で、とんでもなく強いって展開だ。

「わからないわ。でも放っておくわけにもいかないでしょ」


 勇者ものぞき込む。

「ラムダと同じ意見だぜ。ずいぶん顔立ちが整った女の子だな。年は……10歳くらいか?」

 ラムダは怪訝な顔をしている。

「魔王の体内から出てきたということは、どう考えても普通の人間には思えません」

「……うん、そうね。でも、このコ、確かに人間の女の子よ」

 シルエはさわさわと女の子の全身をまさぐりながらそう言った。

シルエは俺とラムダを見て、続いて勇者を見た。


「……どう思う、ハーマン?」

「どうって言われてもなあ、」

「ねえ、起きて、あなたは何者なの?」

 シルエがぺちぺちと女の子の頬を叩く。だが美少女はすやすやと眠り続けている。

「ダメだなこりゃ、全然起きない」

 ハーマンとシルエは頭を抱えていた。

 黒魔法使いのラムダは、あごに手をやりながら、ブツブツとしゃべりだした。 

「……これは私の推測ですが……詳しいことはわかりませんが、多分、魔王の存在と何か関係があるのだと思います。昔は人を使って封印をすることがあったと、私のお師匠様から聞いたことがありますし……」

 そっか。まあ、そういうこともあるだろう。

 でも、そんなこと無敵の俺には関係ない。それよりもさっさと王都へ帰って、俺のモテモテライフをスタートさせたい! 

 俺は寝たままの美少女をお姫様抱っこし、立ち上がった。

「ふーん。しょうがない。こんな場所に置き去りにするわけにもいかない。アカラ王国まで一緒に連れて帰ろう」

「しょうがないな。ラムダもシルエもそれでいいな?」

 二人もうなずいた。

こうして、魔王を倒した俺たちは、謎の美少女を連れて、この世界の最も栄えている王国であるアカラ王国へと戻ることになった。


……それにしてもこいつ、本当に綺麗な顔をしているな。まあ、お子様だからどうでもいいか。




・女神との出会い 


魔王城からの帰り道、心配していた魔王軍の残党による襲撃はなかった。

魔王軍の幹部もあらかた俺がせん滅したのだから無理もないが。


空にはぴーひょろろと、大きな鳥がグルグルと大きな円を描きながら飛んでいる。

のどかな世界だ。

辺り一面平原が広がっている。道はどこまでもまっすぐな一本道。


俺は馬車の屋根の上にひょいと登った。そして屋根に横たわり、一人空を眺める。

「……ぐふぐふっ。ぐふふっ」

 変な笑いがこみあげてくる。

「……ちょっとー、シン、屋根の上で気持ち悪い笑い方しないでくれる?」

 馬車内からシルエのちょっとキツイ声がした。

「あ、ごめんごめん。ちょっと思い出し笑いしちゃって。むふふ」

 俺はこの世界に来た時のことを思い出していた。


 そう、アレは今から2年前のことだった。

 あの日、俺はこの異世界へとやってきたんだ。


 

「……ん? ここはどこだ?」

 二年前、俺は白い部屋の中にいた。そして目の前には、いかにも「女神です」って服装の若い女性が一人立っていた。

「あのー、ここはどこでしょうか。っていうか、あなたは……誰ですか?」

「あー、うち? うちは女神や。あんさんは……っと、そやそや、これやな。黒木シン。名前合っとる?」

 女神と名乗る女性は帳簿らしきものをパラパラとめくりながらそう言った。

「あっ、はい。俺は黒木シンですけど。って、あなたが女神?」

「そやそや。まあ、驚くんは無理もないわな。こんなべっぴんの女神、あんさん、見んの初めてやろ」

 あなたの美貌に驚いたわけではなく、この状況に驚いているんですけど。

「あっ、最初に言うとくけどな、これ夢とかドッキリやあらへんからな。リアルやで。自分、さっき死んだんやで」

 あまりにも急展開で理解が追い付かない。

 ……そうだ。おれはさっきまで、確かに自分の家でおやつを食べていたはず……。

「死んだ? どうして?」

「簡単に言うとな、死因はうま○棒や」

「死因がうま○棒?」

「そや、自分、うま○棒をストロー代わりに牛乳を飲んどったやろ? そしたら、ふやけたうま○棒がのどにつまったんや。吐き出そうとして洗面所へと向かう途中で意識を失う。そのまま死亡。……っちゅうわけや」


「……思い出した」

 確かにうま○棒をストロー代わりに飲んだら、牛乳が一味違うんじゃないか? とか思いながら飲んでいた。でも、それで死んでしまうなんて!

なんてこった、あんなあほなことするんじゃなかった。

 激しい後悔の念が俺を襲う。


まだ彼女もできたことないのに! 

まだ童貞なのに!

「……うち、こう見えても忙しいんや。話、進めるで?」

「えっ? あっ、はい」

 驚いている間もなく、自称女神のペースで話が進んでいく。

「えっとな、ここはうちの仕事部屋や。ここは死んだ人間なら誰でも来れる言うわけやないんや。現世に激しい未練がある奴だけが来れるところやねん。で、うちはそういう人に、もう一回、異世界でやり直すチャンスを与えるんを仕事にしとるんや」

 そんな仕事、あるんだ。給料とかもあるのか?

「どや? 自分、人生に激しい未練があるんやろ? そやないと、ここにはこれんけえな」

 自称女神は、ずずいと前のめりになり、俺の顔を見つめてきた。

「未練? そりゃまあ、ある……かな?」

「隠さんでもええて、その年ごろならあれやろ? ズバリ、女やろ? 彼女を残してきたとか」

「……彼女はいません」

 俺は童貞だよ。DTで、チェリーさ。サクランボーイさ!

「……ほな、自分、童貞か? DT? チェリー? サクランボーイ?」

 まるで俺の心の中が読めるみたいだ。

「……イエス。アイアム サクランボーイ」

 何を言わされているんだ、俺は。


「ほうか。ほな話は早いで。自分、男やったら、童貞を捨ててから死にたいやろ?」

 身もふたもないことを聞いてくる女神だ。

「そ、そりゃ、まあ、そうですね」

「おめでっとさん! 自分に童貞を捨てられるチャンス、やるで」

 自称女神は手をパチパチと叩く。

「は? どうやって?」

「さっきいうたやろ、異世界やがな。異世界でやり直すんや。そうすりゃ、童貞をすてるどころか、うまいこと行ったら、ウハウハのハーレム生活やがな!」

「やります!」

 無意識のうちにも、即答だった。

 このまま死んでなるものか。自慢じゃないが、俺はモテたことがない。その一方でモテたくて、モテたくて仕方がない! 一度でいいからモテモテの人生を歩みたい!

「よっしゃ、話が早い! ほな、魔王を倒してえや」

「魔王? 魔王ってあの、ゲームとかに出てくる魔王?」

 なんだか定番の流れだな。

「そや。めっちゃ強い! でもな、そいつさえ倒せば、異世界でモテまくりやで! ……下手したら死ぬかもしれんけどな」

「いま、なんて?」

「いや、気にせんといてってや。こっちの話や」

 ……まあいいや。異世界に行っても、魔王を倒さずに、モテモテライフを送ればいいのだから。異世界に転生さえできればこちらのモノだ。


「そうはいかへんで」

「へっ?」

「言わんかったけど、うち、自分の心の中が読めるんや」

 それでサクランボーイって言ってたわけか。恥ずかし!

「そいでな、ぶっちゃけ、自分、そのままでは異世界に行っても、どうせモテへんで。さみしい一生を送るだけや。うち、人を見る目だけはあるんや」

 まあ、そんな気もうすうす感じていたけれど。だいたい、いままでの人生だって、女子と会話をするのは、年に一度くらい。女子と触れ合ったのは、ダンスの授業だけだ。

「……それなら、行かないよ。だって苦労しても死ぬかもしれないし、モテもしないのなら、意味ないじゃん」

 俺は半ば呆れながらそう言った。


・魔剣の名はED! 使いこなすための条件は、童貞!


「チッチッチ。でもあんさんはラッキーやで。実は、さっきうち、凄い武器を錬成したところやねん。じゃーん! これがそれや!」

 こうして差し出されたのが漆黒の魔剣だった。

「おおおおおおおお! か、かっこいいいいい!」

 漆黒に輝く、中二心をくすぐりまくりの魔剣だった。これを見て、心が躍らない男子はいないのではないだろうか。

「そやろ? この最強の魔剣さえ装備すれば、自分は異世界最強の戦士になれるんや」

「最強? ホントに?」

「ホンマや。冗談やないんやで? ホンマに最強になれるんや。どうや? この魔剣、いる?」

 そんなの男子なら、答えは決まっている。


「いる!」

「OKや。でもな、この魔剣を使いこなすんには、条件があるんや」

 自称女神は魔剣をさっとひっこめた。

「出たよ。うさん臭い話だ。どうせ魂を差し出せ、とかなんとかいうんだろ?」

 これも良くある話だ。どっちにしろ、きつい人生になる奴さ。

 女神は眉間に少しシワをよせた。

「ちょっとちゃうで。魔剣を使いこなすための条件とはの、ズバリ、その人間が心の底から望むものを差し出すこと、や」

「俺が心の底から望むもの?」

 それってまさか、脱童貞?

「ピンポーンやで。童貞で居続ければ、魔剣が使えるんや!」

 ああ、心が読めるんだったな。なんだか慣れてきた。

 って、童貞で居続ければ魔剣が使えるだって?

「つまりこうや。

その① どうせ異世界で普通に生活をしてもモテない

その② だったら「童貞であること」を条件に、魔剣を使いこなし、魔王を倒すんや!」

「はあ。でも、俺異世界に行っても、モテないんでしょ?」

 その点が解消されなければ、俺はいかないぞ。

「そこは大丈夫やがな、魔王さえ倒せば、モテまくりやから。で、魔王を倒した後に、魔剣を手放せばええんや」

 でも勝てなかったら死んじゃうのでは……。

「ええか? 肝心なのは、自分が魔王を倒せば、異世界で人気が出るっちゅうことや!」

 なんか都合のよすぎる話だ。

「そんなにうまく行く?」

「行くがな! 異世界の女子たちにとってみりゃ、その世界を救った英雄様やで。ちょっとくらい、顔が悪くって、服のセンスもいまいちで、話も退屈な自分でも、ハーレムを築くくらいにはモテまくるっちゅう寸法やがな!」

 ホントのことだけあって、腹立つ。

「なんか、めっちゃ言葉にとげがあるんですけど……」

 しかし、やらなければ文字通りゼロになってしまうだろう。

「ま、まあいいや! やる! 俺は「童貞であること」を条件に魔剣を使いこなし、魔王を倒し、異世界モテモテハーレムライフを満喫する!」

 俺は男らしくガッツポーズをとった。

「……自分、ようそんな恥ずかしいことを大声で言えるな。ま、ええ。よっしゃ! 契約成立やがな!」


こうして俺は、童貞であり続ける間は、無敵の魔剣を所持・使用する権利を手に入れたのだった。

 それにしてもなんて格好いい剣なのだろうか。

「あ、言い忘れとった。この魔剣はの、普段は体内に格納できるけえ」

「た、体内に? う、うわわわわ」

 自称女神がそう言うと、俺の腹部に魔剣が吸い込まれていった。

「これで自分は、どんな魔法や物理攻撃を喰らっても、一部の例外を除いて、ほとんど無敵なんや。どやスゴイやろ?」

「一部の例外っていうのが気になるんですけど……」

「分かった。気をつけるよ。で、どうやって体の外に出すんです?」


・魔剣の使い方と特徴


「簡単や。魔剣の名前を呼ぶだけでええんや。「いでよ『やべー! 俺様つえー! その上、めっちゃイケメン! エターナル・ディメンションソード!』とな」

「……いま、なんて?」

 俺の聞き間違いだろうか。変な言葉が混じっていた気がする。

「正式名称や。もう一回いうで? 『やべー! 俺様つえー! その上、めっちゃイケメン! エターナル・ディメンションソード!』やで。さっき必死に考えてつけた名前や」

 ウソだろ。必死に考えてそれかよ。エターナル・ディメンションソードだけでいいじゃん。

「あのー、他に出し方ないの?」

「あるで、ちょっとダサいけど、急いどるときには、『いでよ、魔剣ED!』 でもええで」

「それで行きます」

 俺はぺこりと頭を下げた。よかった。ちょっと引っかかるが、それでいい。

「なんや、さっきの男らしさはどこいったんや。おっと、そやそや、肝心の必殺技の名前も教えたるけ。必殺技の名前は、バイアグラやで。もちろん技の名前を叫びながらでないと、発動せん仕様じゃけえの。ほな異世界ライフ、がんばってやー! 行ってらっしゃーい!」

 女神が早口でそう言うと、謎の光の渦が現れ、俺は吸い込まれていく。

「あっ、ちょっと、他にも聞きたいことが……ぎゃー!」



こうして俺は謎の渦に巻き込まれ、2年前にこの異世界へとやってきた。

 正式名称はダサいが、女神の言う通り、魔剣EDは確かに最強の武器だった。

 どんなダメージもほぼ無効になった。

 魔剣を構えさえすれば、俺の身体は百戦錬磨の剣士のように、どんな動きも楽にこなせた。うまく言えないが、魔剣が教えてくれる感じだった。

普通のモンスターなら、通常攻撃だけで、一撃で倒せた。

 ボス的なモンスターだって、必殺技のバイアグラで、やっぱり一撃だった。大魔王ガンゴルドンだってそうだった。


 時には力で解決できない問題もあったが、仲間たちとともに協力し合い、なんとか解決してきた。

 まあ、冒険のほとんどは俺の力押しで解決してきた。この魔王討伐のほぼ9割は俺によるものだと自負している。

 そして先ほど、ついに俺は魔王を倒したのだ。

 後は、この大陸最大の王国、アカラ王国へと戻り、国王へ討伐の報告をするだけ。

 

そしてその後、タイミングを見計らい、魔剣EDを手放せばいいだけだ。

そうすれば俺は念願の「英雄様」として、生きている間ずっとこの異世界であらゆる女子からモテ続けるだろう……。たぶん。


俺はひょいと馬車の屋根の上から身を乗り出し、車内を見た。

魔王の体内から現れた謎の美少女は相変わらず眠ったままだった。


 俺は馬車の屋根でもう一度、ごろりと仰向けになり、流れゆく雲を見つめた。

空が高い。

 馬車の屋根から眺める異世界は最高だった。


 


・魔王討伐成功パーティ 


 俺たちの長旅はようやく終わりをむかえつつあった。

本拠地であるアカラ王国に着いたのだ。

王国中が、大騒ぎだ。俺の想像以上の大歓迎ぶりだった。

 荒れ狂う魔王を討伐した俺たちは文字通り「英雄様」として、全国民からたたえられた。

 俺たちの馬車は、国民たちの熱いまなざしを浴びながら、ゆっくりとこの世界の人間たちの中心地である、アカラ城へと向かっていく。

 老若男女問わず、誰もが俺たちに喝さいを浴びせてくれた。

 まるでプロ野球の優勝パレードだ。


 俺は馬車の屋根の上から、にこやかな笑顔で手を振った。

 思わず小声が出る。

「ぐふぅ、あの娘もあの娘も、かわいいなあ。あんなに熱いまなざしで俺を見つめちゃって! まさにより取り見取りだ! ムフフフ!」

 おっといけない、小声じゃなくなった。


 そして、アカラ王国の場内では、俺たちの到着と同時に、盛大なパーティが開催された。

そうそう、謎の美少女は相変わらず眠ったままだった。

しかたがないので、一室を借り、そこのベッドに置かせてもらうことになった。

 

「……王様、これにて魔王討伐の報告を終わらせていただきます」

 勇者ハーマンが謁見の間で、国王へと魔王討伐の報告を終えた。

 こういう場面では、リーダーとして、ハーマンが活躍する。そもそも俺はこの世界でまだ2年間しか生活していないので、細かな習慣・作法・礼儀などが分からないのだ。

 だから助かる。


「うむ。よくやった。勇者たち一行よ、それではなんでも欲しいものを取らせよう。それぞれなんなりと欲しいものを申してみよ」

 アカラ王国の王様は仰々しく立ち上がり、そう言った。


「ついに来た」

 思わず俺は心の中でガッツポーズをした。

 魔王討伐でモテモテになるのは、もう自称女神の解説でわかっている。そしてもう一つのボーナスとして、国王からの褒美があるのだ。

 そもそも、それがなければ、この世界でリスクをおかして魔王討伐をしようというものが少なくなってしまうだろう。

 俺たちは目を見合わせた。あうんの呼吸で黒魔法使いのラムダが立ち上がった。

「王様、私は夫とこどもがいます。そこで、恐れながらこのアカラ王国に土地と家をいただきたいと思います。そこで家族ともども生活したいのです。よろしいでしょうか」

「よかろう。大臣、よろしく頼むぞ」

 

 ラムダは土地と家か、悪くないな。堅実な願いだ。家族がいるのなら、これでもうこの王国の名士として、一生安泰だろう。


 続いて僧侶のシルエが立ち上がった。

 シルエは何を願うのだろうか?

「王様、私は10億ゴールドが欲しいです。お願いします」

「じゅ、10憶ゴールドか……?」

 金かよ! シルエらしいな!

 一瞬王様の顔がひきつった。

「ま、まあよかろう、だ、大臣、よろしく頼むぞ」

 シルエのやつ、うまいこと言ったな。確かに10億ゴールドあれば、この世界では一生遊んで暮らせるだろう。シルエは僧侶らしく白い衣を身にまとっている。でも腹黒だと思う。


 そして、戦士である俺の番だ。リーダーのハーマンは最後だ。俺はゆっくりと立ち上がった。

「王様、それでは俺も、僧侶と同額のお金をお願いします」

 王様は少しがっかりした顔をした。

そして同時に、後ろに集まっている大勢のパーティの招待客たちからもため息が漏れたのが聞こえた。

魔王討伐をしても、しょせんは人、金がすべてなのか、と落胆しているのだろう。

「……よかろう。なんでも取らせると言ったのはワシじゃ、受け取るが良い。大臣……」

 俺は王様のセリフを遮り、一歩前へ出た。

「いえ、王様、まだ続きがあります」

「なんと? どういうことじゃ?」

 王様が驚いた表情を見せる。後ろの招待客たちもざわめきだした。

 俺は後ろを振り返り、両手を広げた。

「そのお金をすべて、魔王軍の攻撃で被害を受けた人々の生活再建のために寄付させていただきます!」

 俺の予想通り、会場からは巨大などよめきの声が上がった。

 見たか。これが俺の、最高のモテ人生のための最後の仕掛けだ。

無敵で最強な、世界を救った戦士の俺様なのに、慈悲深い! こんな俺がモテないだろうか? いや、モテる!

 

しばらくどよめきが続いていたが、そのどよめきは次第に拍手に変わっていった。

俺の崇高な思考に万雷の拍手と喝さいが、会場中にあふれたのだった。

 ふふふ、作戦通りだ。

 万雷の拍手の中、思わず小声が盛れる。だがあまりにも拍手が激しいので、誰にも聞かれる心配はない。

「ぐふふ。こうしておけば、俺の名声と人気はより一層強固なものになるはず。よって、脱童貞も楽々だ。魔剣を手放した時には、空前絶後のモテ状態になるはず。そしてこの場にいるお金持ちの令嬢をゲットする。そうすれば、俺はもう一生、モテ続ける上に、一生、お金に困ることもなくなるって作戦だぜ!」

 俺は深々と王様と招待客たちに頭を下げた。

我ながら天才だ! これ以上の願いの使い方はないだろう。

 シルエが「チッ」と俺の横で、舌打ちしていた。腹黒同士、腹の中が読めるのだろうか。


 そして最後は、勇者ハーマンの番だ。

 悪いなハーマン。俺が一番おいしいところをいただいちゃったぜ。俺以上の願いはもう、ないだろう。

 王様は俺の崇高な返答により、すっかりほくほく顔だ。ハーマンが何を要求するのか、興味津々でもあるのだろう。

「……それでは王様、私はアカラ王国の姫、ローズ様をいただきます!」

 王様の動きが固まった。

 ……なんだって? しまった! その手があったか!

 会場は先ほどの俺への感動を帳消しにする勇者の発言で、大きくどよめいていた。

「なななな、なんと? 我がアカラ王国の姫、ローズを欲しいと申すか?」

 国王は慌ててローズ姫を見た。

 俺も慌てた。姫はモノじゃないぞ。

「そ、そうだぞハーマン! いくらなんでもローズ姫の気持ちってもんが……」

 俺は横やりを入れつつ、横目でローズ姫の表情を追った。

見ると、ローズ姫は頬を赤らめ、嬉し涙を流しながら、うなずいていた。

あれ? まさか?

 ローズ姫はタタタッと、小走りでハーマンの元へと駆け寄り、そのまま強く抱きついた。

 そして勇者とローズ姫は手を取り合い、王様の前へ進み出た。

 あれ、もしかして、そういう仲だったの?

「お父様、お願いします! 私たち、ずっと前から愛し合っていたんです! でも、魔王を討伐するまでは結婚を我慢していたんです!」

 ハーマンは静かにうなずき、同意の意を示した。

「なんと! そうじゃったのか?」

 今度は王様が横目で妻である女王様を見ていた。

女王様はにこりと微笑んだ。なんでも知ってますよ、という表情だ。

「……なんじゃ、知らなかったのはワシ一人か……。ふむ。……ふふふ、よかろう! 勇者ハーマンよ! 我がアカラ王国の姫、ローズをよろしく頼むぞ! おお! それではこうしてはおられぬ! 今宵は姫と勇者殿との婚約パーティじゃ! 大臣! よろしく頼むぞ!」

 

 こうして、魔王討伐パーティは、急遽ローズ姫と勇者との婚約パーティとなった。

 おのれ、盛大に祝ってやる。


 勇者にそんな目的があったなんて正直、知らなかった。だからもちろん驚いた。

 でもそんなことはどうでもいい。いや! むしろ大ラッキーだ!

 なにしろ俺のモテモテ人生最大のライバルだと思われていた勇者ハーマンが、早々と結婚相手を見つけたことが大々的にお披露目されたのだ。

 黒魔法使いのラムダは既婚者だし。

 僧侶のシルエは女だからライバルにはなりえない。

つまり、この魔王討伐メンバーの中で、男性で独身なのは、俺だけになったのだ。

 

 俺はパーティ会場を広く見回した。


 見よ! この招待客を! 大半は女性だ!

 そして年頃の女性が山ほどいる! 

 さらに俺は魔王を討伐した戦士様!

モテないはずがない!


さあ早速、この人生最大のモテのチャンスを生かそうと思う。

おおっ! あっちにはキュートな笑顔にお金持ちそうな令嬢らしき女性が! 

ああっ、あっちにはスタイル抜群のお姉さまが!

 俺の鼻息はどんどん荒くなっていく。

「さあ、イクぜ!」

 俺は招待客の群れへと飛び込んでいく!


 ……と思ったのだが、そんな俺の腕を勇者がグイッと掴んだ。

「……シン。おい、シン! 聞いているのか? どうやらあの少女の意識が戻りつつあるらしい。何が起こるかわからない。みんなで様子を見に行くぞ」

「……は? ええ? このタイミングで? 俺のモテモテ人生が……」

「何言ってるの? 早く来なさいよ、この偽善者戦士!」

 きつい口調のシルエに背中を押され、俺たちはしぶしぶ眠りから目覚めそうという少女のいる部屋へと向かった。

 

・覚醒

 

 俺たちが部屋に着くと、ピクリとも動かずに寝たままだったはずの美少女は、もぞもぞと頻繁に寝返りをうっていた。

「う……うーん」

「起きそうですよ」

 ラムダがそう言うと、少女はゆっくりとまぶたを開け、やはりゆっくりと上半身を起こした。

「ふわぁぁぁぁ……っと、あれ? ここはドコじゃ?」

 大あくびをしつつ、不思議そうに部屋を見回す美少女。

「こんにちは。あたしは僧侶のシルエ。ここは世界一の王都アカラ王国のお城の中よ。安全な場所だから、安心して」

「アカラ王国じゃと?」

「そう。あなたのお名前は?」

「我か? 我が名はエメリン・ココじゃ」

「エメリンちゃんね。初めまして」

「む? 「エメリンちゃん」じゃと? 我のことを知らぬのか? 大魔女じゃぞ? それに、アカラ王国が世界一? アカラ王国は小国のはずじゃが……」

 なんだか会話がちぐはぐだ。

 怪訝な顔をしたラムダが口を開いた。

「大魔女? ……そういえば、エメリン・ココという大魔女が、大昔にいたって、お師匠様から聞いたことがありますが……」

「大昔? 何を言って……って。アレ? アレレレレレ?」

 エメリンと名乗る少女は、ふいに、不思議そうに自分の身体をぐるぐると見回し始めた。

それから急にベッドから飛び降りたかと思うと、手足を伸ばしたり縮めたり、跳んだり跳ねたりし始めた。小柄な美少女のその様はまるでダンスを踊っているかのようだった。

「な、なんと! 我の体が縮んでおるではないか! 我のボンキュッボンのナイスバディはどうなったんじゃ!」 

 えーと? 何言ってるんだ? 


 それから僧侶と黒魔法使いは、自分たちの知っているエメリンに関する知識を伝えた。

 一方のエメリンは、それを聞きながら、眠りに入る前の自分の状況について思い出し始めていたみたいだ。


 三人の会話の要点をまとめるとこんな感じだ。

昔、えっと、昔というのは、おそらく数百年くらい前。

 エメリン・ココは稀代の大魔法使いの魔女だった。

 で、その当時、俺が先日倒した魔王が暴れまくっていた。

 それを弱体化・封印するために活躍したのがエメリン・ココってワケ。

 魔王とエメリン・ココとの闘いは壮絶を極めたらしく、エメリン・ココは命がけで魔王を封印したらしい。

 その時にとった作戦が、自分をカギとして、自分ごと魔王を封印してしまうことだったらしい。

 エメリンの記憶はここで途切れている。


 で、それから数百年がたった。

 封印が何らかの影響で弱まったために、魔王が復活。

 そこへ、異世界にやってきた俺が現れ、先日魔王を倒した。

 そのため、エメリンが復活、いまここで目が覚めたってワケ。

 だが魔王を封印していた魔力の逆流によるものか、自称ボンキュッボンの美魔女は、美少女になっていたってことらしい。

 ちなみに年齢は「ひ・み・つ・じゃ!」とのことらしい。


 ふう、まあ、この世界の人間に害を及ぼす存在じゃないらしいから、まあ一安心だ。

 エメリン・ココなる美少女の身体が美魔女から美少女になっていたっていうのも、まあ、気の毒だとは思うが、別にいいだろう。


「じゃっ、そーゆーわけで俺はパーティ会場へ戻って、女性を物色……じゃなくって、令嬢たちと軽快なトークをしてくるぜ! ほら、勇者もローズ姫が待ってるぜ」

「あ、ああ……しかし」

「大丈夫だって、エメリンちゃんのことは、魔法に詳しい僧侶と黒魔法使いの両先生がうまいことしてくれるはずだって。なっ。じゃあ、俺たちはパーティ会場に戻りまーす♪」

 俺は勇者ハーマンの背中をグイグイと押しながら、部屋を出ようとした。

 

「ちょっと待てい!」

 部屋にエメリンの大声が響いた。

「な、ななななんでしょうか?」

 思わず丁寧語になってしまったぞ。

エメリンはスタスタと歩き、俺のところへとやってきた。

「お主から、大魔王ガンゴルドンの魔力を感じる……」

 そういうと、俺の周りをぐるぐると周り、足の先から頭の先まで、じろじろと見まわしてきた。

「な、なんだよ」

 俺はちっこいエメリンの鋭い眼光に少しビビりながら、聞き返した。

「お主、特殊な体質じゃな。いわゆる、魔法が効きにくい、というやつじゃ」

「へえ、わかんのかい? そうさ、俺は特別な戦士なのさ」

 俺はふんぞり返りながらエメリンにそう答えた。

 ラムダがエメリンに小声で耳打ちする。

「エメリン様、この戦士シンは大魔王ガンゴルドンに即死魔法をかけられても、平気なほどの特異体質なのですよ」

 エメリンは「ほう」と感心したそぶりを一瞬した。

 それから再び「むう……」と真剣な顔をして、目を細めながら俺を見つめていた。


「な、なあ、もう俺、パーティ会場に戻っていいか?」

「待て待て、ふむふむ、分かったぞ。のう、戦士シンとやら、一つ良いことを教えてやろう」

「なんだ?」

「お主、その特殊体質の影響で、大魔王ガンゴルドンの即死魔法が、別の呪い、という形でかかっておるぞ」

「フフッ、別の呪い? 俺に?」

 俺は突然の呪い発言に思わず鼻で笑ってしまった。無敵の俺にどんな攻撃魔法も効くはずがないからだ。

「そうじゃ」

 エメリンは真顔でそう答える。

「俺、全然元気いっぱいだけど? いまから一生、この世界で人生を謳歌しちゃうけど?」

「それは難しそうじゃ。なぜならお主にかかっておる呪いは、時限爆弾のような呪いじゃから、いまが元気でも1年後には地獄を見るぞ」

「なんで? べ、別に信じてないけど、ど、どんな呪い?」

 一応聞いておこう。

「それは、あと1年以内に童貞を卒業しなければ、一生『牛乳を拭いたぞうきんを机に突っ込んだまま三日たったような体臭に永遠になってしまう呪い』じゃ」

「なんて?」

 シルエがため息をついた。

「やっぱりあなた、童貞だったのね。思っていた通りだわ。いい? 童貞、じゃなかった、シン、聞こえなかったの? エメリン様は「あと1年以内に童貞を卒業しなければ、一生『牛乳を拭いたぞうきんを机に突っ込んだまま三日たったような体臭に永遠になってしまう呪い』」とおっしゃったのよ。わかった? 童貞、じゃなかった、シン」

 黒魔法使いだけでなく、僧侶までもエメリン様と来たもんだ。

 ってそれはどうでもいい。童貞って言うな。

 俺のチート能力が強すぎて、変な方向に魔力が向かってしまったのか。それもよりによって、そんな呪いに? そんなのある?

「体臭? たいしゅうってあの、ニオイ? くさいとかのオイニー?」

「そうじゃ、そのオイニ―じゃ」

「じょ、冗談じゃない! そんな体臭になったら、モテなくなってしまうじゃないか!」


 バーン!!


 その時扉が開き、十名程度の令嬢たちが部屋になだれ込んで来た。

「「「シンさまー」」」

 令嬢たちはあっという間に俺を取り囲み、口々に話し始めた。

「ここに居られましたのね。私、探しましたわ」

「何を言うの。違いますわ、探したのは私です。さあ、ご一緒にパーティ会場に参りましょう」

「なによこの失礼な女どもは。あっ、シン様、失礼いたしました。私はカリフザ家の一人娘、アリエンヌと申します。よろしければ、私と今宵、ダンスを踊っていただけませんか」

「ちょっとあなた、ぬけがけしないでよ!」

「なによ! この女!」

 

 口々に言い争う令嬢たちを、微笑みながら見守りつつ、俺は思っていた。


 キタキタキタ! 来ましたよ! 俺のモテ期が!

 見よ! 富に執着せず、世界を救った戦士、それが俺さ! 

 この世界じゃ、魔王を討伐した戦士は、一生こんな風に、すべての人々からチヤホヤされて過ごすのさ!

 

 俺はエメリンの方を振り返り、どや顔で言った。

「どうだ! このモテぶり! 童貞なんてすぐに捨ててやる! そうしたら魔王ガンゴルドンの臭い呪いなんて、とっととおさらばだぜ!」

 言い返せるもんなら言い返してみろ!


「うっ……」

 俺の予想に反して、エメリンはふらっと床に崩れ落ちそうになる。

 とっさにラムダとシルエがその細い体を支える。

「エメリン様! 大丈夫ですか?」

「あっ、エメリン様の手足が透けてきている!」

 見ると、エメリンの顔からは血の気が失せ、このままでは、その存在そのものが消滅しそうな雰囲気だ。

 シルエがエメリンの頬に手をやり、珍しく狼狽している。

「どうして、世界を救ったエメリン様が急にこんなことに……。はっ、もしかしたら! 黒魔法使い!」

 シルエはラムダの眼をじっと見つめた。ラムダはその瞬間、ハッと何かに気がついた様子だった。

「そうか! わかりました!」

 ラムダはそう言うと、素早く立ち上がり、令嬢たちに向かって重力魔法を発動した。

 令嬢たちは急激に体が重くなり、その場にしゃがみ込む。

「な、なんですの……、これは……」

「苦しいですわ……」


 黒魔法使いは、動けなくなった令嬢たちから、俺をグイグイと引っ張り、引き離した。

「……ふう……」

 エメリンが深呼吸をした。

 するとどういうわけか、エメリンの顔色は良くなり、再び立ち上がった。

 いったい、どうなってんだ?


 ラムダは、一度会釈をしてから、令嬢たちへの重力魔法を解いた。そしてゆっくりとしゃべり始める。

「申し訳ありません。お嬢様がた。もうしばらく会場でお待ちください」

 わけのわからない事態に、タダならぬ雰囲気を感じた令嬢たちは静かに、無言でうなずいた。そして退室していった。


・俺の童貞を守ろうとするんじゃない!


「なるほどの、わかったぞい」

 エメリンがつぶやいた。

「私たちにもわかりました」

 シルエがそういうと、ラムダも深くうなずいている。

 何が分かったんだ? 俺とハーマンはチンプンカンプンだ。

「なあ、エメリン、いま何がどうなったんだ?」

 まだエメリンが伝説の大魔女とやらと同一人物だとは思えない俺は、気楽に尋ねた。

「しょうがないのう、説明してやろう。我の存在が消え去りそうになったのは、ものすごく簡単に言うと、シン、お主がモテそうになったせいじゃ」

「はあ? 何言ってんの?」

「良いか。どうせお主には魔法のことなどわからぬじゃろうから、簡単に言うぞ。どうやら我には、お主、シンが脱童貞をすると、お主に賭けられている大魔王ガンゴルドンの魔法力が逆流し、再び我が封印されてしまう、という関係性にあるようじゃ」

 エメリンはとてもまじめな顔つきでとてもヘンテコなことを言った。

「えっと? つまり? 俺がモテると、またエメリンは大魔王ガンゴルドンの中にもどっちゃうってこと?」

「少し違うのじゃ。もう大魔王ガンゴルドンはおらぬ。すなわち、我の存在だけが消滅、つまり死ぬのじゃ」


「えーっと?」

 俺の理解が追いつかない!

 横で聞いていたハーマンがポンと手を叩いた。

「分かりましたよ、エメリン様。すなわち、こういうことですね? 未来の選択肢は二つ。一つはシンが一年以内に脱童貞する、するとエメリン様は死ぬ。バッドエンドです」

「そうじゃ」

 おいおい。マジか。

「もう一つは、シンが一年間童貞を維持すると、『牛乳を拭いたぞうきんを机に突っ込んだまま三日たったような体臭に永遠になってしまう呪い』が発動するけど、エメリン様は無事でハッピーエンド! ってわけですね」

「そうじゃ、お主、なかなか理解が早いぞ」

 いやいやいや。

「どこがハッピーエンドなんだ。そりゃ、俺だってエメリンに死んでほしくはないけれど、俺のモテライフはどうなるんだ」

俺がそう言うと、仲間たちは、エメリンを守るように俺の前に立ちふさがった。


 シルエが冷たい目をしたまま、口を開いた。

「あんたねえ、別に「牛乳を拭いたぞうきんを机に突っ込んだまま三日たったような体臭に永遠になったっていいじゃないの。死ぬわけじゃないし」

「いいわけあるか! そんなことになったら、それこそ永遠にモテないじゃないか!」

 ふう、とため息をついたのはラムダだ。

「いいですか? シン。真実の愛とは、体臭など克服できるものです。逆にシンからにおいがする程度で近づいてこない女性など、そもそも真の愛など持っていないのですよ」

「いやいやいや、どんな真実の愛を持ってても、体臭がダメだったらアウトだろ! そもそも出会いの段階で敬遠されて、愛どころじゃないだろ!」

 ハーマンが笑顔で俺の肩をポンポンと叩く。

 なんだ? その笑顔は。

「まあ、死ぬわけじゃないし。一生童貞を貫けばいいだけじゃないか」

「お前はローズ姫と一生幸せだからそんな気楽なことを言えるんだ!」

 俺はエメリンをちらと見た。

「まあ、なんじゃ、お主にはちと気の毒じゃが、我のために一年間童貞を守ってくれ、後のことは、まあ、何とかなるじゃろう」

「その気楽な言いぶり……。そうか、実は臭いを何とかする秘策があるんだな?」

「いや、別にないが」

「ないのかよ!」

「ああ、鼻せんを常に持ち歩いて、気になる女子の鼻に詰めていってはどうじゃ?」

「あほか! どんなアプローチだよ! 花束じゃなくって、鼻せんってなんだよ!」

 おのれー、どいつもこいつも自分勝手なこと言いやがって。

「もう知らん! 俺の夢はこの世界でモテモテハーレムライフを送ることなんだ! 最後の最後で邪魔するんじゃないよ!」

 俺はくるりと向きを変え、扉の方へ歩く。そして振り向いた。

「この先のパーティ会場には、俺のことを待っている人たちがたくさんいるんだ! じゃあな!」

 おれは勢いよく扉を開け、そして閉めた。

「あら、シン様どちらへ?」

 部屋を出たところで、ローズ姫と鉢合わせた。

「あ、いえ、ちょっとパーティ会場へ。ははは」

 俺は面倒を避けるため、その場をそそくさと立ち去った。


 そして、ついに俺はパーティ会場に戻った。

 案の定、群がってくる令嬢たち。来るわ来るわ。イヤッホー!

「やあ、みんな! 待たせたな! 今宵はゆっくり語り合おう! なんなら朝まででもいいぞ!」

「キャー! シン様―、素敵―!」

 令嬢たちは我先へと、俺の元へ集い、少しでも俺の気を引こうと、あの手この手でアピールしてきた。


 俺は表面上、さわやか、かつにこやかにふるまっていた。

が、心の中ではガッツポーズをしていた。


 コレだよコレ! このモテモテっぷりが俺の夢だったんだよ!

 この夢のために、異世界で苦労して魔王を倒したんだ!

 この夢のために、魔王討伐の報酬を手放して、俺の地位と名声を確固たるものにしたのだ!

 もう、誰にもこの俺の地位と名声を汚させはしない!

 ふははははっははは!

 

 それから1時間ほどたっただろうか。

 突如会場にファンファーレが鳴り響く。


 なんだ? みんなが壇上を見上げている。

 俺も壇上へと視線を移す。ローズ姫、そして婚約者の勇者が壇上に登っていた。

 その様子を見て、会場は自然と、静まり返っていく。


「皆様、今宵はパーティへお集りいただき、誠にありがとうございます」

 ローズ姫の澄み切った声が会場に響く。

「ここで、特別ゲストを紹介させていただきます」

 ん? 誰だ?

「私の親友、エメリン・ココちゃんです」

 後ろの幕間から、かわいらしいドレスに身を包んだエメリンがしずしずと現れた。

 ここだけ見た人からすると、絶世の美少女登場、という風に見えるだろう。


 おいおい、どういうつもりだ? いつからローズ姫の親友になったんだ? さっき数百年ぶりに目覚めたばかりだろ?

 会場が静かだが、わずかにざわめく。

「じつはこのエメリンちゃん、私と同じく、今日はある意中の殿方に婚約を申しこむ決意をしています! 皆様、どうぞエメリンちゃんの告白を聞いてください!」

 突如として、会場は、ワー! とか キャー といった、大波のような歓声に包まれた。 

「なんだ……?」

 なんとなくいやな予感がする。

「偉大なる戦士! 黒木シン様! こちらへおいで下さい!」

 ローズ姫は突然、綺麗な高い声で、俺の名を呼びあげた。

「まさか! はっ、まずい!」

 俺はエメリンたちに背を向け、会場の出口へと走り出そうとした。が、時すでに遅し。俺の周りにはあっというまに人垣ができていた。

 そして、振り返ると、その人垣から線路の如く、一本の道ができ、壇上のエメリンへと続いていた。

「いや、俺は、その、あの、ちょっと用事が……ああ、お、押さないで!」

 人々は俺の背中を「おめでとうございます」とか「いやあ、うらやましいですね」とか「シン様の裏切り者―」とか言いながら、押してきた。

 おかげで俺は自分の意思とは真逆の壇上へと、追いやられてしまった。


 壇上ではエメリンとローズ姫が手をつないで待っていた。

 仕方ない、なんとかしてこの場を乗り切ろう。ガンバレ、俺。

 俺がうつむいていると、エメリンがとことこと歩いてきた。

 と、次の瞬間、エメリンがそよ風のように抱き着いてきた。

「えっ、ちょっ、な、なに?」

 予想外だった。童貞の俺は激しく動揺してしまう。


 だってこんな美少女に抱き着かれたことなど、俺の人生になかったからね。

「シン! 魔王討伐おめでとう! これで僕たちも結婚できるね!」

 エメリンは先制口撃を仕掛けてきた。口だから口撃だ。

 ぼ、ぼくぅ? いつからぼくっ子になったんだ! さっきまで我とか言ってたじゃないか!

 それになんだその潤んだ瞳は、いつからそんなブリブリのぶりっ子になったんだ!

「っていうか、結婚ってなんだ! 俺はお前とそんな約束をした覚えはないぞ!」

 俺は身の潔白を示さんと、強い口調でそう言った。


 エメリンはその場にへなへなと崩れ落ちた。

 あれ? 案外あっさりと引き下がったな? もっとグイグイ来るかと思っていたが。

 まあ、引き下がれば、俺の身の潔白は証明される。

そう、俺のモテライフがいま、再びはじま……。

え? エメリンの顔を見ると、涙でぐしゃぐしゃになっている。どうした?


「ひ、ひどいよ。僕のこと、本気じゃなかったの?」

 エメリンは大勢の招待客の前で、そう言ったんだ。

 会場にはひそひそとした声が充満する。

「いやいやいや、本気も何もつき合ってないよね?」

 俺は正論を訴えた。

「わーん! 遊びだったんだー!」

 エメリンは大泣きを始めた。


 先ほどまで会場の令嬢たちの暖かった視線が、急激に低温化していくのが分かる。

「ヒソヒソ。どうゆうこと? 高潔なる戦士様じゃなかったの?」

「あんな小さな女の子に手を出してたの? しかも遊びで?」

「ケダモノじゃない?」

「っていうか、よく見たら、ただのブ男じゃない?」


 まずい、まずいぞ! 何か言わなくては! でも、何を言えばいいんだ? くそっ、頭の中が真っ白だ。

「シン、ぼくを捨てないで! もっとちゃんとやるから! お風呂にも一緒に入りますから!」

 脳内が真っ白になっていた俺に対して、矢継ぎ早にありもしないことをまくし立てるエメリン。

 そうか! エメリンめ、ローズ姫を味方につけて、俺の脱童貞をどうあっても阻止するつもりだな。そうはいかないぞ! でも、どうしたらいいんだ! わー!

「いいい、いい加減にしろ! ウソばっかり言うんじゃない。静かにしろ!」

 パニックになった俺は、エメリンに更なる強い口調で怒鳴ってしまった。

 エメリンはビクッとして、急に一言も発しなくなった。

「ごめんなさい……」

 おっ? わかってくれたのか?

「ごめんなさい。いつもの夜みたいに何されても、静かにしますから。お願いだから許してください」

 だー! 何言ってんだー! 

 後ろの招待客たちから小声が聞こえてくる。

「最低な男ね」

「クズよ」

「死ねばいいのに」

 イヤな汗が俺の背中を伝う。

 異口同音に招待客たちは俺に罵詈雑言を浴びせ始めた。


違うって! ええい、こうなったら! 

「エメリン! ごめん! 本当は俺、君のこと、スキなんだ!」

 会場がさらにざわつく。

「俺……、俺、みんなの前でこんなこと言うの、恥ずかしくって、ウソついちゃったんだ。本当のことが言えなかったんだ!」

 この場を乗り切るには、このウソしかない。この場を乗り切り、一年以内に何とかして脱童貞をするしかない!

「俺、黒木シンは、エメリン・ココを愛しています!」


 そういうと、俺はしゃがみ込んでいるエメリンを強く抱きしめた。

 会場は疑惑の声で満ちていた。


俺はエメリンの耳元で小声でつぶやいた。

「……いいかげんにしろ! どういうつもりだ」

「ふひひ」

エメリンはニヤリと笑った。

「お主だけ幸せにさせてたまるものか。お主の評判を地に落として、一年間童貞を維持させ、臭い体臭になってもらうぞ。そして我は幸せに生きるのじゃ」

「お前も、相当最低だな!」

 そのかわいらしい衣服と容姿からは想像もできない腹黒さだ。

「ふひひ」

 その時、ローズ姫が一歩前に進み出た。


「皆様、いかがでしょうか。ここは私に任せてくださいませんか」

 会場が鎮まる。

 え? ローズ姫に任せる? 何を?

「これから一年間、私が監督いたします。それは、シンが浮気をせずに、エメリン一途に生きるかどうか、ということをです。つまり、これから一年間で、シンのエメリンに対する思いが本当かどうか、確かめるのです」

 なんてこった。

 でもいいかもしれない、時間稼ぎができるし、その間に童貞を卒業できれば俺の勝ちだ!


 会場から声が飛んだ。

「ローズ姫様、もしシンが浮気をしたら、どうしますか?」

 ローズ姫はにこりと微笑んだ。

「死刑にします」

 オーマイガー! 


 ローズ姫は微笑んだまま、俺とエメリンの手を取り、立ち上がらせた。

 そして俺とエメリンの手を強く握らせた。

 エメリンは俺の顔を見上げた。

「絶対にお主の童貞は守ってみせる」

 俺はエメリンの瞳をまっすぐに見つめる。

「俺の童貞を守らないでくれ!」


 了

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俺の童貞を守らないでくれ!【短編完結】 佐々木裕平 @yunyun1979

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