幸せな負け (邦子の負け)

帆尊歩

第1話 邦子の負け

会社に入社したときの写真が出てきた。

そこには聡子が私と共に映っている。

まだ二十二歳だ。

あの頃の女子社員は制服だった。

一番初めはこれだった、制服をなくすこと、上に掛け合ったなんて生やさしい物では無い。入社して二、三年の女子社員が、たてつくんだ。

他の大勢の女子社員は結婚するまでの腰乗せだったけど、それを皮切りに、聡子と私は本気で会社を変えようとしていた。



孫の保育園のお迎えで時間があったので、保育園の園庭の隅で、スマホでニュースを見ていたら、聡子が出ていた。

今回どこかの社外取締役になったそうだ。

この所すっかり保育園のお迎えは私の仕事になった。

別にいいんだけれど、孫は可愛い。

もう一度子育てをしていると思えばどうと言うことはない。

イヤむしろあの頃より楽しいか、あのころは、初めのうちは会社を辞めて変な挫折感が大きかった、そのうちそういう感情は薄くなったが、今度は家事でてんやわんやだった。

入学、卒業、部活、遠征、お金も掛かるが、労力もかかる。

親として言わなければならないことを言って、数日口をきかないことだって、一度や二度では無い、全部この子たちのため、たとえ嫌われても、親としての責任、教育、ひとときも気を抜けない状態。

でも孫は違う、親では無いから、ただかわいがっていればいい。

娘は、自分の時のことを棚に上げて、甘やかすなと文句をいってくるけど。


同期の聡子とはこれからの会社を担って行こうと誓い合った。

他にも女子社員はいたけれど、みんな本気では無く、適当に結婚して会社を辞めようと考えていた。

そんな中、聡子と私は異質だったかもしれない。

女子社員は言うに及ばず、男子社員だって、意識は低い、言われたことを言われたとおりにしかしない、いや出来ない人間のいかに多かったことか、そういう中で、抜きに出ることは容易なことだと思った。

明らかに自分より劣る仕事のクオリティー、そんな中にあって自分の能力を脅かす物は、聡子を除いて皆無だ。

聡子は同士だったから、何の危機感もなかった。

でも判断はそこじゃ無いということが十年近く経つと分かるようになる。

私はそれを跳ね返すべく、躍起になった。

そんな私を旦那は、無理するなと言って、優しく抱きしめた。

その心地よさに私は崩れたのだ。

そんな旦那も今では定年を迎えて、孫のいいオモチャだ。

あえて遊び相手とは言わない、孫にとっては、ジイジは都合の良いオモチャだ。


聡子は脱落する私を温かく見送ってくれた。

でもキャリヤを重ねて、ポジションが上がる聡子を三割の応援と七割の嫉妬で私は見ていた。

だから、事あるごとに聡子に近況を報告した。

今にして思えば、負けたことを認めたくなかったのかもしれない。

こんな幸せは聡子にはないよねと。

報告すると聡子も近況を返してくる。


邦子。おめでとう。私の分も幸せになって。

邦子。アメリカの支社に行くことになりました。三年は帰って来れない。

邦子。日本に帰ってきました。そして課長になった。部下は十五人。

邦子。大阪支店に次長として行く事になりました。部下は二十人。

邦子。徳島の支店長になりました。でも部下は五人になりました。

邦子。京都支店長になりました。部下七十人。でも役員にはなれなかった。

邦子。東京に戻ってきたよ。営業本部次長、部下は百五十人、

邦子。営業本部の部長になったよ。部下は二百人、でも執行役員すら付かなかった。

邦子。会社はどうしても私を取締役にしたくないらしい。

邦子。来年五十五で役職定年になるので、会社辞めるよ。

邦子。会社、立ち上げたよ。

邦子。社外取締役の打診を受けたよ。おかしいね、元いた会社は絶対に取締役にしなかったのに。別の会社から打診が来るなんて。


自分が近況を報告するんだから、聡子からこういう物が来てもおかしくない。

私は、こういう未来を、捨てた。

でもこれを目指していた。

あの制服をなくす運動を聡子としたときから、きっとこうなることが幸せなんだと、疑わなかった。

逃げた私は聡子に負けたのだ。


「バアバ」

「ああミーちゃんお帰り」

「うん」

「あっ、先生ミーちゃんどうでした」

「今日は孝くんとちょっとけんかになって、でもちゃんと仲直りしたんだよねー」

「うん。ミーちゃんが孝君を許してあげたんだよ」

「そうなの、でも、男なんか許さなくていいからね。いいミーちゃん、今から、女としての意地や覚悟を示して行かないといけないのよ。男なんかとっちめちゃえ」

「あ、あの、おばあさま・・・」

「あらごめんなさい。さあミーちゃん帰るけど男を見下したご褒美に、バアバが何でも好きな物買ってあげるよ」

「ええー、じゃあ。ママに内緒で、アイスクリーム食べたい」

「いいよー」

「わーい」

「でもママには内緒だよ。女と、女の約束だよ」

「うん」


私は聡子に負けたけれど、今の私は幸せなだと自分にいいきかせる。

これは幸せな負けなんだと。

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幸せな負け (邦子の負け) 帆尊歩 @hosonayumu

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