第30話 きっかけさえあれば技術革命は簡単に起きる

 俺が初めて小土族(ノーム)の村へ来てから、早いもので二ヶ月が経とうとしていた。

 今、小土族(ノーム)……いや、今は土人族(ドワーフ)の村となった場所は、熱気と喧騒に包まれていた。

 俺の目の前には、蒸気を上げながらシリンダーの様なものが上下し、唸るような音でベルトが回る機械が置いてある。

 俺は唖然とした表情で、その機械を見て呟く。


「……マジかよ」

「どうだべ! 凄いだべさ!」

「中々苦労しましたね」


 自慢げにそう言うのは、ズィンクさんとフェンク君だ。

 他にも土人族(ドワーフ)が集まっていた。

 皆、肩を抱き合い、それぞれを称えてあっていた。

 俺の周りにはアインス君やツヴァイちゃんとドライちゃんも居たが、皆俺と同じ表情をしている。

 だが、同じく俺の隣にいたヒーリィさんだけは、うんうんと満足そうに頷いている。


「短い時間で作ったにしては、よく出来ているわね」

「これもヒーリィ様のお陰ですね」

「それを言うなら貴方の彫金技術の素晴らしさね、人の手であそこまで複雑に魔法文字を刻めるとは思わなかったわ」

「慣れれば、他の者も可能だと思いますよ?」

「流石は土人族(ドワーフ)と言ったところかしらね」


 感心するように頷き賞賛するヒーリィさん。

 それを受けて、照れたように頭をかくフェンク君。

 俺は、そんな二人の会話を聞きながら、目の前に置かれた機械を見る。


 これ、完全に蒸気エンジンやん。


 俺は、心の中で突っ込んだ。

 だが、その心の声は、誰にも気づかれる事も無い。

 この世界ではあり得ないと思っていたその機械を見て、俺はこの二ヶ月のことを思い出す。


 俺達は、フェルトの村とこの土人族(ドワーフ)の村とを、二日に一回は往復する様になっていた。

 後から聞いたが、この土人族(ドワーフ)の村は、ツヴェルクの村と言うそうだ。

 ツヴェルクの村には、オキシーのマッピングのお陰で、半日もあれば飛んで行けるようになった。

 だが、俺で自力で飛べるため問題は無いが、他の人たちはグリフ達に任せる事になる。

 運べる人数は四人が限界であったが、それはヒポグリフが二匹しかいないから仕方がなかった。

 メンバーは、ヒーリィさんとアインス君が固定であった。

 他のメンバーは、ツヴァイちゃんとドライちゃんがセットで付いてくることが多かった。

 だが、時々ツヴァイちゃんとドライちゃんは、ネルケの村に里帰りさせていた。

 ご両親と長い間、離すのは気が引けたからだ。

 そして二人が居ない時は、アインス君の妹のフローリンちゃんとナイル君がついてくる事が自然と決まった。

 まあ、二人ともしっかりしているから大丈夫だ。

 土人族(ドワーフ)の人達とも友好的に交流している様であった。

 前の世界でのファンタジー作品では、土人族(ドワーフ)とエルフは仲が悪いなんて言うものもあったが、この世界ではどうやらそんなことは無い様である。

 

 ヒーリィさんは、ツヴェルクの村に来るたびに、ズィンクさんやフェンク君と共に熱心に意見を交わしていた。

 何だか色んな事が書かれている、木板や、金属の板を来るたびに交換していた。

 最初の一回めはスコップや鍬などと言った、農業作業用の簡単な道具を作ってもらっていた。

 これで、フェルトの村で、畑仕事も楽になるぞと。


 そんな呑気な事を思っていた。

 ヒーリィさんやフェンク君達は、そんな俺の想像をはるかに超えるものを作っているとは知らずにだ。

 来る度にツヴェルクの村には色々な施設が増えていたのには気づいていたが、まさかこんなものを作れる程の施設とは思わなかった。

 そして現在、俺の目の前に置かれた機械を見て俺は叫ぶ。


「エンジン!? エンジン、ナンデェ!?」

「きゅ、急にどうしたのよハイドラちゃん? 落ち着きなさい?」


 そんな、ヒーリィさんの言葉は俺の頭には入ってこなかった。

 何で、この世界で蒸気エンジンなんてあるんだ?


「ヒーリィさん! 何で蒸気エンジンなんてこんな所にあるんですか!?」

「蒸気エンジン? これは私が設計した魔導エンジンよ? 今の技術で出来る最低限のものだけどね」

「魔導エンジン?」


 混乱する俺の疑問に、ヒーリィさんは手に持っていた木板を見せてくれる。

 その精密に書かれたその設計図を見て驚く。

 俺も前の世界で、エンジニアをしていたから機械的な技術についてはそれなりに分かる。

 見たところ、基礎構造は俺の世界でもあった、レシプロ型蒸気エンジンと同じ様だ。


 こんなものを、たった二ヶ月で作ったの?

 だが、考えてみれば、ヒーリィさんは元々俺の身体を作れるほどの技術者である。

 エンジンの様な動力を設計するのは可能と言えば可能である。

 だが、ここで疑問が浮かんだ。

 何を燃料にしてるんだと。


「……ヒーリィさん石油とかって何処から持ってきたので?」

「私の事はお母さんと呼びなさないと言っているでしょう。 でも石油って、何よそれ?」

「うん? ガソリンとか燃料の事ですけど?」

「燃料? そんなもの貴方がくれた魔法金属があるじゃない」

「え? 魔法金属ってこの間の?」

「それよ、ズィンクさんが魔法金属を魔法板に加工してくれたのよ」


 そう言ってヒーリィさんは、今までの事を説明してくれた。


 以前ヒーリィさんに渡した魔法金属。

 あれらはヒーリィさんの指示の元、土人族(ドワーフ)の手によって魔法板と呼ばれるものに加工されたらしい。

 来る度にズィンクさんやフェンク君がヒーリィさんに渡していたあの板である。

 その魔法板は、魔力を蓄積する性質があるらしく、時間は掛かるが放っておくだけで自然と魔力を蓄積出来るそうだ。

 そこに魔法言語と呼ばれる文字を彫刻する事で、魔術操作術を制御出来るらしい。


 例えば、”水”を意味する魔法言語を彫刻すると、蓄積された魔力が無くなるまで、魔力操作術によって水が生まれ続ける。

 其処に”流れる”という魔法言語を組み合わせる。

 すると水が流れ続けるという現象が起き続ける。

 さらに其処に、”押す”と”止める”といった魔法言語を彫刻したものを繋げる。

 その場合は、魔法板を押している間、水は止まるといった複雑な操作も可能になる。

 その魔法板の組み合わせで様々な現象を制御し、蓄積させた魔力を燃料にして、この蒸気エンジンが作られているとの事だ。


 言ってみれば魔法板と魔法言語は、異世界版のプログラム言語の様なものであった。


 俺の動力である、マギクラフターエンジンも、この技術を用いて作られているらしい。

 ただ、マギクラフターエンジンは、魔法言語は三次元的に彫られているらしく、彫られた魔法言語に、さらに魔法言語を埋め込むという複雑な手順が必要だという。

 それを複数回繰り返す為の専用の施設が必要で、新しく作る事は出来ないらしい。

 それに、特殊な魔法金属を、複数用いた合金を使っている為、その再現も難しいとのこと。

 例えるなら、今のこの広場に置いてあるエンジンが紙に描かれた絵だとすると、マギクラフターエンジンは、パソコンを用いて三次元の動く3DCGの様なものか。

 そりゃこんな原始的な場所では再現は出来んわ。 


 ズィンクさんや土人族(ドワーフ)は魔力板の加工。

 そして、ヒーリィさんの設計した魔力文字を、フェンク君が彫刻しているとのことだった。

 今の所、魔力板にヒーリィさんの設計した複雑な魔力文字を彫刻出来るのはフェンク君だけとのことだ。

 他の人達は、組み立てや、その他の部品の製造加工を担当していたらしい。

 俺はヒーリィさんの説明を聞いて、納得した。

 確かに説明されれば、技術的には可能そうである。

 だがそれでも土人族(ドワーフ)の人達の技術には驚きを覚える。

 いや、蒸留機を作れる程の技術を持っているんだから、この程度の加工は出来る事は分かっていた。

 だけどまさかこんな短期間にエンジンを作れるとは思わなかった。

 其処まで説明すると、ヒーリィさんはじっと俺の事を見つめた。

 そして笑顔で話しかけてきた。


「それに、貴方のやりたいことをやるためには必要だと思ったのよ?」

「それって……」

「作るんでしょ? 貴方の街を?」


 ヒーリィさんはそう言って、俺の頭を撫でる。


「オキシーが前に言っていたのよ……子供のやりたいことを全力でサポートするのが親の仕事だと……私は貴方のやりたい事を支えるわ」

「ヒーリィさん……」

「そろそろ本当にお母さんと呼んでくれて欲しいのだけどね?」

「それは、まだ勘弁してください……」

「……まぁ、良いわ、今はね?」


 そう言って、苦笑するヒーリィさん。

 それは、まだ少し気恥ずかしいから勘弁して欲しい所だ。

 だが、ヒーリィさんの言葉通りである。

 俺の目標である、水の都を作るには、この魔導エンジンは重要な技術である。


 これが有れば、色んなことが出来る。


 動力に回転する機構をつければ、自動円板加工機なんかも作れるだろう。

 そうなれば、木材や石材の加工も簡単になる。

 回転するローラを取り付ければ、車を作る事もできるだろう。

 車を作れば、建築材の運搬にも使える。

 まあ、サスペンションとゴムタイヤが無いと、衝撃と振動で乗れたものでは無いだろうが……。

 森を探せばゴムの木ぐらいはないだろうか?

 今度探してみるか……。


 しかし、考えれば考えるほど、この魔導エンジンの有用性と利便性に気づく。

 必要なものは魔力だけ。

 この魔導エンジンは、究極のエネルギー生産機だ。

 なんせ、魔力は自動的に補給されていくのだから、燃料補給の心配も無い。

 魔力板の魔力量にさえ気を付けておけば、半永久的にエネルギーを生産できるのでは無いだろうか?

 この魔導エンジンを見て、俺も今後はヒーリィさん達の開発に参加しようと思う。

 前世では、曲がりなりにもエンジニアをしていたのだから俺の知識も役に立つだろう。


 そして、この魔導エンジンを始まりに、俺達の村はどんどんと発展していくのであった。

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人類最強の兵器は異世界で浪漫の夢を見たい 北斗七島 @nacka

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