No.2「部屋へ」

ウォレスが号令をかけると出席していた研究員が資料を開いて画面に表示共有した。


 「探査試行回数は本日で22回になりました。」


彼の説明によると、どこかの部屋などを模した空間に通じており、窓などがある場合でも外は暗闇で見る事は出来ない。扉などは開かず破壊もできない事が共通点であると説明した。ありきたりの、都合の良い空間である。部屋の特徴には共通点がなく、侵入する度に変化するのだという。


「カトウ中尉には、7級隔離服を支給します。調整後、24回目の侵入から配属していただく事になります。」


「明日からですか?」


「いえ、明日は調整だけです。閉鎖処置試行があるので明後日となります。」


「あぁ、この日程表か。下手すれば私の仕事がなくなるかもしれないですかね?」


「いや、まぁ。最善を尽くします。」


私は皮肉で彼に述べた。おそらくこの試行ではまだうまくいかず、予定通りに私の探索が行われる事だろう。一通りの専門的な報告を聞いた後、私は明後日のためにすぐに休む事にした。居室に戻り、コーヒーサーバーに水を入れる。本体に内蔵されたウェブによってお湯が加熱される。そして先ほど通りかかった休憩所でもらってきたインスタントコーヒーの粉を入れる。家では豆を挽いて入れるという丁寧な事をしているのだが、ここには外部からの有機物を私物として持ち込む事を規制しているため不可能である。こうして入れた味の薄いコーヒーを飲みながら過去の探索記録を読むことにした。


「学生の自室に見える」


「病院のICUだな」


「いずれかのアパートだと思われる。私の記憶にはない。」


どれもこれも狭い部屋で、面白い特徴はない。いくら復帰初の仕事とは言え、これはあまりにも簡単すぎたかもしれない。初めての頃の仕事を思い出した。まるで同じような仕事だったと思う。芸術系の学生が卒業製作にでも作りそうな、なんとも言えない変な模様のとびらが見つかり、それが構造的にありえない場所に繋がっていた。ただ、構造的におかしくて少し広いというだけで普通の部屋であり、その後なんの発展もなく、ただ閉鎖措置が取られて無力化された。初めて踏み込む異常空間にあんなにおびえたというのに、それに見合う結果はなく、なんだが異常に広い部屋というだけのものだった。結果のなさに呆然とした私は、その日家に帰ってからは探索の記憶を反芻して、結果と言うに値する「異常」を思い出してみようとして脳を沸騰させていた。最終的にはなにも思い当たらず諦めたのだった。下手をすれば今回も似たようになりそうである。沸騰する事はないが、以前より年齢を重ねている分、気疲れは多いかもしれないとマイナスな想像をしていた。


 検査と調整の日を過ぎ、初ダイブの日になった。改めてミッションとなると少し緊張する。高揚感もあり、早くも入りたいと思っていた。問題のエリアの封鎖を抜けると通信が入る。


 「最終の通信テストです。以降に流れる電子音が何回なったか教えてください。」


「了解。」


多種多様なビープ音が続く。

 「7回」


 「問題ありません。Entry Free!!」


 目の前には海が広がっている。なにもない、ただの海岸線にしか見えない。しかし良く目を凝らすと、ちょうど水と陸の境界線辺りの景色がほんの僅かに暗くなっている事が分かる。あそこが目標である。私は息を整え、歩みを進めた。


 「Dive start. First action ENTRY.」


 私があの中に入る事を宣言すると無線の奥の方で職員たちが英語で話しながら、様々な記録を開始したのが聞こえる。目には、近づくほど鮮明になる黒い穴が見えている。十分に近づくとその穴は人が一人入るのにちょうどよい大きさになり、多少かがめば入れそうであった。私が穴の中に片足を入れ、踏み込んだ瞬間、地面の高さに足が到達した時にちょうど“空間”へ移動した。


 「I’m in the room now, guys.(部屋に入ったぞ)」

 「But ah…(だけどこれは)」


 どうみても部屋では無かったのだ。どこかの施設の内部の廊下にしか見えなかった。正面には曲がり角があり、その先が続いてるのが見て取れた。


 「You see this right?(見えてるよな?)」


 『Yes. We watch it cleeary.This is First irregular case. Stop please.(はい。キチンと見えています。これは初のイレギュラーなケースです。止まってください。)』


「Without being told(言われなくても)」


私には指令通り止まっているしかできないが、なるべく状況を調査しようと様々な物を見て、音を聞こうとしていた。


「That window. It’s dark. It must be white light.(あの窓。暗いな。真っ白のはず)」

「What do I do?(どうするんだ)」


『Wait a moment please(少しまってください)』

『OK. Got a GO SIGHN(OK。ゴーサインです)』


「Copy that.(了解した)」


曲がり角を進むと、さらに長い廊下が続いており、どこかの学校施設のような場所であった。私はなんとなく、記憶にあるような気がした。じっくり考えると、私の母校そのものである事に気づいた。


「これは、俺の母校だ」







終末シリーズ3番目による市街地被害についての報告

 終末シリーズと銘打たれた径庭由来物はどれも甚大な被害をもたらし、被害終息後も社会的な影響を与えてきた。ここでは、3番目にあたる事象について取り扱う。3番目は他と違い、それ自体が攻撃を仕掛ける物ではなく、一定の範囲において種の不明な生命体を合成した。そのどれもが人類に対して意図的に脅威を向けていた事が確認されており、当該物の意志によって行われた行為であると想定されている。また、自動車やインフラなどの人類特有の概念を理解していると思われる行動が確認され、知性があったと推定された。そして、これの一番の問題は、径庭とのゲート開く可能性の少ない都市部で行った事である。現在の調査においては、ゲートから出た後、潜伏して都市部までやってきた痕跡が見つかっており、攻撃の種別の変化が起きていると言える。以前までは単体戦闘性能による侵攻であったが、今回は秩序立てられた行動による物と顕著な違いがあった。偶然にも被害地域に閉じ込められた隊員32名の活躍により収束するに至ったが、少数かつ突発的な作戦行動を余儀なくされた結果、一般市民に1345名の死傷者が発生した。また、隊員の8名が殉職した。生存した隊員は特別報酬と長期休暇が与えられた。精神的なショックの大きいイベントであり、生存者全員の精神に対する影響を注視する必要がある。

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