彼方へ

YachT

No.1 「砂浜へ」

 私は輸送車で揺られている。他の隊員があわただしく、揺れる車内でやりづらそうに作業しているのを見ている。ただ、行く事だけが今の目的である以上、この車内にて行う必要のある事柄はない。怠慢である訳でもなければ、手伝いをしてやらないという意地悪をしているわけでもない。そもそも専門外だから触れないという話もあるのだが。そしてそうした車内で少しでも居心地を良くするために、私は深く座席に座り、背もたれによって視線を遮るようにした。左を向けば向かいの空席と、窓をとおして見える遠くまで続く砂漠。右を向けばすぐに窓があり海岸線が近づいている。海は久しぶりだ。何年も前に学生の頃に行った事がある。こんな仕事についているなど思いもしない頃の思い出だ。他の同世代のようには騒ぐ事が出来なかったが、友人とともに行く度旅行は楽しく、彼らが騒音を出しているのを見るだけで十分だった。


「下車準備を」


落ち着いた低い声のアナウンスが流れる。まもなく目的地に着くのだろう。確かに、窓を斜めに覗くと正面にキャンプが見え始めていた。今私が乗っているのと同じような車両が列をなして止まっており、沢山の作業員達が行きかっている。一部は黒い遮蔽カーテンで遮られており、あそこが目的の場所である事がすぐにわかった。車が止まり、後ろのドアが開くと車内に居た者達は道具の運び出しを開始しあわただしくなった。私は一息整えると、一式の荷物を肩にかけて外へ出た。降り口のすぐそこには板がおかれており、砂に足が沈まないように配慮されていた。そして、季節は冬であるので気温が低く、息が白くなるほどであった。土地柄、雪が降る事は少なく、この日なんかは特に快晴であった。潮の薫りと青空、砂浜からは夏が連想されるが、確かな空気の冷たさが違和感を作り出していた。


「カトウさんですよね?」


「そうです。」


「モトムラと申します。案内します。」


 モトムラと名乗るこの男は私をキャンプの宿舎へと案内した。仮設住居コンテナが私の個室となっており、私一人のための空間として用意されていた。狭いが悪くない。任務中に居るだけだし、家具も最低限で持ち込みの私物も少ないので占有面積は少ない。おかげで足元は案外広いし、フリップ式のデスクには、再加熱ウェブの入ったガラスのコーヒーサーバーとグラスを常に置いておく程度の余裕があった。一通りの荷物を開封し設置をし終えると、そろそろモトムラに言われていた時間になった。ブリーフィングをするから遅れないようにと釘を刺されていた。私はコンテナから出て、様々な隊員から復帰の祝福と敬礼を受けながらミッションコントロールへと向かった。しばらくの休職のせいで、このような対応をされることへの慣れを失っていた。

 ミッションコントロールは大型の移動コンテナの中にあり、当然ながら私の居室よりもずっと大きかった。中央辺りに四方に向けたディスプレイが置かれており、全員がそれを取り囲む形での会議となった。ディスプレイが置かれている机には天井のプロジェクターから投影された映像が流れており、タッチすれば操作する事が出来た。そうして資料を眺めていると現場のリーダーが到着し話が始まった。


 「ウォスト大佐だ。カトウ君よろしく。中尉だったかな?カトウ中尉。」


 「その通りです大佐。よろしくお願いします。」


 「ところで、私は英語ネイティブだが日本語の会話で構わない。」


 「了解です大佐。」


 「よろしい」


知的な雰囲気であふれた人物だった。一瞬女性とは気付かないガタイのよさであり、その身一つで出世してきたのだと分かる第一印象であった。


 「新規参加の探索員であるカトウ中尉へのブリーフィングとともに、進捗状況報告と情報共有を開始する。」







                巨人の歩み

向こうの世界からやってくる脅威に見舞われてから早数百年経った。人類はそれに対抗し、一種の定期的に起こる自然災害程度の物として対処できるようになっていた。向こうの世界からやってくるものには危なくない物もいる。異邦人と呼ばれる。一切の記憶を持たない物の不明な言語を有して現れる。我々は、彼らがやって来る度に言葉を教えて保護してきた。ほとんどの者は人間と似通った見た目であったが、個性的な外見の者は特異な能力を有していたため偏見の的となっていた。そんな中、久しぶりの甚大な脅威が現れた。人型をしたそれらは人類に牙をむき、いままでとは比較にならないほどに破壊を行った。当初それらは異邦人だと思われ、すでにあった異邦人への差別はより一層酷くなった。元々、異邦人は我々と同様に個体ごとの性格があり、問題がある者も優等生な者もおり、一概に脅威ではなかったはずだが、人類の価値観はその技術水準には追い付かなかった。結局、それらは異邦人ではなく、一連の同一の存在であり明らかな敵であった。終いには巨人と呼ばれる大型の人型個体が現れた。それの出現により非常に広い範囲が砂漠化してしまった。特に砂漠の海岸線付近は時空がゆがみ、不明な場所へと接続する事態になってしまい、だれも住むことはかなわなかった。

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