ジョーとわたしの生存戦略
牡丹
第1話
「なにこれー!」
身体にひっついた何かを引っ剥がし、わたしは飛び起きる。
まず、視界に入ったのは流線型の光。
英数字の羅列が羽虫のように身体の脇を抜け、わたしはここが夢だと思った。
きっと昨日あったプログラムの授業が難しかったから夢にまで出てしまったんだろう。
ふと足元を見ると、淡い光を放つ丸いむにむにがアンクレットを食いちぎっていた。
家族からの大切なプレゼントなのに!
でもアンクレットまであるなんてやけにリアルだなぁ、と思っているといきなり足元が光り始めた。
「今度はなに?なんの光!?」
光が収まるとそこには、背の高い男の人が立っていた。
長い白髪を一纏めにした男の人は、かっこいいけど少し冷たそうな雰囲気で緊張するなぁ。
「お迎えに上がりました。プリンセス」
「…………プリンセス?えっ、わたしが」
男の人に傅かれて手の甲に忠誠のキスされた。いきなりお姫様扱いなんて!
恋愛小説の中だけでしかありえないことがわたしの身に降り掛かって、自分の夢の都合のよさに笑ってしまう。
ひとつ普通と違うことがあるとするなら、メルヘンじゃなくてメカニックってことかな。
「はい、貴方はプログラムによって選ばれたこの国の第一王女です。わたくしは貴方様の最適な執事としてサポート致します」
「はぁ」
ほんとに変な夢だけど、綺麗な執事さんに連れられるまま路地裏から表通りらしいネオン眩い通りに出る。
表通りの街並みは、サイバーっぽくて近未来的だけど道が整備されてなくてなんだか全体的にボロっちいし人通りは全くない。さっきまで居たところよりは多少マシってくらいかな。
多分だけど、ここは田舎の街なんだろう。
「本来ならお城にお迎えするはずでしたが、転移時のエラーによって座標が乱れたようでこのような場所になってしまい申し訳ございません」
「えっと、大丈夫」
「ふふっ、寛大なお言葉ありがとうございます。それでは、こちらの転送ポットへお乗りください」
そういって執事さんは赤い大きな直方体の箱を触り始めた。
異世界に転生してお姫様なんて、自分でもちょっと恥ずかしい夢だと思う。
明日ちゃんと起きたあと、学校で友だちには言えないかも。なんて、
「嬢ちゃん!こっちだ」
なんて事を考えていたら、今度はガタイのいい男性にいきなり腕を引っ張られ、されるがままに走ることになってしまった。
「ちっ、止まりなさい!耳を貸してはいけませんよプリンセス」
執事さんはにこやかながら光線銃のようなものを手に構えて悪魔の形相で追い立ててくる。夢といえど武器を手に追いかけられるのはちょっと怖いな……ってうわっ撃たれた!?
「なんですか!これ!?」
「あいつは異世界転移者を狙った犯罪者だ!そらはやく後ろに乗れ!」
勢いに押されて言われるがままにバイクに跨り、男性の腰に手を回してちいさくひっついた。
男性のバイクが走り始めて、チラッと後ろを伺うと執事さん……じゃなくて犯罪者さんは諦めたのか光線銃を撃つのをやめてこちらを睨みつけていた。めちゃくちゃ怖い。
逃げるように視線を逸らすと、あるものが視界の端に映った。
(犯罪者さんの服の裾から見えた肌、真っ赤だった……)
――
「危なかったな嬢ちゃん」
電波の届かない木造のログハウスみたいな場所に連れてこられたわたしは、促されるまにブランケットに包まってあったかいミルクをすすっている。
急かされてよくみえてなかったけど、この男性は外国人みたいだ。
アフリカ系?で背もガタイもよくて、入れ墨いっぱいあるのはちょっと怖いけど、髪の毛があみあみなのはかわいいかも。
「ありがとう?あのう、あなたは」
「俺はジョージ、ジョーでいいぜ。アメリカのデトロイト……っても嬢ちゃんにはわかんねーか」
「デトロイトはゲームでなら知ってるよ」
「really?俺の故郷ゲームになってんの?マフィアのバトルゲームとかか?」
「うーん。警察だったかな?」
「shit!まじか〜」
ジョーは笑いながら転げ回っている。
これってそんなに面白いことなのかな?お国柄ジョークってやつなのかも。
「そういえば日本語上手だね」
「……俺には英語に聞こえてんだが、どうやらここじゃ自動変換されるらしい。俺は嬢ちゃんが英語喋れるのかと思ったぜ、日本ってのは教育が進んでんだろ?」
「そうなのかな?わたし成績悪くて勉強できない方だからいっつも怒られてるよ」
「怒られるってことは期待されてるってこった!グレイトじゃないか!」
「そうなのかな、ジョー」
「おう!俺のガキの頃なんか生きるのに必死で勉強どころじゃなかったさ!おっとピザを床にぶちまけたような顔はやめてくれよ!折角のミルクが冷めちまうからなha-ha」
わたしを心配させないようにおどけてウインクをひとつしてきたジョーは、パイナップルののったピザをむしゃむしゃと頬張った。
わたしはミルクを一口飲んで、現実を受け入れる覚悟を決めた。
「ねぇジョー。ひとつ聞いてもいいかな?」
「もちろん」
「この世界はわたしの夢のなかで、現実のわたしは今もベットのなかで眠っている……って訳じゃないのかな」
ジョーはコーラを一口飲み、アメリカの映画みたいに一度天を見上げ瞼を閉じてこう言った。
「嬢ちゃん……いい知らせと悪い知らせがあるどっちから聞きたい?」
「……じゃあ悪い知らせからお願い」
「残念だがこれは現実さ。フィクションでもなんでもないサイバネティクスが人間を支配した世界らしい」
「えへへ……やっぱり、そうなんだ。…………いい知らせは」
「こんなクソッタレな世界でもお前に会えたってことさ!」
そういってジョージはわたしの顔を隠すようにハグしてくれた。
「アハハッ……なにそれっ…………うっ……ぐすッ」
「泣きたいときに笑わなくていいのさ。あぁ俺の臭いがきついってんなら謝るけどな!」
「…………ジョージ」
「なんだい?」
「わたしを見つけてくれてありがとう」
――
あれから緊張の糸が解け、ジョーの腕の中でぐっすり眠ってしまい気がつけば時計の針は6時を指していた。
ジョーの書き置きには英語で何か書いてあるが、わたしにはさっぱり読めず文字は自動翻訳されないんだなぁと書き置きとにらめっこしながら、部屋の中で物音を立てないように静かに座ってジョーの帰りを待っていた。
暫くするとキィーと木製扉の開く音が聞こえた。
ジョーが帰ってきたと思ってそろりそろりと音の方へと足を向けると、小さな影が見える。
よく目を凝らすと、そこには少年が立っていた。
「君は何者だ」
少年は警戒心をみせながらわたしを見つめてくる。
ホワイトブロンドに赤い瞳が印象的で、特に白金の髪は最初捕まりそうになった犯罪者の執事さんみたいで怖い。
だけど、また怖い目に合わないように勇気を振り絞って転生者とバレないようにわたしは嘘をついた。
「わたしは昨日ここに引っ越して来た人間よ」
「新しい転移者か」
わたしのついた嘘はすぐに見破られてしまった。なんで。
少年は後ろ手に扉を閉めてから面白そうにこちらに近寄ってくる。
わたしは昨日執事と名乗る男の人に襲われたことを一瞬思い出して体が強張ったけど、ジョーが帰ってくるまでなるべく時間を稼ぐために虚勢を張り続けることにした。
「違うわ」
「いいや君は転移者だね。根拠を述べようか?」
コツコツとブーツを鳴らし、少年は距離を詰めてくる。
「ひとつ、この世界は生まれたときから居住地が厳格に決められている。ふたつ、この世界の住人は自分のことを人間と呼ばない、」
「近寄らないで!」
わたしは怖くなって咄嗟に握ったクッションを投げてしまった。
身を守るものをなくしてしまい、反射的にギュッと自分の身体を抱く。
「おっと、威勢のいいレディだ」
こつり、こつりとゆったりとブーツを鳴らして歩み寄る少年にわたしは恐怖で何も言えず、恐怖から逃げるように目を瞑ってしまった。
「そこまでだレスカー」
「ナイト気取りかい?ジョー」
こわごわ目を開くと、息を切らせたジョーが少年の腕を捻り上げて睨みつけていた。
ジョーがまたわたしを助けてくれた。
わたしは守ってくれたジョーに安心して緊張の糸がプツリと切れたのか、腰が抜けてぺたんと女の子座りをしてしまった。
そんなわたしを隠すように少年の前に立ちはだかるジョーの背中に、少しだけ目元が潤んでしまったのは誰にも内緒。
少年はにやにやと笑いながら、少しからかっただけだとジョーの拘束から開放された腕をさすっている。
「もう大丈夫だ。怪我はないか?」
「ない、けど。彼は?」
「あいつはこの世界の住人さ」
「えっ!?」
思わずジョーの大きな背中に再び隠れてしまった。
「だけどサイバネティクスが嫌いで、秘密結社?ネイチャーだかなんかだったよなレスカー」
「秘密結社は正解だがもう少し興味を持ち給えよ。秘密結社ナチュラクラブ、自然を愛し護る崇高な団体だ。僕はそこでまとめ役をやっている」
少年は手を差し出してきた。
わたしは、そろりと顔を出しジョーの背中越しに改めてじっくりと彼を見る。
かっちりとした真っ白な軍服を着たレスカーは、背の高いジョー越しだからか先ほどよりも小さく見えた。
ホワイトブロンドの髪も相まって物語の中の神様みたいだ。
なのでジョーのためにも握手くらいはしてあげてもいいかな。
そう思ってレスカーに手を差し出す。
しかし、それは間違いだった。
「君は臆病な割に勇敢で面白いな、僕の結社で匿ってやろか?」
わたしは素早く腕を引き寄せらせて抱きしれられてしまった。
やわやわと指を絡められて耳元で囁かれてしまっては、恋愛経験の乏しいわたしは顔をりんごみたいに真っ赤にして顔を反らしてしまう。
しかし、逃さないとばかりに顔を反らした先には開けっ放しの扉の奥、玄関に置いてある姿見があり、レスカーの腕の中に囚われた姿見の中の私がしっかりと写っていた。指を弄ばれ撫でられるたびにピクピクと耳まで真っ赤になって震えてしまっている姿を自分の目で客観的に見てしまい余計に恥ずかしい。
「おっと、それ以上はルール違反だぜレスカー。嬢ちゃん、こいつの言う事は話半分で構わねえ。結社だなんて言ってるが、こいつらも襲ってきた連中と大した違いわねぇただのテロリストだからな」
そういってジョーはレスカーを引き剥がして膝の上に乗せてくれた。
厚い胸板と逞しい腕で護るようにだっこされて恥ずかしい気持ちがちょっとずつ安心に変わっていく。
頭の上でふしゃーと怒ってくれるジョーはなんだか子どもの威嚇みたいで少し気が抜けた。
でも、今までとは反対にレスカーの顔がしっかりと見える。
レスカーは目を細めながらいじわるに笑っていた。
「おや、失礼なことだ。君を匿って支援してやってるのはどこの誰だと思っているんだい?」
「対価なら子孫の分まで払ってんだろ?」
「覚えにないな」
レスカーはあごに手を当てて考える素振りをみせた。しかし、いじわるな笑みを崩すことはない。
心配になってジョーの様子を伺うために顔を見上げると、一瞬不意をつかれたのかワイルドな男性っぽいニヤッした表情がみえた。
しかし、わたしを安心させるために改めてニカッと微笑みかけて、口を開く。
「俺が生きてた世界は自然に溢れた理想郷で結社の目標だって言ってたじゃねえか」
「そうだね。でもそれになんの関係がある」
「なんだわからねえのか?目標の形を知ってる俺たち転生者は、自然を知らないお前らにとって希望そのものだろ。ほら、俺たちはお前等に夢を売ってるじゃねえか」
「……これは一本取られたな」
「ha-ha」
「まあいいや、君がその気になったらおいでよ。いつでもかわいがってあげよう」
「……結構です」
「警戒心が強いところも好ましいな、ますます君が欲しくなったよ」
「レスカー……お前は自然絡みになると本当に見境なしだな。レディにそれはアウトだぜ」
「ふん、今回は定期観察で結社の人間がいないから、君たちの無礼は大目に見てやろう。あぁそうだ、次回から支援物資の量を増やしておくけど、他になにか特別欲しい物はあるかい?」
「俺はピッキング用の工具が壊れちまったから、新しい奴。アレがありゃある程度こっちで物資調達とか嬢ちゃんと帰る方法調べたりできっからさ。嬢ちゃんは?」
「……変えの服がほしい」
「仔細了解したよ。ジョー、相変わらず君は危ない橋を渡るね、頼むから僕ら結社の知らないところで勝手に死なないでくれよ」
「はん、下手こくわけねーだろがよう。こちとらデトロイト生まれたデトロイト育ちだぜ」
「それでも、だ。デトロイトがどうだか知らないが、サイバネティクスは本当に危険なんだ。アレは貪欲に演算能力を増やそうと企んでいる。柔軟な思考を持つ転生者なんてのは格別な餌だ、特に君みたいな非力な女の子はね」
私を見やり、レスカーは相変わらず愉快そうに笑う。
でも忠告してくれるってことはいい人なのかも?
「忠告ありがとう。なるべく外に出ない、出るときもジョーの側から離れないようにする。でも私は私の世界に帰りたいし、待ってるだけなのはイヤ」
「ふーん……少しは利口みたいだ」
そういって一瞬目を見開きさっきまでの意地悪な笑顔とは違うカラリとした表情に驚く。この人こんな顔もするんだなぁ。
レスカーは脅かしてくるし接してくる雰囲気も怖いけど、なんだかんだいって心根は優しい人みたいだ。
「君、なにか失礼なこと考えてないか?」
「レスカーが優しい人だってわかってよかったと思ってたよ」
「レディに褒められてよかったじゃねえか。な、レスカー?」
「意趣返しのつもりかい?まったく僕はもう行くよ」
レスカーは白軍服のマントを翻し帰っていった。私はその様子にちょっとかわいいなと思った。
最初の印象と大違いだ。
レスカーが去って、ジョーと二人きりの空間は落ち着く。
読めなかった書き置きは、食糧調達にいってるよって内容だったらしい。英語って難しいなぁ。
昨日会ったばっかりなのに、ジョーの存在が私の中で大きくなっているのかな。
「嬢ちゃん。この世界から二人で生きて脱出しような」
「うん」
ジョーとわたしの生存戦略 牡丹 @peonyjewel
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