第6話



「……どうして、私のこと後回しにしていたんですの?」



「クララに懸想していた令息たちが、相次いで婚約破棄になりかけていて、それを解決するために奔走してたんだ。この前のアマンダとのお茶会の前に、やっと全て解決して、アマンダとの結婚の話が進められる、と浮かれてた。」



「……そうだったの。」



 いつもジェレミーは「先約がある」としか言わなかった。これがクララとの約束だと私が思い込んだだけだった。




「……私、ずっとクララとの先約だと思っていましたわ。」



「な……!そんなことは……!」



「うん、私がそう思っていただけ。ジェレミーに聞いたら良かったのにね……。」



 私は四日間、ベッドの中で考えていたことを話した。




「私、ずっと怖かったの。ジェレミーに、クララのところに行かないでって、先約って何って、言いたかった。だけど、ジェレミーの口から、もう私は好きじゃないって、……クララが好きだって聞くのが怖かった。」



「アマンダ……。」



「だから、ジェレミーから言われる前に婚約破棄も、嫌いって言葉も先に言おうって……そう思ったの。」



「アマンダ、ごめん、ごめん……!」




「……私こそ、嫌いって言ってごめんなさい。」




 ジェレミーに遠慮がちに引き寄せられ、優しく抱き締められた。




「婚約破棄……撤回してくれる……?」



 小さく頷くとジェレミーの腕の力が強くなり、ぎゅうぎゅうに抱き締められた。




「……私、また不安になってジェレミーを疑うかもしれないわ。」



「大丈夫、不安になったら言ってほしい。そしたら、俺がどれだけアマンダを好きか伝えるから。」




 私は、ジェレミーの腕の中から顔を上げるとへにゃりと笑った。




「ふふふ、私、ジェレミーにそう言って欲しかったんだわ。」




「アマンダ……やっと笑顔が見られた……!」



 ジェレミーの手が優しく私の顔に添えられ、ジェレミーの顔がどんどん近付いてくる。そして……。









「コラッ!!お嬢様から離れなさい!!お嬢様が許したからって私は許しませんよ!!口づけなんて言語道断です!!」




 大声を上げ、箒を振り回しながらバーサが割って入って来た。アーロンもバーサから頼まれたのか、本人の意思なのか、箒を手に持っている。




「バーサ、落ち着いて。」



「落ち着いていられませんよ!私の目の黒いうちは、私はお嬢様をお守りするのですから!!」



 ガッカリした様子のジェレミーだが、私の耳元で「信用して貰えるまで頑張るよ」と囁いた。それを見たバーサがまた箒を振り回していたが、それさえ私は幸せを感じていた。








◇◇◇◇





 それから私は学園でクララに声を掛けるようになった。友人のリンは、初めは嫌がっていたが、私の説明を聞いて、渋々付き合ってくれた。




 クララは、思っていた以上に私やリンの声掛けに喜んでくれ、一緒に過ごす時間が増えた。女子生徒の友人がいないことは、彼女にとって、とても不安なことだったらしい。



 私やリンが声を掛けるようになったことで、他の女子生徒からのクララへの当たりも弱くなったようだ。少しずつ、クララに声を掛ける女子生徒も増えていった。




 そして、私とジェレミーは、というと……。







「……ジェレミー。」




「何だ?アマンダ?」




「お願いだから降ろしてちょうだい。」




「アマンダからのお願いでも、それは聞けないな。」




「~~っ!」




 仲直りしたあの日、バーサによって口づけを禁止されたジェレミーは、律儀に約束を守っている。守っているのだが……。



「膝に乗せないで、っていつもお願いしていますのに……。」




 学園の行き帰りの馬車の中、ジェレミーは必ず私を膝に乗せるようになった。不安定な馬車の中で、私は必然的にジェレミーに体を寄せなければならない。それがとんでもなく恥ずかしかった。




「俺の気持ちを、余すことなく伝えたいんだ。」




「……っ、分かっていますから。」




「ううん、全然足りないよ。」




 腕に力を込めて、抱きしめられると、私はジェレミーの胸元に顔を埋める形になり、もう異論は唱えられなくなる。





「明日のお茶会は、どうしますの?」



「すまない。殿下から呼び出しが入ってしまって……。」



 ジェレミーが忙しいのは変わらない。それでも、どんな要件が話せる範囲で話してくれるようになり、私はもう不安を感じることは無くなっていた。




「だから、夕方、アマンダの顔を見に来たいのだが良いだろうか?」




「……!ええ、もちろん!」




 ジェレミーは以前よりもたくさん会う時間を持とうと努力してくれる。私にとって、それがどれほど幸福か、ジェレミーはきっと知らないだろう。





「ジェレミー、あのね……。」



 私の気持ちを、こっそりと耳打ちする。私は文句を言いながらも、ジェレミーの緩んだ笑顔を見られる特等席を、とっても気に入っていた。







〈おしまい〉







 最後までお読みいただき、ありがとうございました!!


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