歯車ヶ参
「……ええ。それは喜ばしいことですね。私達はもう用済み、という事でしょう?」
「案ずるな。この城では、もう貴様らに用はないというだけだ。荷をまとめておけ。何処へでも行くが良い」
王は玉座を向いたまま、振り向かず告げる。王命を聞き遂げたマキャベリは裾を上げ、王の間を足早に出ていく。
「マキャベリ」
「何でございましょうか」
「お前は良き女であったぞ」
「そうですか。貴方も、お気を付けて」
マキャベリも王の方を一切見ずに答え、廊下の闇を消えていく。この閑散とした空間がやがて悲鳴に包まれることを知りながら王は平静を保っていた。
「もはや民を逃がすことは出来まい。であれば、儂一人の犠牲で済ますしかあるまいよ」
王に座して数十年。ただの一度の吉兆も見ず、廃れていく街を眺めることしか出来なかった彼は最後に愛娘の姿を一目見ようとも考えたのだが、矜恃がそれを妨げた。
「乾杯」
であれば、少しでも彼女らが生き残る可能性に賭けようと王は毒酒を仰いだ。
扉が閉まり、彼女は孤立した。
「……本当は一緒に居たかったけれど、生き残るために私は剣にならなければならないの」
彼女は身に付けていた侍女の制服を脱ぎ捨てた。その下から現れたのは剣やナイフなど、武器の巻き付けられたローブ。
階下から聞こえてくる爆発音と悲鳴に彼女は安堵する。彼女に手を貸した男の言葉は嘘ではなかった。じきにこの城に乗り込んだ革命軍は彼女の下へと辿り着くだろう。そして、彼女は敗北する。
「殺れるだけ殺る。一人でも多く殺す。あの子には近付かせない」
─と、嘯く彼女の前にふらりと一つの気配が現れた。
「なっ……!?」
「(─バカな、早すぎる!)」
彼女が人払いを済ませた城内に仕掛けた罠は数十箇所に及ぶ。ふらりと現れたこの人影はそれらを全て掻い潜った、若しくは上から……やってきたのだ。
「守衛、退いてもらおうか。俺の野望のために」
暗闇の中、姿ははっきりとは見えない。しかし、男は獣のような目で彼女を狙っていた。
「─ッ……!退きません!通りたくば殺しなさい」
剣を抜いた彼女の前で男は揺れる。正しくは、揺れたように見えた。
「
一時の間、マキャベリの視界は止まる。瞬きをした訳でも、意識を飛ばした訳でもない。ただそのまま、時が止まっていた。
「まだ、抵抗する気か?」
「まだ何も……!」
していない、と牙を剥こうとした彼女の手から剣は消えていた。剣もない。ナイフもない。彼女の身につけていた武器は全て石の床に散らばっていた。
「……殺しなさい」
瞬き一つの間にして全ての抗う術を失った彼女はただただ男を睨みつけていた。男は腰に差した剣を抜くこともなく、マキャベリの横を抜けていった。
「お前の相手は後にしよう。俺にはやるべき事があるのでな」
「ッ……」
扉を開け、王の間へと消えた男を追う事も出来ず、マキャベリはその場に立ち尽くしていた。
程なくしてこの城は炎に包まれた。古き王朝は排斥され、時代は移り変わる……。
「どうにか間に合うと良いが……」
少女の手を引いて、黒仮面の男は燃える城を尻目に闇夜を駆けていた。追っ手の姿は見えない。男の役目はマキャベリに託された幼子を森へと送り届けることだった。
「……」
「案ずるな。あの人も逃げ延びているさ」
言葉を発することなく手を強く握る幼子に優しく告げた男は闇夜からの視線に気付く。
木々の隙間から、輝く一対の眼が彼らを見据えていた。
「ようやく来たか。それじゃ、俺もここで消えるとしよう」
手を離そうとした男の指を少女は握りしめて離さない。男は膝を着き、少女と同じ目線で頭を撫でた。
「大丈夫、彼らは君を守ってくれる。……もし本当に君が助けを必要とした時は俺を呼べ。君が何処に居ても来るさ」
「なまえ……」
「俺か?ああ、俺はマクスウェルだ。また会おう、ステラ」
男は煙のようにその場から姿を消した。取り残された少女は木々の間から彼女を見つめている大きな目を見つめ返す。
「良き魂だ」
木々の間から姿を現したのは巨躯を持つ狼であった。狼は少女に近付くと、その頭を彼女の前に置く。
「ステラ、私はセネカだ。歓迎しよう。ようこそ、
無垢な少女の手のひらは、白き毛へと触れた。
Re:make-奴隷姫、革命の物語- 篁久音 @TakamuraQ-on
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。Re:make-奴隷姫、革命の物語-の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます