正義感確認衝動、そして責任回避と承認欲求

ししおういちか

正しいか不安だ。隠れて裁ける場所は何処?

 何やら、中年の独身は増えているらしい。そんなニュースを見て、誰も彼もがこう思ったに違いない。


 そうか、自分と同じ境遇の奴がこんなにいるんだ。


 世の流れに沿っていることが、甘い安息を与えてくれる。嗚呼、コーヒーが苦くならずに済んだ。


 となると、この安息を長持ちさせなくてはならない。そのためには、共有が必要だ。


 Twitterでも掲示板でもニュース記事のコメント欄でもいい。形として、認められなくてはならない。いや、自分も認め返さなくては。


 色々な事件が起きている。好都合だった。殺人、痴漢、強盗、詐欺、事故、誹謗中傷、不倫、汚職、戦争——


 先ずは、第一段階。立場の確立だ。正義のヒーローは堂々と敵前に現れ、変身する。そして然るべき手段を持って断罪するのだ。


 タイピング音が響く。響く。響く。


 自らの経験をも記述し、正義の立場を補強、根拠を持たせることも忘れない。


 ほら、見たことか。そうして主観的になりすぎると、反対意見が殺到するのだ。しかし二度おいしいとはこのこと、まるで久遠の闇に発光体を見つけた蛾のように歓喜し、群がる。


 犯人に共感するというのか? 倫理に反している書き込みは責任を持って行うべきだ。おっと、敬語敬語。


 こんなところか。次の証明が必要だ。SNSへ。


 著名人。いわゆるお気持ち表明という奴だ。成程、配慮に配慮を重ねて活動してきたが、ついに爆発したか? さあ皆、相対する立場が生まれたぞ。ある意見を述べた者は、その瞬間に対極を生んでしまうと知れ。ネットを巡回し、正義の根拠を探す。補強しなければならないのだ。努力してきたのに報われない自らを上回る成功者など、抜け道を使っているに違いないのだから。


 企業所属? ならばコンプライアンス遵守は必然。知らぬ存ぜぬが通るほど「社会」は甘くないぞ。個人活動? どちらにしても影響力、発信力を考えれば軽率な発言は許されない。


 責任の所在は? 何かを成し遂げた者にとって、責任の回避は許されざる行為だ。しかし自分が攻撃と批判の責任を負わぬよう、巧妙に書き込む必要がある。

 

 もう一押し必要だろうか。ネットニュースが取り上げれば加勢が期待できるが、今のところはファンの擁護も手強い。


 念のため、別のアカウントを用意。検索件数が伸びてきたところで、タグのワードを避け、さりげなく批判を展開。


 これは!? 過去の問題点、失言を洗い出しているではないか! 論功行賞が必要だ。リツイートで広め、主流の論を入れ替えれば勝機があるかもしれない。


 瞬間、言葉を失う。マウスを握る手が止まる。





 決定的だ。異性と裏で繋がっているではないか!!





 こういった商法において、許されざる行為だ。愛情を搾取し、調子が悪い時には金銭という名の同情をせしめておきながら、夜には「悪の存在」を前に絶頂していたというのか!?


 あの柔らかな手の感触を思い出す。あれは、既に汚れた天使であったのだ——


 手が汗ばむ。衆目に晒さなければ。汚れた天使の翼を引きちぎり、過ちを正すために!


 クリック。


 翌日、画面を前にした時――脳が甘蜜で満たされるのを感じた。


 しばらく止まっていたアカウントがついに、白い文書と共に終わりを告げる。感情を殺した文体、その後に流れる最後の感謝。泣き笑いが自分を、裏切られた俺達を絶頂へと駆り立てる。そうだ、それでいい!


 成功者は、謙虚であり無欲な人格者である必要がある。


 苦渋を舐め、それでも正義の歯車として社会に貢献する我らの注目を集めるからには、思慮の欠けた幸福を味わい、見下す言動を取るなど断じて許されないのだ。


 数日後、命を絶ったというニュースが流れる。潮時だ。これ以降の言動によっては自らが悪となり得るかもしれない。


「真面目に生きて、罪を償って頂きたかったです」


 そう言いたい衝動を押し殺し、追悼のみに留める。


 ああ、今日も新しい悪が生まれているぞ。正義を証明し、空っぽの毎日を少しずつ埋めていこう! 


 被害者と加害者の過去と問題を残らず洗い出し、悪に相応しくない成功と幸福の全てを糾弾しなければならない。





 続きは明日。ようこそ、つまらない今日。





 でも大丈夫だ。幸せという名の罪を犯す成功者がいる限り、我らは団結できる。


 正義感の確認というギフト。――それは何も持たぬ者が承認されることのできる、最後の救済なのだから。













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正義感確認衝動、そして責任回避と承認欲求 ししおういちか @shishioichica

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