最終話 紫釉の秘め事



 僕、リュウ 紫釉シユは、五大家族と呼ばれる、台湾で有名な財閥の一族だ。数百年前なら皇子と呼ばれていたであろう皇家の末裔だ。

 生まれた時から婚約者がいて、将来は製薬会社の跡取りと決まっている。日本に来るまでは、それが僕の当たり前の世界だった。


 そんな時に、親族と仲がこじれ、一族の誰かがマフィアを雇い、命まで狙われるようになった。五歳の僕は逃れるように執事たちと共に日本にやってきた。


 幼稚園に入るとにっこり笑う玲玲がいた。一目見てかわいいと思った。はじめての友だち。そのあと、他にたくさん友だちができたが、僕は玲玲と話すのが好きだった。かまってほしくて髪をひっぱったことも、意地悪をしたこともあった。けんかもした。学校で遊んで、本を貸し借り、他愛もない会話。

 一緒に過ごしているうちに玲玲と話すと気分が上がって、しゃべらない日々が続くと胸が苦しくなる。この感情はなんだろうと思っていた。


 十一歳の時に、親が勝手に決めた婚約者に会った。その時、僕は玲玲が好きなんだって気づいた。


 だけど、玲玲の気持ちがわからないのに婚約を断ることはできない。昔のように政略結婚ではないが、先方はすっかり乗り気だ。正式な婚約者になると後戻りできない……。僕には時間がない。


 台湾に住む双子の姉の麗君リーチェンに相談した。双子といっても、一卵性双生児のようにそっくりではなく、あまり似ていない二卵性双生児だった。


「玲玲の気持ちが知りたい」

「それならわたしにまかせて!」


 小学校に柳家は毎年、高額寄付をしていたこと、昔からの知り合いだった校長にお願いして、偽名を使い、紅 淑華シュファとして期間限定の転校生に扮して姉は来日した。


 姉は「紫釉が大好き」といって、べたべたくっつく。姉弟だから日本に遊びにくるたび、ふだん通りの行動だけど、クラスのみんなは驚く。

 姉いわく「わたしは何も嘘はいっていないよ」


 そのころ玲玲は思い詰めた顔をして、一生懸命パンジーの花びらを集めていた。それでピンときた。彼女の実家で見かけた古い『花占術』の本を。だけど、ボロボロで破れていたことも知っていた――。


 ある日、玲玲がめずらしく苦手なスポーツをしようと誘うので、体を動かし、疲れて原っぱの上に横になり眠ったふりをした。しばらくすると……僕の瞼が濡れ、ほのかにパンジーの香りがした。


(惚れ薬を使いたい相手は僕だったんだ……)


 やっと玲玲の気持ちがわかった瞬間だった。彼女から零れた一滴は、僕に勇気をくれた。


「ずっと前から、好きだよ。玲玲……」



 ***



 惚れ薬とは――。例えばカカオは四千年前までは神への捧げものだった。二千年前になると媚薬にかわる。ヨーロッパの貴族はココアを飲ませて、淑女を口説いたと聞く。現代はお菓子で食べるのでほとんど効果はない。パンジーの惚れ薬も、ただのまじないだ。


 だけど、玲玲の母親は売れっ子占い師。なんらかの影響はあると考えられる。両想いの上の惚れ薬。もしも効果があるとすれば溺愛になるだろうな。事実、僕は彼女を甘やかしたくなる病にかかっている。


 僕が告白したあと、一年近く、玲玲が何かに悩んでいると思った。ずっと近くで見てきたので惚れ薬の事だと察した。ときどき玲玲は思い詰めて白状しようとした時もあったが、僕は焦って全力で話をそらした。惚れ薬を作るほど追い詰めてしまった僕に責任がある。


 今年はいつも帰らない台湾に戻って、日本語版の『花占術』の古本を探し続けたが見つからず、伝手を駆使して印刷会社に新しく本を作ってもらうことができた。

 ――そして今日、本棚にしのばせた。



 ***



「紫釉さま、玲玲さまは本を読まれたようでございますよ」

 侍女の冬梅ドンメイは報告する。


「そうか。ありがとう」

「もうすぐ三時になります。庭園にお茶菓子をご用意いたします。豆花トウファなんていかがですか」

「いいね」


 三時になる。階段を下りてきた玲玲は顔を赤らめながらも胡乱な目で僕を見る。そうか、何回も「好き」と言わないと僕の気持ち、信じてもらえないらしい。


 このことは彼女に話すつもりはない。僕の秘め事だ。





              花占術 終わり

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まじない花占術師の秘め事 青木桃子@めまいでヨムヨム少なめ @etsuko15

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