幸せだったから、いいか。

米太郎

幸せな負け

「これこれ! 行くだけ行こうよ!」


 麻美は、私の机にチラシをドンッと置く。

 フルーツてんこ盛りの大きなパフェの写真。

 ‌それが真ん中にでっかく載っているA4のパンフレット。

 麻美の顔は、すでにパフェを平らげたかのような丸い顔。ニコニコと笑いを私に向けてきた。


「絶対行くしかないでしょ、これは!」

 麻美の詰め寄り方は、鬼気迫るものがある。

 食べ物を前にした猛獣のような気迫。


 決して威嚇するわけではなく、ニコニコ顔のままなのだが、私が答えないで黙っていると段々と眉間に力が入っていった。

 麻美は目の周りの彫りだけを深くできる。

 変な特技を持っているんだよな、この子。

 彩り豊かな勧誘の言葉よりも、目だけで私に訴えかけてくる作戦のようだ。



 だけど、私の決意も固い。

 私にだって譲れないものがある。

「私もね、友達付き合いが大事なのは分かってる。パフェだって大好きだけど。今度こそは絶対に絶対にダメ!!」


 私の決意だって、麻美に負けないくらい強い。

 ドンッと机に手をついて、勢いよく椅子から立ち上がって、麻美に抗議する。

 麻美に負けないくらいの目力を見せつける。



 すると、麻美の鬼気迫る顔が少し緩んだ。

 彫りを戻し、最初の丸いニコニコ顔に戻る。

「大丈夫、大丈夫! 少しだけなら大丈夫だよー。心配無いって、パフェ、コワクナイ!」


 麻美お得意の作戦だ。

 最初に強く迫ってきておいて、あとから優しい言葉を投げかける。

 そして私を誘導していくんだ。

 麻美曰く、作戦名『一人北風と太陽』


 他にも、最初に厳しい言葉を投げかける『一人飴と鞭』なんていうのもある。

 私の説得にいつも一生懸命で。

 何をやっているんだか。

 そんなにフェスが好きなのか……。



『横浜パフェ博覧会』



 昔ながらの古風な字体で、しかし色遣いは現代チック。

 文字を見るだけで、フルーティな味わいが口の中に広がる。

 『横浜』という言葉から醸し出されるオシャレさも合わさって、文字を見るだけでとても美味しい。

 私は、よだれをゴクンと飲み込む。



 フルーツなら大丈夫かな……。

 なんて、いかんいかん!

 甘い誘惑はダメ!果糖も敵!!


 麻美がダメ押しに上目遣いで見つめてくる。

『ダメ押しの猫ちゃんポーズ』だ。

 ……これが出たら、しょうがないか。


「付いてきてくれるだけでいいんだよ? パフェは怖くないよ?」

 猫なで声で優しく迫ってくる。


「……しょうがない。行くよ……」


 麻美は満足気なニコニコの笑顔を向けてきた。




 ◇



 麻美とパフェには魔力が宿っている。

 中に悪魔が住んでいるんだなきっと。


 可愛い見た目で、甘く誘惑をして。

 最後には私を大きく太らせる。


 ダイエット始めたばっかりだって言ってるのに。


 学校帰り、制服姿のまま電車に乗ってやってきた。

 みなとみらいって言うところ。


「やっぱり、横浜って言ったらココだよね!」


 麻美は終始うきうきしている。

 電車を降りて、会場までは徒歩。


 お散歩するのは、ダイエットになるし。

 そう自分に言い聞かせながら、会場へついた。


 会場は、出店のような形式で、各々の店でオリジナルのパフェを振舞っていた。


 季節の果物のイチゴパフェ。

 赤く輝いている大きいイチゴの実が、これでもかって乗っていて。

 テカテカにコーティングされて、スーパーで売っているイチゴとは華やかさが段違い。


 そこにかかる濃厚な赤いソースは、きっとイチゴソースなのかな?

 とても粘性が強い。

 あれを口の中に入れたら、きっと暫く舌の上でイチゴパラダイスだね。


 白いソースもかかってて。

 きっと練乳だな。ダブルで甘さが攻めてくる。

 食べても無いのに、見ているだけで甘さが口の中に広がって。

 今日は食べないって決めてるのに!



 コッチには、早摘みメロンパフェなんていうのもある。

 中くらいのメロンの中身をくりぬいて、器のようにして。

 その中にソフトクリームが綺麗な螺旋状の塔を形成している。

 外国人がみたら、「アメージングッ!!」って喜ぶよ、きっと。


 ダメだ。もう見ない!!


 歩くのに支障が出るので全部はつぶらずに、薄目にしながら会場を進む。

「……麻美、彼氏と来たら良かったじゃん?」

「いや、ケンジ君は甘いの苦手って言うから」


「それ、麻美と味覚合ってないよ。別れな別れな」

「大丈夫! そのうち甘いもの好きにしてみせるから!」


 頭の中まで甘い考えですこと。


「あっ! あのパフェにしよう!」


 麻美が駆けていった方向を見るが、薄目では何のパフェか見えなかった。

 黒っぽい色であることは確かだった。


「……まさかよね」


 麻美は一人で買ってくると、私の目の前に持ってきた。

 近くだったら薄目でもわかる。

 これは、『チョコレートパフェ』だ。


「果糖は敵ってよく言ってるから果物じゃなくて、チョコレートだよ! 一緒に食べよ!」

 スプーンを二つ持ってきてる。


 はぁ。そういうことじゃないんだけどな……。


「わかったわかった。私の負けです。ダイエットは明日からにします」



 想像したよりも深い甘みが私の口の中に広がった。



 <『幸せな負け』 完>

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幸せだったから、いいか。 米太郎 @tahoshi

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