友達がヴァンパイアになったので。(過去作再掲)


「俺、吸血鬼ヴァンパイアになったっぽいわ」


 高校卒業ぶりに電話をかけて来たアイツは、開口一番にそう言った。それが「筆箱忘れた」とか「昼メシ買いに行こう」とかと同じような調子で言うものだから、僕の頭は一瞬こんがらがって、


「……やっぱ棺とかで寝る感じ?」


 と、訳の分からない返事をしてしまった。


 


 そんなアイツに、今日、僕は会いに行く。




 アイツはゲームや漫画が大好きだったし、創作物に影響を受けやすい節は多々あった。プロ野球のゲームばかりやっていた頃は僕をバッティングセンターにばかり誘ったし、ロックバンドが題材の漫画を読めば中古のギターと入門書を買って、簡単なコードをジャカジャカと鳴らしてみせた。

 とは言え、ここまで突拍子も無い事を言い出すような奴では無かったと思うのだけれど。

 

 僕とアイツは高校3年間のほとんどを一緒に過ごした友人だ。

 あまり人付き合いが得意でない僕にとっては、友達と呼べる相手は貴重である。もっとも、部活やらバイトやら交友関係の広いアイツにとっては数いる友人の1人でしか無かったのかもしれないが。

 そんな卑屈さが邪魔をして、僕から連絡を取る事はほとんど無かった。アイツも大学に入ってから連絡をよこさなくなったので、余計に僕は卑屈になった。

 

 そして、あっという間に8年が過ぎた。

 

 兄が「久しぶりの友人からの連絡は基本的に勧誘か営業だと思え」と言っていたのを思い出す。アイツに限ってまさか、という信頼と、人の性格はいくらでも変わる、という疑念がぶつかり合い、僕の心にさざ波が立つ。



 

 8年振りに会ったアイツは、僕の記憶よりも少しだけ細長く、青白くなっていた。映画やゲームで見る吸血鬼はだいぶ不健康そうな見た目をしているけれど、現実では意外とこんな物なのかもしれない。


 集合場所に指定されたのは、あの頃いつも行っていたファミレスだった。

 僕がいつも先に座って、アイツは遅れて来た癖にフライドポテトとドリンクバーを頼む。アイツは悪びれずに「よっ」と言うので僕が「めちゃくちゃ待ったよ」と言って、アイツは頬を掻きながら笑う。

 それがお決まりのパターンだったのだけれど、今日はアイツが先に座っていた。


「よっ」アイツが手を挙げる。

「……よっ」とりあえず僕も返す。僕が待たせた側だったから、何と返していいのか少し逡巡した。

 

「何か頼むか?」


 そう言いながらアイツがタブレットを差し出す。タブレットで注文なんて今時いまどきだよな、と笑うその顔は、あの頃と何も変わっていない。

 

「いつもの――ドリンクバーとフライドポテトじゃないのか?」

「……そうだな、そうするか」


 何だか妙に歯切れが悪い。僕はアイツの顔を見つめた。アイツはきっとそれに気付いていながら、タブレットから目を離さなかった。


「どうしたんだ?」

「まぁ、その話は後でな――とりあえずドリンクバー、取ってこいよ。どうせコーラだろ?」

「そうだけど……。お前は? 何飲む?」

「大丈夫。俺の事は気にするな」


 腑に落ちないながらも僕は自分のコーラと、仕方なく水を汲んで持って行く事にした。

 勢い良くグラスに注がれるそれを見つめながら、僕は酷く凝り固まった緊張が少し和らいだ事に気が付く。どこか歯切れの悪いアイツは兎も角として、昨日も会っていたかのように話せる自分自身に、僕は安心していた。


 

 

 僕がグラスを置いて座ると、アイツは両肘をテーブルに立て、口元で指を組んだ。一見、重大な話を切り出すような振りに見えるが、アイツがそのポーズをする時は悪ふざけをする時だと僕は知っている。


「さて、本題だが――」

「吸血鬼って何だよ」


 しまった、被った。

 アイツがわざとらしく頭を抱え「マジでそういう所だぞ、お前」と難癖を付けてくるので、僕も一言一句違わず同じ台詞を言ってみせる。


「お前なぁ……まぁいいや。吸血鬼ってのはアレだよ、映画とかで見るアレ。まさにアレ。ちょっとした不運で俺は吸血鬼になったのだ」

「ちょっとした不運如きでモンスターになってたまるか」

「でもでもだって、ほんとになっちゃったんだもんっ」


 ツン、と唇を尖らせて可愛い子ぶるアイツに少し腹が立つ。


「はいはい。で、そのちょっとした不運って何なんだ? 後学の為に教えてくれよ」

「それは聞くも涙、語るも涙、話せば長くなるんだけどさ――」

「3行で」

「ワンナイトしたら、噛まれて、なった」


 アイツは指を1本ずつ立てて、簡潔すぎる説明をした。勿論、そんな説明で理解出来る訳もなく、結局僕は彼の長い話を聞く羽目になってしまった。


 つまりはこうだ。

 街で美人に声をかけられてホイホイついて行ったら、その相手が不運にも腹を空かせた女吸血鬼だった。ホテルに着いた途端に血を吸われ、それで吸血鬼になってしまった(アイツが酷く長ったらしく、その女がどれだけ蠱惑的だったかを語ろうとするので、僕はそれを止めるのに苦心した)。

 そして、その女吸血鬼は親切にも吸血鬼について色々と教えてくれたが、翌朝には姿を消してしまったのだという。

 

 吸血鬼の唾液が一定量以上血液に混ざると、同族になってしまうらしい、とアイツは真面目な顔で言った。


「でもさ、その理論で言ったら、もう街中吸血鬼だらけじゃない?」


 それがさ、とアイツは身を乗り出す。


「一定量以上、って言ったろ? 普段はそうならない程度に色んな相手から少しずつ血を吸うんだと」

「じゃあ何でお前は吸血鬼になっちゃったんだよ?」

「俺の血が美味すぎて、涎が止まらなかったんだってさ」


 そんな間抜けな理由で僕の友達をモンスターにしないで欲しい。僕は頭の中にイメージしたその女吸血鬼に恨み言を吐いた。

 そこではたと気付く。


「ねぇ、吸血鬼って日光ダメじゃなかったっけ? 今日外めちゃくちゃ晴れてるけど」

「今時の吸血鬼は日光なんて全然平気なんだぜ。まぁ、ちょっと日焼けはしやすくなったけど」

「何だそれ。じゃあ十字架は?」

「いや全然……そもそも現代日本で本来の聖なる十字架なんか見る機会もそんなに無いし……中学生のアクセサリーみたいな奴には魂が籠ってないんだよな、聖なる魂がさ」

「聖なる魂って何だよ……えっと、じゃあ血が飲みたいとか?」

「無理無理! キモすぎる」


 ……それは果たして吸血鬼と言えるのだろうか?

 不信感が僕の顔に出ていたのだろう、アイツは慌てたように両手を思い切り振る。


「あ、いやでもほら、俺ニンニクがあんまり好きじゃなくなったんだよ。どっちかっつーと嫌い寄り」


 吸血鬼がニンニクを嫌うのは好き嫌いとかの問題なのだろうか。

 

「他の食べ物も美味いと思えないんだよ。でも血飲むのは絶対嫌だしさ。だから食う物に困ってんの! だから助けて欲しいんだよ、俺が食える物探しを」

「何で僕なんだ」

「俺が食えなくても残りを食ってくれるだろ? お前、大食いだし――」


 それに、とアイツは右頬を掻きながらはにかむ。

 

「お前だけは、俺がこんな事言っても笑わなさそうだったから……」


 僕は1つ溜息をついた。アイツにそこまで言われて、断る気など起きる訳が無かった。


「残飯処理班って事な……いいよ、その代わりメシ代は奢れよ」

「お前ならそう言ってくれると思ったぞ、心の友よ!」


 アイツはテーブル越しに僕の両肩を掴みぐわんぐわんと揺らした。その揺れが止まった時、アイツの目が少し赤く潤んでいる事に気が付く。

 

「お、おい、泣くなよ、そこまでの事じゃないだろ」


 焦り出す僕に、アイツは口角だけ上げて不器用に作り笑いをした。

 

「実はさ……血飲まないと1年で死ぬらしいんだよな、吸血鬼って」

「はっ!?」


 僕の大声に、周りのテーブルの客達が振り向く。咳払いをして誤魔化し、小声でアイツに詰寄る。

 

「し、死ぬってお前それどうするんだよ」

「いや、でも方法はあるはずなんだよ。血を飲まなくて済む方法が。

 ……あの女、普段は違う食べ物で栄養補給してるって言ってたんだ。血が1番美味いからいつも人間漁りしてるけど、いつでも飲める訳じゃないし、って」

「その食べ物って?」

「……聞く前に寝落ちた」


 何やってんだよ、と肩を落とす僕に、あいつはへらへらと力無く笑った。




 とにかく色々試してみるしかない、と提供されたフライドポテトを齧る。ちなみにアイツも1本食べたが「石油を飲んでる気分」と抜かしたのでフライドポテトは全部僕が食べる事にした。


 ドリンクバーもある事だし、とアイツの前にいくつか飲み物を並べる。


 トマトジュース。


「青臭い、無理」


 アセロラジュース。


「酸味マジでキツいかも……水のがマシ」


 ざくろ酢。


「酸味無理って言ったよな?」


 赤ワイン。


「舌に渋味がこびり付いてる……」


 この店のドリンクバーでしか見た事の無い、真っ赤な謎のエナジードリンク。


「……お前、俺で遊んでないか?」

「気のせいだよ」

「本当かよ」


 少しだけ楽しくなってきている事は内緒にしておこう。

 そう思いながら僕は、タブレットのページを次々めくり、アイツが食べられそうな物を探す。


「赤い飲み物なら良いって訳じゃ無さそうだな……次は赤い食べ物、試してみようか」

「色の問題なのか、これ?」

「分かんないけど、物は試しだろ? 余ったら僕がいくらでも食うからさ」


 暫くすると、ミートソースドリアにミネストローネ、ペンネアラビアータ、サラミの乗ったピザが届く。


「トマトばっかだな……」

「イタリアンのファミレスだから仕方ないよ、それは」


 結果を言ってしまえば、アイツはどの料理も1口以上食べる事が出来なかった。アイツは頬杖をつき、溜息を吐きながら僕が食べる姿を見守っている。


「……次は違う店にしよう。トマトはもうたくさんだ」

「そうだね」


 僕の腹も満たされた所で、その日はそのまま解散する事になった。

 駅の改札で別れを告げる。

 「またな」と僕は手を挙げた。

 アイツは振り返らず無言で片手を挙げて去って行った。




 次にアイツから呼び出されたのはそれから2ヶ月も後の事だった。

 アイツは前よりも更に痩せ、顔は青白くなっていた。心配ではあったが、だからと言ってあまり深刻な顔をしていてもアイツが嫌がる気がして、僕は少し茶化して言う。


「だいぶ吸血鬼っぽくなってきたじゃん」

「だろ? 牙が生えたら完璧なんだけどな」


 アイツはニヤリと笑った。その口許にまだ牙は見えなかった。


 今回の店も注文用のタブレットが置いてある。僕は少し肩を竦め、そのタブレットをアイツに手渡した。

 

「腹減らして来たから何でも頼みなよ」

「さんきゅ」


 タブレットを手に俯くアイツの目の下には大きなクマが出来ている。クマが出来るほどの寝不足なのか、肌の色が白くなったから目立つようになったのかは、僕には全く分からなかった。


 アイツはタブレットを操作しながら、独り言なのかどうか微妙に判別しづらい程度の声量で話し始めた。


「――赤い食べ物に限らなくても良いと思うんだよ。前回の事を考えたら、やっぱり色の問題じゃねぇんだなと」


 同感だった。トマトの色素と血液の色素は別物だろうし。

 ひとつ頷いてからボーッと眺める僕の前でアイツはトントン拍子に注文を進めた。


 程なくして、凡そ2人で食べる量とは思えない数の皿がテーブルを埋め尽くす。

 アイツは手を合わせ、何も言わずに顔を少し下げた。祈りのようだ、と僕はぼんやり思った。




 ハンバーグ。


「こんなに味濃かったっけ? 俺、好きだったはずなんだけどなぁ」


 オムライス。


「こっちもキツイわ。つーか、またトマト味食ってるな、俺」


 鳥の唐揚げ。


「悪い、揚げ物全般無理っぽい。鶏肉も無理かも」


 レタスとトマトのサラダ。


「青臭い……」


 ほうれん草のソテー。


「おっ?」


 今までと違う反応。

 そしてアイツは初めて2口目に手を伸ばした。


「……どう、食べられそう?」


 様子を伺う僕に目配せをしながら、アイツは咀嚼を続ける。

 ……そして唐突に顔を顰めた。


「あ、ベーコンは無理だわ。油が多い!」

「ベーコンってそういうもんだろ」

「そうか? でも分かった。ほうれん草は食えない事も無い!」


 特別美味い訳では無いんだ、とも、ほうれん草も青臭いのでは、とも思ったが、嬉しそうなアイツに水を差すのも悪いのでそれは僕の心の中に秘めておく。


「でも何でほうれん草は食えるんだろう? 他の野菜は無理だったのに……」


 ふと僕の脳裏に淡い記憶が蘇る。

 気怠い昼下がりの教室、夜更けのアイツの部屋、校庭、保健室……。

 

 そうだ。思い出した。

 

 高校に入ってすぐにテストがあった。中学校の範囲を総復習するような内容で、その直前に大して話した事も無かったアイツが僕に泣きついて来たのだ。それが僕らが仲良くなったきっかけだった。

 理科がてんでダメなアイツの為に、僕は部屋に泊まり込みで理科を教えた。ヘモグロビンという単語すら覚えていないアイツを揶揄からかいながら、僕は真面目に先生役を務めた。もっとも僕らが勉強していたのは最初の2~3時間だけで、アイツの部屋で僕の大好きな漫画を見つけてからは朝まで喋り明かしたのだが。

 次の日、寝不足のまま登校した僕らは、校長講話の間に2人揃って貧血で倒れた。保健室、並んだベッドで『貧血って鉄分不足だよな』『鉄分は……あれだ、ヘモグロビン』『おー、よく覚えてんじゃん』などと笑い合ったのだ。


「鉄分か……?」

「えっ?」

「ほら、ヘモグロビンとか鉄分とかやったじゃん、生物で。それで、お前も僕も貧血で倒れて……」

「そうだっけ?」


 言葉の疑問符とは裏腹に、一瞬、アイツの口の端が上がったように見えた。



 

 スマートフォンを片手に、鉄分の多そうなメニューを片端から注文する。


 漬けマグロ丼。


「あー……生じゃなきゃ行けそうな感じ、生魚は無理だな」


 ローストビーフ丼。


「このくらいの生なら行けるな」

「ローストビーフの赤い所って生なの?」

「知らん」


 レバニラ炒め。


「ニラが厳しいけどレバーは行ける!」


 クラムチャウダー。


「あ、食える! あさりとスープが美味い」


 そしてアイツは初めて、クラムチャウダーを完食した。正確にはいくつかの野菜を残していたけれど、これまでのアイツに比べたら凄まじい進歩だ。



 

 本当は他にも食べられる物を多く見つけてやりたかったが、流石の僕も胃袋が限界を迎え、僕らは解散する事にした。


「またな」と僕は手を挙げた。

 アイツは「俺が生きてりゃな」と言った。

 

 縁起でも無い事を言うな、と叱る僕に、アイツは何も返さず手を振って去って行く。アイツの手首はあんなに細かっただろうか、と僕はやけに不安になった。




 そして、最初の連絡から1年が経った。




 変わった事がある。

 

 僕からアイツに連絡を取るようになった事。これが最も大きな変化だ。

 言わば安否確認だ。僕が他愛も無い話題を送り、アイツから返信が来る。返信はすぐ来る事もあれば数日後になってようやく届くこともあった。僕自身も生活に追われて返すのを忘れる事もあれば、無駄な話――例えばそれは最近見た動画の話や好きな異性の仕草の話――で盛り上がり夜更かしする事もあった。

 それでもアイツからファミレスに呼び出される事は無かったし、それに安堵している自分がいる事にも気が付いていた。僕は内心、アイツがあれ以上痩せ細る姿を見るのが恐ろしかったのだと思う。当然のように僕からアイツを誘う事もこの1年間で1度も無かった。


 それでも。


『実はさ……血飲まないと1年で死ぬらしいんだよな、吸血鬼って』


 アイツの言葉が反響する。

 僕は柄にも無く勇気を振り絞り、スマートフォンの画面を叩いた。


「遊ぼうぜ! 空いてる日ある?」




 いつものファミレスに僕は座っていた。


 集合時間を少し過ぎてアイツがやって来る。アイツは「よっ」と手を挙げた。僕は「めちゃくちゃ待ったよ」と言い、アイツは頬を掻きながら笑った。そして、遅れて来た癖にアイツはタブレットを取ってドリンクバーとフライドポテトを注文する。


 少し久しぶりに見たアイツは前回よりもほんのりと元気そうに見えた。さらに痩せ細ってはいたが顔は青白くない。そして、牙も生えていない。


「えっ、フライドポテト食えるの?」

「まぁ、その話は後でな――とりあえずドリンクバー取りに行こうぜ」


 僕はコーラを、アイツはオレンジジュースをグラスになみなみと注いだ。「オレンジジュース、飲めるの?」と聞いたら「だってあたし、炭酸はしゅわしゅわして苦手っ」と頬に手を当てて可愛い子ぶるので、僕は少し腹が立ってアイツの肩を小突いた。


「さて、本題に入ろうか」


 席に戻るやいなやアイツが顔の前で指を組むあのポーズをしたので、今度は僕は静かに聞いていた。同じ過ちは繰り返すべきではないから。


「俺、本当は今頃もう死んでるはずだったんだよ」

「血が飲めなかったから?」

「いや、ガンだった」

「は?」


 ツーッ、とグラスの外側を水滴が伝う。

 唖然とする僕に、アイツは「俺、ガンだったんだ」と繰り返した。アイツの声と表情は気持ち悪いくらいに平坦で、僕は透明人間がアイツの代わりに適当な台詞を言ったのではないかとすら思う。吸血鬼がいるなら透明人間だっていてもおかしくはないから。


 言葉を失う僕にアイツは微笑み、話し続けた。


「すまん、ちょっと話を盛った。正確には、気付かずに放っておいたら1年以内に死んでたかも、ってぐらいなんだけどな。俺はまだ若いから進行も早いし、数ヶ月遅れてたら生存率はかなり低くなってただろう、って医者に言われてさ。

 その時に俺『別に死んでもいいけどな』って思ったんだよ」


 僕は正しい言葉を見つけられず、黙りこくっていた。アイツはそれに構わず話し続ける。それがどれだけありがたかったか。


「つっても別に自殺したい訳じゃないんだよ。何ていうの? 能動的に自分を殺す気は全然無かったけど、受動的に死ぬよってなったら、『あぁ、そうなの、了解』って受け入れちゃう、そんな感じ。あぁ、いや、理解して欲しい訳じゃない。俺が変だって事はよく分かってる。

 で、病院から帰って、それでお前の夢を見たんだ」


 アイツはごくり、とオレンジジュースを飲み下した。僕もそれに倣うようにコーラを1口。整理の付かない僕の感情の代わりに、炭酸が口の中でぱちぱちと暴れる。


「俺、お前に急に会いたくなったんだ。

 でも何年も連絡すらしてない。俺が大学の友達とばっかり遊んで、お前の事を蔑ろにしてたから。俺がお前にもお前の生活があるからって言い訳してたから。なのに今更『俺が病気だから会ってくれ』なんて深刻で自己中心的なお願いが通るはずが無いと思った」

「ちが――」

「違わねぇよ」


 ――違う、違うんだ。僕がお前を避けていた。僕の卑屈さが原因なんだよ。


 そんな言葉はアイツにすぐに遮られる。


「でもどうしていいか分からなかった。俺は臆病なんだ。でもその時にふと思い出したんだよ、理科のテストの事。お前と初めて仲良くなった日の事。面白おかしい冗談で本音を隠してしまえばいいと思った」


 アイツは眉を下げ俯く。口を何度か開いては閉じ、オレンジジュースを口に含み、また口を閉じる。僕と同じく、アイツもまた感情が喉の奥で渋滞しているようだった。

 

「……だからってお前、吸血鬼は無いだろ」


 僕が溜息をつきながら言うと、アイツはようやく少し口角を上げ微笑み頬を掻く。


「でも、面白かったろ?」

「……まぁな」


 僕はニヤリと笑った。アイツもニヤリと笑った。数日降り続いていた雨は止み、晴れ間が覗いていた。

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短編集 杏杜 楼凪(あんず るな) @Anzu_Runa

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