第8話
ドラゴン。
男の子ならだれでも憧れる、いわゆる“モンスター”の代名詞。
リュウ、リョウ、タツ、ロン、ドラゴン、ドレイク…前世において、強大、あるいは神秘的な力を持つ爬虫類様の生物を指す言葉は数多く存在する。その立ち位置も様々存在しており、例えば西洋では悪魔の一つとして。また一方東洋では敬い信仰するべき対象として扱われていることからも、正邪を併せ持つ存在であると言えよう。
そしてそれらは常識的に、空想上の産物か発掘された化石から存在を予想、あるいは想像されている。…そう、それらは全て、人の脳内でのみ息づくものだ。
つまり何が言いたいかというと、地球という惑星においてドラゴン、あるいは龍という言葉の定義がそのままの意味で当てはまる生物は存在しない。
しかしながら、私がこの世界に来てから最初の5日間でコトさんから聞いた話には…まさに龍に関わるものがあった。
この世界において、龍とは生態系、あるいは人類や魔物を含むすべての生物の頂点に位置する種だ。いや、正確には種という括りで考えるのはよろしくないだろう。龍という生物はそもそもの総数が極端に少なく、1個体1個体が全く異なる生物であるらしい。一属一種レベルで異なる進化を遂げているため、龍種と定義するのは適切ではない。
そんな龍たちは総じて、程度の差こそあれ魔法を行使し強大な身体能力を持つ。行動すればそれだけで警報が出され、一挙手一投足を監視しておくことが最良だ。しかしながら当然のごとく行方をくらますため場当たり的な対応をするほかないまさしく生きる災害と呼べる存在だろう。
さて、ここまで現世における龍の基本的なあれこれを挙げてきたわけだが、出発に際して私とコトさんは話し合いの末、龍と遭遇することはまずないだろうということで意見が一致した。そもそも個体数が少ないうえ出現する場所も完全に不定。逆に遭遇するどころかちらと見ることでさえ非常に難しいだろうということだった。
…しかしだ。今この場には1体の龍が存在する。それも目の前に。
【「一体何をしてるんだ?テメェは。その姿勢に何の意味があるんだ?」】
「えっ」
今の今までとんでもない超高速移動と要塞をたやすく貫通するビームとで絶体絶命にまでこちらを追い込んできた相手が…何か喋っている。発音からして日本語でも英語でもないため何を言われたのかわからないのだが、とにかく何かしらをはっきりと喋った。
≪同時通訳を開始 コルムトニトラムはあなたのジェスチャーが持つ意図を理解できていないようです≫
「え、あ、はい!?」
通訳できちゃうんだ!?知ってはいたけどやっぱりすごいなコトさん!!
…そして、やっぱり土下座は意味通じないか…。そりゃそうだよなぁ…。
≪以後 本ユニットは自動的に相互翻訳を行います 普通に発言してください≫
『あ、はい。えー…なんと言いますか、これは…見逃してほしいですというアピールでして…。』
「見逃してほしい…?何の話だ。」
龍の言葉に合わせてコトさんがその意味を私に伝えてくれる。声色まで合わせて荒っぽい男性の口調までも再現してくれるのはありがたい…のか?まぁなんにせよ、相互に発言が伝わるようになった。これなら円滑に意思疎通ができるかもしれない。
『はい、つまりですね…これ以上、攻撃をしないでいただければと存じます…。』
「攻撃ィ…?俺は懐かしの玩具を見つけたから戯れてただけだが…?」
(あ、やばい。これ“戯れ”のスケール感が違い過ぎるやつだ。)
ヒトの尺度で考えてはいけない相手だということをこの一言だけで痛感させられた。こんな軽いノリで要塞を消し飛ばされるとしたらたまったものじゃない。さっきのビーム、ほんとにマジで死ぬかと思ったし。
『それでは…失礼を承知の上でお願いさせていただきます。これ以上私たちに手を出さないでいただけませんか?』
「俺に利益が無いじゃないか。」
『…では何か、私の代わりになるような品を用意する、というのはいかがでしょうか。』
「ん~…?別になにがなんでも玩具が欲しいってわけじゃねぇんだが。俺ァ暇つぶしできりゃそれでいい。」
そう言いながら、龍はどかりとその場に座り込んだ。大きさは馬くらいだが、座った様と姿勢は…くつろいでいる時の猫のようにも見える。ていうか完全にくつろいでいやがる。首もだらしなく床に下ろして…しまいにはあくびまでし始めたぞこの龍。
完璧にこちらを舐め腐っているけど、力関係的に至極当然なので何も言わずにいよう。うん。…あの、あくびの際に口元で高圧電流バチバチさせるのはやめてください怖いです。
…しかし、暇つぶしか。つまり暇の後に用があるとみていいのかな。
『あの、今はお暇なのでしょうか?』
「あん?…ああ。ここのところずっと暇だ。アリンコがいなくなっちまってよォ…。」
ため息を吐くかのように龍の口からビリビリと白色の電撃が噴出し、偶然当たったガレキがはじけ飛んだ。アーク放電!?
そして…アリンコか。意外となんか、玩具を求めていたり蟻で暇つぶしするところとかちょっと趣味嗜好が幼い感じがするな。まぁでも、自分よりも小さくて数が多いものにも使ったりするしそのままの意味でアリを指しているわけじゃないかもしれな…い…あれ?この条件に当てはまるもの一つ思いついちゃったぞ…?
≪この場合 アリンコは人類の事を指していると思われます≫
(です…よねぇ…。)
生物的上位者の思考を理解できるようにならないとこのコミュニケーションはうまくいかなさそうだ。とりあえず、今この場において人類は蟻と同レベルなのだ。そういう思考をしなくては。頑張れ、私。
『でしたら、私が暇つぶしの相手になりましょう。ただ、私は貴方様と比較してかなり脆い存在ですので…先ほどまでのような“戯れ”ですとすぐに死んでしまいます。このためもう少し穏やかな物事に興じることができればと、考えております。』
「長ったらしい口上はやめろ。」
鋭い口調が場を突き刺す。彼は鎌首をもたげ、私たちを見下ろした。
これまで少し穏やかになっていた威圧感が再び強まってくる。
「相手してくれるんだろ?なら、テメェの事を聞かせな。」
『私…ですか。』
「ああ。昔はテメェ見てぇな木偶をさんざん壊したもんだが…テメェみてーな言葉を話すやつは見たことがねぇ。動きもやけにアリンコっぽいしな。…それに、なんか面白いもんが混ざっていやがる。それは何だ?」
『おぅっ!?』
彼は問いながら、長い尻尾で私の胸を小突いた。
小突きの勢いが“ドスッ”という強烈なものだったことは一旦端においておこう。
(混ざっている?私に?なにが…彼の言葉から察するに本来私の身体に無いものが入ってるってことだろう。そうなると考え付くのは…)
『…なるほど。“私”についてですか。』
「おう。」
…これは、安易に話してよいものなのだろうか。前世の創作物だとこういう状況で自分が異世界から来たと言っても…信じてもらえず可哀想なものを見る目をされるか異物の排除ということで消されるかといった碌な事にならないのが定石だったと思うのだが。
コトさんはどういうわけか一切気にせず受け入れているけど、今の相手はこの世界で数千年以上の時を生きる存在だ。彼なりの確固たる考えがあるだろうし、そこに異世界から来たよくわからない存在を消す…というようなものもあるかもしれない。
(…いや、余計な考えはこの際やめよう。なるようになれ!!)
ここは四の五の言って誤魔化してもどうにもならない。それよりも私の身に起こった事実を伝えた方が…これまでの彼が示した態度からして好印象だろう。
『私は――』
◆
「…ふむ。死んで異世界に来たから旅を始めた、と。…はーっはっはァ!!そいつぁ出鼻をくじいたみてぇで悪いことしたなァ!!」
それまで静かに私の身の上話を聞いていた龍が、話し終わった時点で突然笑いだして吃驚する。
『…信じて、いただけるのですか?』
「あん?ああ。一昔前はなんだったか…ユーシャ?だかそんな名前のアリンコがいたからな。もうずいぶん見てねぇが、テメェもそういうもんなんだろうよ。」
『ユーシャ…勇者?ではつまり、私以外にも異世界から人間がいたということですか!?』
「おう。何匹か消し炭にしてやった。だがそいつらは全部アリンコと同じような見た目だったな。テメェみてーな、混ざりもんになってるのは初めて見た。」
『そう、ですか…。』
ナチュラルに勇者が消し炭にされているが、とても重要な情報を得た。私以外にもこの世界に来た人はいるのだ。それが前世と同じ世界であるかはわからないが、少なくとも私だけに起こった出来事ではないというのは判明した。これは結構、日本へ帰るのに希望が持てるんじゃないか?
『では、その勇者という存在が、再び異世界に戻っていったという話は聞いたことがありますか?』
「ん~?…いや、ねぇな!興味もなかったしな。」
『…なる、ほど。』
異世界からの帰還方法はわからず、か。だが、これは不可能と明言されたわけじゃない。旅を続ければこの世界へくる方法と同様に帰還の方法も見つかるだろう。うん、うん!いいぞ!!
「…よし!い~いことを思いついたぞ!!」
私が内心で拳を握って喜んでいると、不意に彼が体を起こして大声を発した。
身動きするたびに火花が散るのでひやひやする。
『何を、思いついたんですか?』
「おう。テメェ、さっき見逃してほしいって言ってたよな?」
『はい。そうですね。』
「それを飲んでやろう。今回はお前にこれ以上手出ししないでいてやる。」
『えっ!?』
思わぬ提案につい声が出てしまった。これは飛びつかざるを得ない。しかし、いったいどういう風の吹き回しなのだろう。これまでのやり取りからここへ着地した経緯が読み取れない。
「ただし!条件として、次に会った時は俺と戦え。いいな?」
『えぇっ…!?』
事実上の死刑宣告じゃないか!?次会ったら確実に私死ぬって!!
そんな私の心情を汲み取ったのかは定かではないが、彼は続けて言い放つ。
「安心しろ。テメェが俺と戦えるくらい強くなるまで待ってやる。それまでは俺はお前の前にゃ現れんさ。」
はっはっはと再び豪快に笑う彼に、私は当然の疑問を呈した。
『…それは一体、どういう意図があっての事なのでしょうか。私がなにか、気に障ることをしたのでしょうか?』
私のような、今の時点であからさまに格下の存在相手にそんなことを提案する理由がわからない。何か、気に障るようなことがあったならば謝罪したいところだが…。
「いいや、そうじゃねぇ。いいか?俺はテメェらみてーに、“善いか悪いか”の判断はできる。だがな、俺がやることに“善いか悪いか”は関係ねぇんだ。」
行動の意図に善悪を介さない。つまり、この龍はただ利己のためだけに行動しているのだ。それが…一般的視点から善い事であろうが、悪いことであろうが、関係なくただ楽しむためだけに動いている。享楽主義とはこういう輩の事をいうのか。
「安心しろよ。俺ぁ見る目があるんだぜ?前にいたユーシャってやつらもなかなか戦ってて歯ごたえがあった。テメェも強くなるだろうよ。」
龍は翼を広げ、金色の光を纏い始める。飛ぶのか?
いやちょっと待ってくれ。もう少し聞きたいことがあるのだけど!!
「だからよ。楽しみにしてるぜ?サガンとコト…だったか? じゃあな。」
名乗った覚えのない名前を呼ばれながら、彼の身体は浮き上がり始めた。
神々しい光が周囲を照らす。
『待ってください!なぜ名前を!?』
呼び止めておきながら、焦る思考から咄嗟に出てきたのは名前に関することだった。もっと具体的で重要な質問もできたはずなのに。
「あぁん?そのくらい簡単に察知できるわ。…あ、そうだ。どこかで弟にあったらよろしくな。んじゃ。」
それだけ告げて、彼は瞬く間に飛び去って行った。厚く広がる雲の天井に風穴を開け、空から光が落ちてくる。邂逅から別離まで、“怒涛”を体現したかのようなような存在だ。
『…………行ったよ…。』
≪はい お疲れさまです≫
若干呆れの混じる私に、これまで流暢な通訳をしてくれたコトさんが応える。私は彼女に『ありがとう』と感謝を告げつつ、先の龍が開けた空の穴を見上げた。
思えば、この世界で雲のかかっていない空見るのは初めてかもしれない。
『この世界も、空は青いんだなぁ…。』
多大な精神的疲労を癒すために、私は床へとへたり込んだ。
【悲報】この異世界、人がいない【なんなら自分も人間じゃない】 @coelo
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