青春レディアンス

桃波灯火

青春レディアンス

「神田、大学生活はどうだ? 楽しいか?」

 耳に当てたスマホから響く友人の声。少し聞こえずらい。


 一旦スマホを耳から離し、スピーカーモードに変更する。会話が筒抜けになる音量だ。しかし、自分の部屋の中なので問題はない。


「講義が始まってまだ一週間も経ってないんだぞ、まだそんなことなんかわからねぇよ。というか、お前こそどうなんだ。就職だろ?」

 俺の言葉に友人は、「こっちもわからん」とふざけた受け答えをしてきた。


 それからも意味があるようでないような会話を続けた俺たちは、いつの間にか0時を越えたことに気づいて電話を切った。


 スマホから離れ、どかっとベットに倒れ込んだ。


「就職、か」

 最近、チカチカしだした部屋の明かりを見つめて呟く。耳には今しがた口にした就職という言葉がこびり付いていた。


 俺は地元の大学に。友人は東京に出て料理人に。今月から、俺たちは新たな道を歩み出したのだ。




 友人――斎藤と出会ったのは小学二年生のころ。進級のタイミングで転校生がドカッとおり、生徒数が減ったため、二年からクラスが一つになった。その際、初めて一緒になったのが斎藤だった。


 俺が元一組、斎藤が元二組。


 あいつは明るく元気な奴で、イケメン。クラス中の女の子の好きな男子ランキングで一位をわがものとしていた。


 そして、下の名前からとってしゅんちゃんと呼ばれ、人気者だった。


 当時の俺は、なぜか行け行けどんどんな性格をしていたため、初めて会ったあいつにいきなり「しゅんちゃんはさ」と話しかけた。


 今で考えるとありえない。


 交友関係は広げるほどめんどくさいと、今は思っている。だが、あの頃の俺は友達100人できるかな、を地で行くやつだったのだ。


 とりあえず話をすれば友達だろ、的な勢いで話しかけた俺は、斎藤に「なんでお前がしゅんちゃんって呼ぶんだよ」と言われ、立ち去られてしまったのだ。


 初めて、距離を詰めすぎだと理解させられた瞬間だった。


 それがあいつとのファーストコンタクト。そこから3年間くらいは話をしてこなかったと思う。


 しかし、小学六年生の時に契機が訪れた。


 当時、公民館の預かりスペースで遊ぶのが日常だった。そこは、親の帰りを待つ同級生が待つスペース。しかし、普通に帰る生徒も立ち寄れたのだ。


 そこで偶然、同じクラスのやつが斎藤と俺しかいない時があった。二人きりというのは初めてだったのだ。


 なんとなく気まずさを感じていた俺友達100人を地で行くのはやめていたは帰ってしまおうとしたのだが、斎藤が声をかけてきたのだ。


 卓球しないか、と。


 それからは毎日、放課後に一時間ほど斎藤と卓球をする日が続いた。ラリーをしながら話をしていて、お互い馬が合うことに気づいたのだろう。


 気づいた時には二人で中学の卓球部に入っていた。


 その三年間は濃密で充実していた。しかし、俺が斎藤に勝ったことは一度もなかった。


 そして、一勝もかなわずに中学校を卒業。俺たちは別々の高校に通うことになり、異なる環境で卓球を続けた。


 勉強と部活で忙しい日々。連絡は取りあっていたが、会うことはなかった。練習試合はなく、大会でも対戦は実現せず、斎藤とボールを打ち合うことはついぞできなかった。


 そのまま三年生に進級。部活は引退しラケットを置いた。


 そして受験を迎え、無事合格。部活に顔を出そうかと思っていたタイミング、斎藤から連絡があった。


 久しぶりに卓球しないか、と。




 俺たちは三年ぶりに卓球台の前で向き合った。


 斎藤は台に対して直角に体を向け、腰を落した。台に対して正面を向く俺に脇腹を見せる形。

 

 斎藤は右利き。左足を前に出して体を支え、上体を倒す。これがこいつのサーブ前の体勢。


 真剣にサーブを練習しだした中学生のころから、俺はこいつのサーブが苦手だった。同じ体勢、同じスイングで様々な回転がかかったサーブを打ってくるのだ。


 アップダウンサーブ。プロでも使うサーブに俺は太刀打ちが出来ず、俺は負け続けていた。


 サーブはゲームメイクの最重要手段。サーブを制したものが試合の空気を支配すると言っていい。


 いつの間にかできた斎藤との差は、高く険しい壁となって俺の前に立ちはだかったのだ。


 そして――


 負けた。完膚なきまでに負けた。


 会わない間に斎藤のサーブはさらに進化した。それは他のプレイも同様。


 俺が成長した分、斎藤も成長したのだと思った。


 やはり、悔しい。高校での努力が叶わなかったことが、本当に悔しかった。


 成長した自負はあった。しかし、中学の頃の力関係を覆すほどではなかったのだ。


「「ありがとうございました」」

 試合後のあいさつをし、俺の背後に飛んでいったボールを拾おうと手を伸ばす。


 垂れた汗が頬を伝い、体育館のフロアに落ちた。


「神田」

 そんな俺の背後に、いつのまにか斎藤が立っていた。「どうした?」と返して斎藤と向き合う。


「お前、強くなったな」

 斎藤はそれだけ言うと、小さくうなづいた。

 

「……ありがとう」

 俺は斎藤と固い握手を交わした。


 試合後に必ず行う握手を、だ。

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