Episode6 決意

「嫌だと言ったら?」


「いいから、離せって言ってんだよ」


いつも穏やかでオネエ言葉を喋る仁春はそこにはいなかった。


人を殺めそうなほどの仁春の雰囲気に圧倒されたのか、長谷川が麗の手首を掴む力が強くなる。

その強さに「痛っ」と麗が思わず声を漏らした瞬間、ぶわっと強い風が吹いた。


「ぐっ」という長谷川の声とともに腕の拘束がほどかれ、気付いたら、麗は仁春の腕の中にいた。


「麗、大丈夫?」


仁春のいつもの優しい声色に安心したのか、身体の力が一気に抜けていくのが分かった。


「よく、頑張ったわね」


ゆっくりと床におろされ、大きい仁春の手が麗の頭を優しくなでる。


そこに秀が息を切らしながらやって来て麗に駆け寄った。


「麗!大丈夫ですか!?」


「しゅう、に」


麗が名前を呼び終わるうちに、秀はぎゅうっと力いっぱい麗のことを抱きしめた。

ドクドクドクと心臓がすごい速さで動いているのが伝わってくる。

額には、うっすら汗が滲んでいた。


「すぐに駆けつけることができず、申し訳ありません」


麗は首を横に振る。


「秀、麗を安全な場所へ」


「はい」


秀に横抱きにされ、麗の身体は宙に浮く。


「行きましょう、麗」


「え、でもはるちゃんが一人に」


「あぁ」


秀は、微笑みを浮かべて言った。


「彼くらいなら、仁春さん一人で充分だと思いますよ。僕たちの中で一番怖いのはきっと仁春さんですから」


秀は麗を抱えて体育館を軽やかに駆け抜ける。


「本当は僕が彼に直接制裁したいところなんですけれどね」とぼそりと言った秀の顔は静かな怒りを纏っていた。



 ♢♢♢



仁春と秀のおかげで事なきを得たその日の夜、麗の部屋に集まり、5人に事の経緯を話していた。


「ごめんなさいっ」


麗は勢いよくみんなに向かって頭を下げる。


「何故麗が謝るのですか」


“ひとりでなんとかしたかった”

そう言おうとしたのに、言葉が出てこない。


「麗。あなた、助けを呼ぶつもりなかったんじゃない?」


仁春のいつもよりわずかに低い声に、麗は身体をぴくりと反応する。 


「は?そうなのか、麗!なんかあったら呼べって約束しただろ!」


声を荒げる蓮を仁春が制する。


「だ、だって……。やっぱり、私は大切な人が傷付く姿なんて見たくない。

私のせいで傷付くのなんてなおさら!」


しん、と部屋が静まりかえる。


「ズルい。ズルいよ。私だって、みんなを守りたいのに。私だけが無力でっ!情けない、悔しい!」


一筋の涙が麗の頬を伝う。


「麗ちゃん。麗ちゃんは、無力なんかじゃないよ。決して」


なぎさは、ゆっくりと麗の手を握った。


「そういう、麗ちゃんだからこそ、守りたいと思ったんだ」


なぎさは握った麗の手を自分の唇へと近づける。

やわらかい唇が麗の手の甲に触れた。


「お願い、守らせて」


なぎさの髪の毛と同じ金色の瞳が、じっと麗を見つめる。


「麗。俺は役目じゃなくて、俺の意思でお前を守ると決めたんだ」


ゆうきもそう言って、麗を見つめた。


「麗。麗は無力なんかじゃありません。誰よりも優しくて、強いということを僕たちは知っています」


秀が柔らかく微笑んで言った。


「麗。あなたはまだ14歳。両親と離れ離れ、安否も不安、男としての生活。

今起きてる出来事を14歳のあなたが全部背負うには大きすぎるわ。せめて、少しだけでも麗が背負っているものを私たちに背負わせて」


いつもの優しい顔で仁春が言う。


「いいか!麗!お前が思ってるより俺は強いんだよ!いい加減頼ることを覚えろ!」


蓮は声を震わせながら言った。


「そうよ、麗。頼ることも立派な強さよ」


みんなから想いのこもった言葉をかけられて、泣かないと決めていたはずの涙が次から次へと頬を伝っていく。


「ご、ごめっ。すぐに止めるからっ」


「麗、いいんだ」


ゆうきの優しい声が包む。


「俺たちの前なら、いくらでも泣いていいんだよ」 



 ♢♢♢



「……あの、ひとつ考えていたことがあるんだけど、言ってもいい?」


泣き終えたあと、麗は静かに言った。


「視力も失わず、命も落とさず、この涙をみんなのために使うことはできないかな……」


5人の目が一斉に見開かれる。


「食糧難がなくなれば、前みたいな暮らしに戻れるかなって……」


最初に口を開いたのは、仁春だった。


「確かにね。……でも、それは考えたこともなかったわ。さすが、麗ね」


「そんなデメリットなしの方法あんのかよ」


「分かんない」


再び、部屋がしんとした空気に包まれる。


「だから」


麗はゆっくりと口を開いた。


「だから、みんなを頼らせてほしい……。視力を失わず、命も落とさない方法を一緒に探してほしいの」


再び静まり返ってしまった、と思ったら一斉に5人の笑い声がした。


「麗の頼みとあらばなんでも」


「もちろん僕は一緒に探しますよ」


「お前はすげぇこと考えるよな」


「僕は麗ちゃんにずっとついていくよ!」


「ふふ、やっぱり麗は強い子ね」


優しく穏やかな空気に包まれ、じんわりとした温かさが胸の中に広がっていく。

その部屋にぐう、という音が響いた。


それが自分のお腹から出たのだと気付いた麗は、恥ずかしくなり、にへらと笑った。


「え、あ、ごめん。安心したらお腹すいちゃって」


「自由だな」


「じゃあ、美味しいものでも食べましょうか。カレーでも食べる?」



麗は新たな決意を胸に、6人で食卓を囲んだ。

また父と母とも食卓を囲める日を信じながら。




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TEARS NIGHT ―涙を守るナイト― 緑川えりこ @sawakowasako

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