Episode5 新しい生活

麗が男として学校生活を始めて、3ヶ月が経とうとしていた。


麗の腰まであった銀色の美しい髪は、うなじが見えるほど短くなっている。

青い瞳は、カラーコンタクトにより黒目になっていた。


「麗、準備できた?」


毎朝、学校へ行く時間になると、14歳の女の子の姿になったゆうきが麗の部屋の前まで迎えに来てくれる。

ゆうきの他の4人も、みんな同じマンション内に住んでいる。

麗は1人で1つの部屋を使わせてもらっていた。


「恋人らしく手でも繋いで行くか?」


悪戯っぽく笑ってゆうきが手を出す。


「もう、からかわないでよ」


ゆうきは学校では恋人ということになっている。恋人がいた方が女だとバレにくいという理由からだった。


「おい、麗!今日は気をつけろよ」


「あ、蓮。昨日は助かった。ありがとう」


蓮も、ゆうきと同じように毎朝部屋の前まで迎えに来てくれていた。


「ありがとうじゃねぇ!お前マジで気をつけろよ!着替えるときは教室じゃなくて、野球部の部室使えって言っただろ」


「ごめん、授業間に合わなそうだったから」


「間に合うよりも、バレない方が大事だろうが!あのとき、俺がアイツら引き止めなかったらお前が着替えてるところ見られてたんだぞ」


「ごめん……」


男として生活するのは、かなり大変だ。

着替えやトイレの他に、内股にならないように気をつけたり、女言葉にも気をつけなければいけない。


蓮とゆうきの他の3人――、なぎさは麗と同じ学校の1つ下の学年から、秀と仁春は学校内の外からと、麗を守ってくれている。


「はる兄が言ってたんだけど、あの転校生、気をつけとけよ」


ぼそりと声を潜めて蓮が言う。


「麗、絶対あいつと2人きりになるなよ。俺もアイツは怪しいと思ってる」


ゆうきも蓮の言葉に同調して言った。


長谷川はせがわ凌悟りょうごは、麗が今の中学に転入した2か月後に麗たちと同じクラスに転入してきた。


明るく陽気な性格の彼は、あっという間にクラスの中心人物となった。

しかし、時折見せる彼の瞳に宿る鋭さに麗は気付いていた。


「なんかあったら絶対に俺たちを呼べ」


「…………うん、わかった」



 ♢♢♢



――――油断した。長谷川凌悟と2人きりになるなと言われていたのに。

薄暗い体育館倉庫の中、麗は長谷川と2人きりになってしまっていた。


「アイツらからアンタだけを切り離すのに苦労したよ」


長谷川は、鋭く執拗な視線を麗に向ける。麗の背筋にぞくっとした寒気が走った。


「アンタが優しいお嬢さんで助かった。体育館倉庫に青いイヤリングが落ちてるの見たなんて嘘をまんまと信じて、探しに来るなんてさ」


「……お嬢さんとかやめてくれる?俺は男なんだけど」


麗は、できるだけ平静を装う。

けれど、自分の意思とは関係なく、汗が頬を伝う。


もしかして、全部バレてしまってる……?

私のことをお嬢さんと呼んだり、青いイヤリングを囮に使うなんて。

全部秘密がバレてしまっていると思うと、余計に怖い。


けど、怖がっている場合じゃない。

麗はぐっと力強く拳を握りしめた。


――――私は決めたんだ。自分の身は自分で守ると。


それは、5人が自分の前で跪いた瞬間から決意したことだった。


みんな、ああやって言ってくれたけど、私はやっぱり、私のせいで大切な人が危険な目に遭うのはどうしても嫌だ。




長谷川は、ククッと喉で笑い、余裕の笑みを浮かべた。


「気の強いそうな女だな。アンタみたいな女、俺は好きだぜ」


「…………俺は男だ」


長谷川は、じりじりと距離をつめてくる。

麗はこのままの距離を維持しようと後ろに下がると、背中に壁が当たった。


倉庫の入口と逆方向だ。

どうしよう。逃げ場がない。


長谷川は、鼻先が触れそうなくらい麗に近づき、麗の顎を持ち上げた。


「俺、鼻が利くんだよね」


麗の身体の上から下へと長谷川は鼻を這わせる。


「俺は、アンタほどの特異体質は持ってないけど、匂いで男か女か判別することができる」


すべて見透かされたかのような目で見つめられ、動けなくなってしまう。


「もう観念したら?アンタのことなら全部知ってんだよ、西園寺麗チャン」


長谷川は不敵な笑みを向ける。


「じゃ、さっそく泣いてもらおうかな。アンタの涙を持っていけば金になるらしいし」


長谷川の手が麗の身体に触れようとした瞬間、麗は懐から小袋を素早く取り出し、それを目の前の長谷川に向かって、投げつけた。


「っ、んだよ、これ」


長谷川が怯んだ瞬間に、麗はその脇をぬって、入口の方向へと走る。


「お塩よ!狙われるかもって分かってるのに、なんにも対策していないわけないでしょう!」


自分の身は自分で守ると決めたのだから。

麗は、倉庫の扉を開けて外に出ようとするが、扉が開かない。


「なんでっ」


ドン、と後ろから通路を遮るように壁に向かって長谷川の両手が伸びてきた。


「俺さァ、女の泣き顔見るの好きなんだよね。特に気の強い女の泣き顔なんかはな」


ぺろ、と長谷川は舌なめずりをする。


「どうやって泣かせてあげようかな」


麗は長谷川をキッと睨みつける。


「ぜっっっったいに泣かないから!!」


あの日、もう泣かないとゆうき兄と約束した。

私の人生を生きてほしいとお父さんお母さんは私だけを逃がしてくれた。

私を守るために、みんな自分の住んでいた場所を離れて、側にいてくれている。


でも、守られっぱなしは嫌だ。

みんなにはみんなの人生を生きてほしい。


みんなの人生を犠牲にしてしまうくらいなら、危険な目に遭うのは、自分だけで充分だ。


あの日から、無力な自分を悔いた。

だから自分の身は自分で守れるようになると決めた。


だから、絶対に泣かない。



「そう言っていられるのも今のうちだけだ」


長谷川に手首を握られて、動けなくなったその瞬間――、ものすごい轟音とともに倉庫の扉が開いた。


「その汚い手を麗から離してくれるかしら?」


麗が驚く視線の先には、颯爽と立つ仁春の姿があった。


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