Episode4 5人のナイト

「おい、麗。お前、今すっごい不細工な顔してるぞ」


毎日聞いていた、一番聞き慣れた声。そしてこの毒舌。

こんなこと言う奴は1人しかいない。

声の方に振り向くと、いつからこの部屋に入ってきたのか、そこには同級生で同じクラスだった風澤かざさわれんがいた。


蓮がここにいる。それが何を意味するのかに気付き、麗は静かに息を呑んだ。


――――蓮まで。

私は、蓮まで。


麗は、再び胸が痛いほど締め付けられる。

蓮を見つめていると、急におでこを指で弾かれた。


「いたっ。ちょっと、なにすんの!痛いじゃん」


デコピンされたところをさすりながら、麗は蓮を睨む。


「なんだよその不安そうな表情は。ゆうきと秀には頼れるのに、俺には頼れないわけ?」


蓮がむすっとした顔で言う。


「違う!そうじゃなくて……」


瞳に力を入れて、蓮を見返せば、そのまま頬をつねられた。


「い、いひゃい」


「あのなぁ」


いつも糸目な蓮の目が開き、薄墨色の瞳が麗を映す。


「俺は強いから、心配してもらわなくて結構」


そう言って、蓮は先程よりも強めに麗のおでこを指で弾いた。


「でもっ」


麗が口を開こうとすると、またもや遮られてしまった。


「れーーいちゃーーーん!」


明るく高い澄みきった声の方に顔を向ける。


「なぎちゃん!」


麗は、その人物――若葉なぎさの名前を呼んだ。

麗となぎさは抱き合い、久々の再会に目を潤ませた。


若葉なぎさは、麗の1つ下で、男の子だけれど女の子のように可愛らしい外見をしている。

きめ細かい白い肌、金色に輝く髪はフランス人形のようだと麗はいつも思っていた。


なぎさに会えて嬉しかったが、ここに来たということに胸が痛む。


「…………なぎちゃん。もしかして」


「ふふっ、正解だよ!」


やっぱり。

1つ下のなぎちゃんまで私は――。


「おっと、麗ちゃん!そんな顔はやめてくれるぅ?」


開こうとした麗の口に、なぎさの指が押し当てられる。


「僕は、この役目に感謝してるんだよ。だって、ずうっと麗ちゃんと繋がっていられるんだもんっ」


ぱちんっとなぎさは片目を閉じて、いつもの明るい口調で言った。


「あとね、この中だと僕が一番強いと思うから、安心してねっ」


「騒がしいのが来た」


はあ、と蓮は大きな溜息をついた。


「麗。そいつ、ぶりっ子してるけど、確かに強いよ。まあ、俺の方が強いけど」


「え、れんれんが強いのは野球だけでしょ」


「あ?」


蓮が睨むと、なぎさは「こっわーい」と言いながら麗の後ろに隠れた。


「おい、テメェ、なぎさ!守る立場のやつが麗の後ろに隠れてんじゃねぇよ!あとくっつくな」


「くっつきたかったら、蓮もくっついてみればいいじゃん」


「お前たちうるさい」


騒ぐ2人をゆうきが制する。

その横で、「麗がゆっくりできないでしょう」と秀は小さく息を吐いた。

さっきまで閑散としていた部屋が一気に騒がしくなっていく。


なんだか、まるで――――。



「っ、ふふっ」


その騒がしく賑やかな光景を見て、思わず麗は吹き出してしまった。4人の視線が一気に麗に集まる。


「あ、ご、ごめん。なんだか、昔こうやってみんなで騒いでたの思い出して」


家が近かった私たちは、歳はバラバラだったけど、私が小学4年生になるまで、こうしてよく遊んでいた。

いつも、蓮となぎちゃんの喧嘩が始まって、それをゆうき兄が止める。そしてそれを私の横で秀兄が関わりたくなさそうに見てる。


それを思い出して思わず笑ってしまった。


とても、笑えるような気分じゃなかったのに、不思議だ。

昔のことを思い出していると、麗の頭にある1人の人物の顔が浮かんだ。


「はいはい、みんな美味しいものでも食べて楽しく過ごしましょ」


バッと麗は、声の方を振り向く。

そこには、麗が頭に浮かんだとおりの人物がいた。

幼い頃5人で集まって、一緒に遊んでいて、収集がつかなくなったとき、こうしてお菓子を持って来てくれた人物――麗の初恋の人が。


「相変わらずねぇ、あんたたち」


深紫色のバッサリとした清々しいほどの短髪、少し垂れがちな目に漂う色気、すらりと伸びた体躯、そしてオネエ言葉。


「麗。久しぶり。あなたは相変わらず綺麗ねぇ」


「はっ、はるちゃん!」


はるちゃんこと白雪しらゆき仁春きみはるは、麗の10個上の24歳だ。

初恋の人物との数年ぶりの再会に、麗の胸は高鳴っていた。


「麗、よく頑張ったわね。元気が出るように甘いもの持ってきたわよ。ほら、お口あーんして」


言われたまま麗は口を開けると、小さい飴のようなものを押し込まれた。

ふわりと口の中に懐かしくて優しい甘さが広がる。


「金平糖?」


「ピンポーン!麗好きだったでしょう?金平糖」


にこりと微笑むはるちゃんの顔と金平糖の甘さが、麗を安心感で満たしていく。


「では、みんな揃ったことだし、改めて」


仁春がそう言うと、「ほんとにやんのかよ」と蓮が胸やけしたような顔をしている。


「いいから、やるのよ」という仁春の声で、みんなは、片膝をつき麗に向かって頭を下げた。

まるで、騎士が王女に忠誠を誓うときよようだ。


「麗。必ず、お守りいたします」


幼馴染だと思っていた5人が、自分に向かって頭を下げている。


「や、やめて」


麗のその言葉に5人は顔を上げる。


「私は、みんなを危険な目に遭わせたくない。急に守るなんて言われても、私にとっては、みんなは、大切な兄弟みたいな存在なのにっ」


自分のせいで、大切な人たちが危険な状況に晒されていく。

――――お父さんとお母さんに自分だけ逃してもらった。

逃げた先でまで、自分だけ安全地帯にいるのは嫌だった。

大切な人たちを自分を守るための盾にしたくない。


溢れ出ようとする涙を、なんとか堪えていると、仁春の優しく包み込むような声がした。


「大丈夫よ、麗」


仁春は、立ち上がり麗を抱きしめて言った。


「私たちは、あなたを守るためにちゃんと訓練を積んでる。だから、あなたが心配する必要はないの。それにね……」


一呼吸置いてから仁春は続けた。


「私たちは、役目をもらってるから麗を守ってるんじゃない。あなたを守りたいから、守ってるの。――麗だから守ってるのよ」


「はるちゃん……」


「あー!もうずっりぃ!はる兄は、そうやっていつもいいとこ持っていく!」


仁春に向かって、蓮が非難めいた声をあげる。


「麗!とりあえず、俺たちが守るって頭下げてんだから、お前は、お願いしますって言っとけばいいんだよ!」



麗は、優しくてあたたかい5人の想いに触れて、また泣いてしまった。

泣きながら、1人である決意を胸に固めた。

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