Episode3 ふたりの兄
どれくらい車に乗って走っていたのだろう。2日は車で夜を過ごした気がする。
「ここが今日から麗の新しい家だ。オートロックで防犯対策もしっかりとしてる」
ゆうきはそう言って、麗をマンションの一室に連れてきた。
「麗。今からは、この街で男として生きろ。その青い瞳も隠してな。
女のままだと、西園寺家の人間だとバレてしまう可能性が高い」
「…………」
もう、私は普通には生きられないのだろうか。
そう思うと、世界が狭く窮屈なものに感じてしまう。
それに――――。
麗の心は、父と母のこととはまた別の心配ごとに支配される。
「なんて言われても、普通受け入れられねぇよな。俺も麗と一緒に通うから、安心しろ」
「え、どうやって……?だって、ゆうき兄は、19歳でしょ」
「そこは問題ない」
そう言うと、ゆうきはポケットから小さな箱を取り出し、さらにその中から、青色の細長い石がついたイヤリングを取り出した。
「これは俺の家に伝わるものだ。アクアマリンという宝石でできているらしい」
そのイヤリングは、碧、紫、水色の色が混ざっていて幻想的な色をしていた。
「これがあれば麗と同じ年齢になることだって可能だ」
そう言って、ゆうきはイヤリングを耳につける。
その瞬間、まばゆい光に包まれた。
「どうだ?」
目の前には、たしかに自分と同じ歳くらいのゆうき兄がいた。
しかし、亜麻色のウェーブのかかった美しいロングヘアー、華奢な身体、そして胸のわずかな膨らみ……。
「女の子……?」
麗が戸惑い気味に言うと、ゆうきは首を縦にふった。
「このイヤリングをつけると、若返ることができるんだ。なぜか女になってしまうんだけどな」
イヤリングを外し、19歳のゆうき兄の姿に戻って言った。
「こんなイヤリング使うことなんてないと思ってたけど、これを使えば麗と同じ年になることだって可能だ」
ゆうきの大きな手がくしゃっと麗の頭をなでる。
「ごめんな、一番楽しいはずの時期を男として過ごせなんて」
「……ゆうき兄が謝ることじゃない」
そう答えると、ゆうきはふっと優しく笑った。
昔と変わらないゆうきの笑みを見て、胸が締め付けるられた。
「あのさ、ゆうき兄、」
バンッ!
話そうとしたことは、勢いよく開いたドアの音によって遮られた。
「麗、無事でしたか?」
心地よい凜とした鈴の音のような声に振り向けば、開いたドアのところに息を切らした
「し、秀兄」
秀の切れ長な目と桜の花びらのような唇、さらりと流れる漆黒の髪。
その美しさは、何人束になろうとも敵わない硬質な美しさを持っていた。
「麗、大丈夫ですよ。僕が守りますから」
秀は麗に近づき、その目元を優しく撫でる。
「……こんなに腫れるまで泣いて」
黒縁眼鏡の奥の秀の瞳は、苦しそうに揺れている。
「ゆうき、麗を無事に送り届けてくれてありがとうございます」
「それが、俺の使命だからな。別に、秀にお礼を言われる義理はない」
「そうですね。ですが、ゆうきだけではありませんから。麗を守る役目をいただいているのは」
秀は薄く笑って言った。
「僕も先祖代々西園寺家を守るお役目をいただいています。僕とゆうきのほかにも、あと3人いますよ。みんな、麗の知っている人物です」
「そう、なんだ」
自分を守ってくれる人物があと3人もいる。
そのことが、麗の胸をざわつかせる。
麗は、爪が食い込むほど自分の拳を強く握った。
自分の表情を悟られないように唇を噛み締めながら、下を向いている麗の耳に、ゆうきと秀とは別の聞き慣れた声がした。
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