Episode2 今だけは

聞き慣れた声の主は、麗の5個上の幼馴染、東城とうじょうゆうきだった。

麗にとって、ゆうきは頼もしくて優しい兄のような存在だった。


「あぁ、ゆうき、ありがとう」


父は、お礼を言っているが、麗にはなにが起きているのか分からなかった。


「実は、俺の家は先祖代々西園寺家を守るのが使命なんだ」


ゆうきは、麗に向かって微笑む。

けれど、その笑みはどこかぎこちない。


「じゃあ、ゆうき。麗のことは頼んだぞ」


「はい。麗は必ずお守り致します」


ゆうきは父に向かって恭しく頭を下げる。


「や、やだ!私はここにいる!」


「麗。子を守るのが親の役目なんだ。ゆうきと逃げてくれ」


「私ひとりだけで逃げたくない!逃げるくらいなら、死んだほうが」


「麗っ!!」


麗の名前を呼んだのはゆうきだった。


「優心さんと美桜さんの気持ちを分かってやれ!」


ゆうきは眉を寄せて叫んだ。

その瞳には、悲しみの色が滲んでいる。


「親の愛を、無駄にすんな……」


そう言った、ゆうきの声は麗の耳にやっと届くほどの小さな声だった。


「麗、大丈夫よ。ここを切り抜けて必ずお父さんとふたりで会いに行く」


母は穏やかな笑みを浮かべて、麗のおでこに優しくキスを落とした。


「愛してるわ、麗」


その言葉と同時に力強く優しい父の腕の中に包まれた。


「麗が笑って生きてくれることが、俺たちの幸せだ。美桜は、お母さんは俺が必ず守る」


父の温かさがゆっくりと離れていく。


「ゆうき、麗を頼んだ」


父の言葉にゆうきは力強く頷く。

座り込んでいた麗の身体は、ゆうきによって、ふわりと持ち上げられた。


「や、やだ!おろしてよ、ゆうき兄!」


必死に勇気の腕の中でばたつくが、ゆうきの腕は力強く、とても抜け出せそうにない。

ゆうきに担がれたまま、涙でぼやける視界から父と母の姿がどんどん遠ざかっていく。


「麗、愛してる」


わずかに届いた母の優しい声は、すぐに自分の泣き声にかき消されてしまった。



 ♢♢♢



麗はゆうきに担がれたまま、しばらく走った場所に停めてあったゆうきの車の後部座席に乗せられた。


「やだ、帰る!」


ぼろぼろと零れる涙を拭い、車のドアに手をかける。


「駄目だ」


「離してっ!」


「麗っ!」


ゆうきの力は強く、振りほどくことができない。


「麗、頼む。俺の話を聞いてくれ」


ゆうきの丸いブラウン色の瞳は、真剣さを帯びて、麗を真っ直ぐに見つめてくる。


「今、お前にできることは逃げることだけなんだ」


「っ」

なんて、無力なんだろう。

私じゃどうすることもできない。



うわあああああああ、と麗は声を上げて泣いた。

次から次に涙が瞳から零れ落ちていく。


この涙のせいでっ、この涙のせいで!!


麗は、初めてこの特異体質を恨んだ。

涙を拳で乱暴に拭う。


すると突然、ゆうきに抱きしめられた。


「麗、これからは泣いちゃ駄目だ。

優心さんと美桜さんがお前を逃がしてくれたんだ。これからは、お前の正体がバレないように生きていかないといけない」


ゆうきは、身体を離し、麗の目を見つめて「でも」と続けた。


「今だけは、好きなだけ泣いていい」


「っ、うっ」


麗はゆうきの腕の中で泣き続けた。

ゆうきは、泣き疲れて寝てしまった麗にブランケットをかけ、静かに車を発進させた。


「お前は、俺が絶対に守ってやる」

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