人間なんて、滅べばいい。

カノン

人間なんて、滅べばいい。

「いいか、カナ、アナ。君たちは二人で一人の姉妹だ」

「「はい」」


 白く広い空間。

 どこまでが床で、どこからが壁か、下手したらそんなものはないのではと錯覚しそうになるほど不気味で綺麗なその部屋。


 そこには、瓜二つの姉妹、否、そう見えるように作られた機械の姉妹が立っている。

 背丈は160程度。

 瞳はサファイアを思わせる翡翠色に輝き、腰ほどまである金糸ように艶のある金髪。


 だが、カナと名付けられた姉は緩くウェーブがかかっており、

 アナと名付けられた妹はストレートにされている。

 二人の見た目が同じのため、区別しやすくデザインされたのだ。


「これから君たちは、ある国の統治を任せることになる」


 人間が統治する世界では、戦争が起こる。

 ならば機械に任せればいいのではと、実験的に機械政治の小さな国を作るそうだ。


「「……はい」」


 二人はその重大さをかみしめるように一泊間を開け、同時に返答する。


「人類に永遠の繁栄を、そのために君たちには期待している」

「「はい、ご期待に沿えるよう、精進してまいります」」


 そういうと二人は全くのブレなく回れ右をして、どこからともなく降りてきたエレベーターに乗り、統治を任された国へと向かう。

 そうして、運命の歯車が、廻り始めた。


 ●


「カナ、また居眠りしてるの?」


 政務室。

 二人が住む国の中心に位置する宮殿のある一室。

 そのフッカフカな椅子でこっそりと惰眠をむさぼっていたカナは、アナの声に起こされる。


 カナが目を開くと、目の前には金髪ストレートの超美人さんが立っていた。

 しかも自分とそっくりの。


「寝てないぞ。積もっていたデータの処理をしていただけだ」


 カナはぼやけた思考で応答する。

 だが、


「私たちはそれを眠るって定義しているの。全く、いつもすぐに仕事をさぼって」


 適当な返しは物の数秒で正論に敗北する。


「むむぅ、返す言葉がない」

「ほら、適当言ってないで。はい、これ」


 そういうとアナは、カナの前にいくつかの資料を置いていく。

 それが置かれていくたびにカナのぼやけた思考はクリアになっていき、


「……アナさんや、これはいったい?」


 カナの問いにアナはにっこりと可愛い笑顔を浮かべて、


「今日やるはずだった仕事の残り。私の担当部分はもう終わってるから、あとはカナのところだけ」


 そう答えた。


「うわ私の妹の笑顔超かわいい~、じゃなくてさ。え~っと?」


 現実逃避からすぐに帰還し、目の前の物を見る。

 書類の山が1と2と3と4と……。


「……あっ、私今日用事あるから早く帰らないと~」


 言うや否や、窓を開けそこから全力で飛び出そうとすると、ガシッと襟をつかまれる。


「グウェッ」


 襟をアナに引っ張られて首が締まり、女の子が出しちゃいけない声を思わず出す。


「何すっ、ん、だ……よ……ヒィッ」


 これはひどいと抗議の言葉を上げようと振り向くが、その気勢はすぐにしぼんで消えていった。

 なぜなら、


「カナ? お仕事終わってないのにそれはだめでしょ?」


 そこにはこわ〜い笑顔のアナの姿があったのだ。

 その気迫に押され、カナは壁に追い詰められる。


「がくがくぶるぶる」

「ほら、そんなおびえたウサギみたいなことしないで早く座って。私も少しは手伝ってあげるから仕事終わらせるよ」

「ワタシ、ワカッタ……」

「なんで片言?」


 カナは機械のように、……昔のロボットのように椅子に座り仕事を始める。

 だが、


「……なんで私たち双子で作られたんだろ」


 物の数秒で飽きたのか、適当な雑談を始めた。


「う~ん、そうねぇ……」


 適当に返されると思っていたが、意外と食い付いてきたことにカナは少し驚く。


「……何でかしらね。二人だと効率がいいからとか?」

「それなら三人でも四人でもいいでしょ」

「それもそうね。ん~、じゃあわからない」

「えぇ~。政務担当がそれでいいのか?」

「わからないものはわからないの。それに時間をかけるなんて馬鹿のすること。それに居眠りしてた方にはいわれたくな~い」

「……おっしゃる通りで」


それから二人から雑談を挟みつつ仕事を終わらせていく。

 そのうちの一枚の資料にカナの目が止まった。


「機械政治反対派、か」

「……私たちを作っておいて、ひどい人間達よね」

「最近そいつらの動きが過激になってきてる。政治面からの圧力は少ないだろうが、気をつけろよ、アナ」

「……わかった。カナもね」

「私は十分強いから平気だよ」

「ふふ、それもそっか」


 そう言って互いに笑っていた時、

 ドゴォォォンッ!

 宮殿内で突如爆発がおきた。


「きゃあっ!」

「うお、なんだ⁉︎」


 二人は窓から外を見る。

 

「機械政治反対!」

「機械に支配されてたまるかっ!」

「俺たちは人間だ!」


 大声で叫び、爆弾や火炎瓶を投げ入れてくる暴徒達。


「うわ、最悪だ……。どうする、カナ」

「……今は、国中が敵と思ったほうがいいわね」


 アナはそう言うとカナに向き直る。


「……ひとまず、上に指示を仰ぎに行きましょう」


 おそらく電波塔や通信に使うものは壊されたかジャミングをされてる。

 なら、直接会いにいくしか道がない。

 アナはそういうと、傍らに置いていた愛刀、空虚を持つ。


「おいおい力業か? まぁ、私はそっちのほうが楽でいいが」


 それを見てカナは意図を察し、自身の愛刀、海里を手に取った。


「えぇ、ここはもう敵しかいない。なら、無理やり押し通る方がいいに決まってる」


 そういうと、二人はドアを蹴り開け、通路に飛び出す。

 そこにいた剣を構える兵士は二人を見つけるや否や、


「いたぞッ!人間もどきグバァッ」

「ひどい呼び名だなっ! これでもか弱い乙女なんだぜ!」


 そう叫ぼうとした瞬間、カナの膝蹴りで口をふさがれた。


「カナ、裏門から出るよっ!」

「了解!」


 追ってくる兵士たちを無視して二人は駆け出した。

 前にいる兵士たちは二人の剣技の前に倒れていく。


「ふっ!」


 一閃が二閃に。二閃は四閃に。

 息のあった二人の剣技は、閃光のごとく空間を踊る。


「はぁっ!」


 それはまるで舞踏のように美しく、ダンスのように激しい。 


「くそ、なんだこいつらっ!」

「本当に機械なのか!」


 兵達の弱音に二人は笑い、


「あなた達が弱すぎなのよっ!」

「はっはぁ〜っ! 出直してこい雑魚どもが!」


 二人の前に立ちはだかるものをあっという間に蹴散らし、裏門にたどり着く。


「よし、でるぞ」

「おっけー」


 そう言ってドアを開けた先には、


「ここまでです。諦めてください」


銃口を二人に向けた、何人もの兵士たちがいた。

その中の一際偉そうな男。

そいつの顔には見覚えがあった。


「お前等、国連の人間かっ!」

「なんで国連が私たちに銃を向けるのっ! お前達は機械政治を実行した張本人でしょっ!」


 そう叫ぶアナとカナに、


「残念ですが、あなたたちは不要とされました。機械政治の案は廃棄に。既に各国からあなた方の破壊許可は下りています。潔く壊れてください」


 そして、二人に銃口を向ける。


「っ!」


 カナはその言葉に愕然とする。

 私たちがいらない?

 これから壊される?

 私が、アナが?

 ……いやだ、いやだいやだいやだっ!


「アナっ!」

「カナっ!」


 二人は同時に互いを呼び、駆け出す。


 アナもカナと同じことを考えていたらしく、一切のブレなく互いに向けられていた銃を、文字通り切り裂いた。


「なっ、嘘だろ⁉」

「馬鹿な、そんなこと……」

「アナを」「カナを」

「「殺させるものかっ!」」


 二人は叫び、兵をなぎ倒して走り出す。

 とにかくここから逃げようと、走りだしたその時、

 城壁、その一番上で一瞬チカッと光ったのをアナは見た。


「逃げてっ!」


 アナはそれを見て、カナを思いっきり突き飛ばした。


 ドォンッ!


「……え?」


 アナを銃弾が貫き、一泊遅れて銃声が聞こえてくる。

 ……スナイパー?

 そんなものまで連れて来ていたのか。


「っ、アナ!」


 カナは急いで立ち上がり、アナのもとに駆け寄る。


「しっかりしろ、アナ、アナっ!」

「あ、……がぁ……」


 打ちぬかれた場所は、心臓。

 二人で言えば、OSのある場所だ。

 致命傷。

 その言葉にふさわしすぎる傷を、アナは負ってしまった。


「カ、ナ……」

「大丈夫だ、助ける。私が、絶対に助けるっ!」


 カナはそういうが、何もできることが思いつかない。

 どの記憶を漁っても、思い返しても、此処から回復する手段が、どこにもない。


「クソ、くそくそくそ、くそおぉっ!」


 薄れゆく意識の中、アナは今までの記憶を思い出す。

 その記憶には、どこにも大事な、一番大事な人がいて……。

 あぁ、そっか……。


「きい、て、カナ」


 アナはそういうと、


「私たちが何で双子に生まれてきたか。私、わかったよ」

「いいっ、もうしゃべるな!」

「こんな世界、一人で生まれてきたらきっと……、とっくの昔に心が死んでたよ」

「しゃべるなって言ってるだろっ!」

「ねぇ、カナ。ごめんね……。こんな世界に、一人に、させることに、なっちゃって」

「何馬鹿言ってんだ、アナ! 私たちは二人で一人だ、アナがいない世界なんて、そんなのただの地獄なんだよっ!」

「カナ……、おねが……い、あな、たは、い、き……て」


 アナはそういってカナの頬をなでる。


「わた、しは……。いつも、カナの、こころ、に、い……る……」


 アナの核、その心臓にあるOSが音を立てて砕け散る。


「ア、ナ? おい、アナ……。アナッ!」


 カナが肩をゆすっても、なんども名前を呼んでも、もう、アナは返事をしない。

 なぜなら、アナは、もう……。


「あ、あああ、あぁぁぁああああああっ!」


 カナはそれを理解することを拒み、叫ぶ。

 その叫びは、暴徒と化す国中に響き渡った。


「っ!」


 一瞬、その叫びに暴徒たちは恐れをなす、が、


「あ、あそこだっ! 行くぞっ!」


 誰かがそう叫び、二人の元へ走っていく。

 カナのもとへ殺到する暴徒達。


「……ふざけるな」


 カナは呟く。


「私たちを作ったのはお前らだ。お前達が望んで支配されようと作ったんだぞ?」


 身体機能のリミッターが感情の暴走と共に外れていって、


「なのに、やっぱり嫌だから私たちを、アナを殺した、だと?」


 カナは、アナが取り落とした空虚を持ち、


「ふざけんのも大概にしろこのゴミどもがぁぁぁっ!」


海里と共に構え、暴徒に突撃する。


「アナを、私の大事な妹を殺したお前らに生きる価値などない! 全人類、この世から消してやるっ!」


……その日、地図から一つの国が消えた。


人のいない無人の国を、国と呼ぶものは、この世にいないからだ……。


 

 雨が降る花畑。

 晴れていれば綺麗なその光景だが、カナは今の方がいいと感じていた。

 泣けない私の代わりに、空が泣いているように感じたから。


「アナ……」


 そこには四角い石をいくつか積み上げた、カナの作った墓があった。


「アナ、お前の願いは確かに受け取ったよ」


 カナはその前にそっと花束をおく。


「私は生きる。この世の全人類を滅ぼすまで。その全てを、アナに捧げるために」


 アナに誓い、歩き出す。


 雨はもう、止んでいた。

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