10話

「大丈夫なの?」

「はい、寧ろ捗っています」

「水、買ってきたからちゃんと飲んでね」

「大丈夫です」


 暑いのが得意ではないのに解散になってからも帰ろうとしないで困っていた。

 絵を描こうとするのはいつものことだからいいけど、あれだけ元気な後藤さんに付き合っていたから余計に心配になる、動いてくれたことをありがたいと思っていたとしてもだ。


「ただ、暑いので脱ぎますね」

「あ、本当に水着を着てきていたんだ」

「はい、よいしょ……っと」


 細い、無駄な肉が全くなかった……って、ついまじまじと見てしまったけど駄目だろと言い聞かせて慌てて別のところを見る、すると帰ったはずの後藤さんが視界内に入ってきてえぇとなってしまった。


「なにをやっているのさ……」

「なにをやっているのはこっちが言いたいことです、こちらを見てください」

「いやほら、後藤さんがまだあそこにいるから――ぐぇ!? い、痛いよ……」

「こちらを見ておけばいいんです」


 さ、流石に刺激が強いよ? あとなんで自分からそういうことをしてしまうのか。

 やはり自分に自信がある女の子だったらしい、そして今回も助けてくれたのは後藤さんだ。


「あれ? まだ帰っていなかったんだー」

「楓さんはどうしたんですか?」

「拗ねてあっちの日陰で寝転んでいるよー」


 ああ……可哀想な楓君よ。

 だけど僕らが勝てることは一生ない、攻め攻めな女の子を前に常に敗北だ。


「拗ねた楓さんですか、結構面白そうですね」

「ふふ、わかる?」

「ふふ、はい――ではなく、ちゃんと相手をしてあげてください」

「楓君が悪いんだよ、積極的にアピールをしてもあーとか香耶……とか微妙な反応しかしないんだから」

「はぁ、真道さんも同じような感じなので思い出して微妙な気分になりました」


 とはいえ、ここにいることよりも戻ることの方にメリットがあると考えたのか「ごゆっくり」と残して歩いて行った。


「香耶さんをじろじろ見るようなことがなくてよかったです」

「当たり前だよ」

「じゃあ……いいですか? 私、このときを待っていたんですよ」

「それで衣撫さんのなにかを満たせるならね」

「ありがとうございます」


 大丈夫、こちらは普段通りだから大丈夫だ。

 違うところに意識を向けておけば、そう、今回も冷たくないその手なんかに意識を向けておけばいい。


「付き合い始めてから触れたがりな人間だとわかりました」

「偽の彼女を続けていた分、我慢の連続で変わってしまったのかもしれないね」


 偽ということと女の子の怖いところを見てしまったということで手を繋ぐことだってほとんどしていなさそうだから彼女としてはいい時間でもあれば悪い時間でもあったはずだ。


「確かにあくまで形だけでしたからね――あ、もし楓さんと色々自由にしていたとしたら……真道さんはどうします?」

「仮にそれでも関係ないかな、衣撫さんがこうして僕の彼女になってくれた時点でね」

「……嘘ですけどずるいですよ」

「はは、そっか」


 こちらを抱きしめる強さを上げてから「笑っている場合ではありません」と。


「ありがとうございます、真道さんを好きになってよかったです」

「こちらこそありがとう、衣撫さんを好きになってよかったよ」

「ふふ、ならいい関係ですね」

「はは、そうだよ」


 それで怪しい方向に傾きかけたときに「いちゃいちゃしてんじゃねえぞ」と楓君が、先程離れたはずの後藤さんからも「そうだそうだ~」と言われて今回もなんとか耐えきれたのだった。

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152作品目 Nora @rianora_

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