命とコットン

ただのコンビニ店員

命とコットン

私にとっての命はコットンと同じ位軽い。

動画配信サービスのショート動画で流れてくる自殺動画を見るたびに何故か安心する。

私はいつから人間として不良品になってしまったのだろう。

1人の夜が無性に怖くて、アルコールを摂取するためだけの液体を体に溜め込み、顔も思い出せない男達と体を重ねるそんな毎日だった。

「何に君はそんなにイラついているの?」

話しかけてきた初老の男の顔は初めて気持ち悪いと感じなかった。

不思議そうに見つめるその瞳はどこか悲しく、そして慈愛に満ちていた。

「大きなゴミ箱みたいな世の中とそこで誰よりもゴミみたいな私自身だよ。変な心配ならいらないから!」

まるで自分がいい女かの様に、心配しているかも不明確な男への返答。

ますます自己嫌悪が強くなった。

「ゴミ箱かー。いい例えだね。うん。いい例えだ。」

男は噛み締める様に言った。

「おじさん私とヤリたいの?」

なぜかその男の瞳に興味をそそられた私は挑発的に言った。

「君は確かに可愛い。誘えば大抵の男は君を性的対象にするだろう。だがね、僕からみると美しくない。可愛いが美しくないんだよ。」

鋭利な言葉がグッと胸を突き刺したが、何故か暖かさも感じた。

「僕が美しいと感じるのは、土に汚れた真っ黒な手や力を入れ過ぎて伸び切らなくなったゴツゴツした指。強風に向かっていって曲がった腰。そんな人達が美しく素敵だと感じるんだよ。」

いつもなら綺麗事を並べただけにしか感じなかったただの文字が、すらすらと自分に流れ込んできた。

「意味わかんねーし。説教ならいらないから。」

気持ちとは裏腹に男を傷つけようとする言葉を吐き捨てる。

「ただ独り言の多いジジイと思って聞いてくれ。」

そう言って男はツラツラと話始めた。


男はそこそこ裕福な家庭に産まれ、それなりの容姿と家柄、何より親からの目一杯の愛情を受けて育った。中学生になると自分が他の人より恵まれている事、そして何不自由なく育った事で他者を見下すようになっていた。

クラスの1人に片親で貧乏。容姿もお世辞にも美しいとは言い難い男子が居た。男はその子を見下し、友人として施す事で優越感に浸っていた。

ある日、その子は授業中に男の肩をコンパスで刺した。

クラスは騒然となり、皆は男を擁護し、その子を非難した。

「何故いつも良くしてくれる彼にそんな事が出来るのよ!」

1人女子生徒が彼を責め立てた。

だが、男は分かっていた。何故刺されたのか。

憐れみ見下し、施す事で優越感に浸っていたからこそ、彼は僕を刺したんだ。

「僕は可哀想じゃない。憐れむな!」

そう言われた気がした。

次の日、その子は死んだ。

車庫で首を吊りその子は死んだ。

クラスは一様に重い空気で、息をするのも苦しかった。

クラス中が罪の意識に苛まれる中、ホームルームが始まり、授業へと続いていった。

何時間か経ち、ふと机の中に手を伸ばすと1通の手紙が入っていた。

脂汗と震えが止まらなかった。

きっと彼からの最初で最後の手紙だろう。

男にその場で読む勇気は無かった。

こっそりと鞄にしまい、終業のホームルームが終わると逃げる様にかえった。


自室で動悸と震える体をなんとか抑えながらゆっくりと手紙を開き、薄黄色の便箋に並べられた文字へと目を向けた。


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君は僕で毎日安心していたね。

可哀想じゃない。

可哀想じゃない。

可哀想じゃない。

君が幸せと感じる瞬間、僕の顔を思い出します様に。


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そこからの男の日常は一変した。

食事は味がしなくなり、意味もなく眠れず、自己嫌悪と罪の意識に苛まれる毎日。

両親との会話もなくなり、自然と学校へも行けなくなっていた。

彼の一周忌の知らせが届く頃には、男は息をするだけの人形の様だった。


心配した両親が病院へ男を連れて行くと、そこで男は難聴の少女とぶつかった。


ごめんなさいというジェスチャーで必死に謝る彼女を見て何故か男は少しだけ視界が明るくなった気がした。


その日の夜から男は手話を学び始めた。

初めて覚えた手話は

「僕の方こそごめんね」だった。

我ながら何をやっているんだろうと思いながらも何故かワクワクしていた。


そして、病院へ行く事が次第に楽しみになっていた。


2度目の通院。意味もなく男は病棟を歩き回り、彼女を見つけ、手話で謝罪した。


彼女驚きながらも、嬉しそうに笑って

「ありがとう。」と伝えてきた。

そこから仲良くなるまではあっという間だった。


好きな物や好きな漫画たわいの無い話を沢山した。


そんな中、何故難聴になったのかという話題になった。


家族が亡くなり、その第一発見者が彼女でショックで難聴となったらしい。


何故か背筋が凍る感覚がした。

恐る恐る聞くと彼女の兄は男が死に追いやった彼だった。


男は急に息切れがして、目の前が真っ暗になった。

そこで彼女は優しく男を抱きしめた。

ふと彼女へ目を向けると大丈夫?と伝え微笑んでくれた。

涙が溢れ、男は全てを話した。

彼女は驚きながらも、男へ「あなたを許す」と伝えた。


それから2年、男は彼女と共に人生を歩みたいと感じていた。もちろん罪の意識が消えたわけではなかった。だがそれ以上に彼女を愛し、また愛されていると実感していた。


両親へは猛反対され、勘当同然で家を出たため

裕福では無いが、慎ましくだが、幸せに暮らしていた。

そんなある日仕事中にメールが入った。

(あなたパパになるよ)


なんとも言えない喜びと責任感が込み上げてきた。


男は仕事が終わったら走って帰り、真っ先に抱きしめようと心に誓った。


それから1時間後、警察からの一本の電話で男は全てを失った。


交通事故だった。難聴の彼女はクラクションが聞こえずトラックに撥ねられたのだった。

即死だった。


遺留品の中に1枚のエコー写真と手紙が入っていた。


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あなたへ

最初は兄を死へ追いやったあなたを心から憎みました。

あなたが死ねばよかったのにと思った。

耳が聞こえなくなったのはあなたのせいだと責めたかった。

だけどあなたのあの時の目を見ていると、むしろ抱きしめてあげたくなった。

そして今はこのお腹にあなたとの新たな命が居る。

私をお母さんにしてくれてありがとう。

ご両親に反対されても、一緒に居てくれてありがとう。

兄を傷つけたかもしれないけど、あなたはたくさんの人を私をこの子を幸せにする力を持っています。

だからこれからもずっとずっと宜しくね。


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男は泣き崩れ、何度もありがとうと呟いた。


話終わった男は悲しくも清々しい顔で、

「命ってさ、簡単に作る事も、簡単に奪う事も出来るんだよ。だけど重いんだ。とっても。」


私のコットンの様に軽いと感じていた命も、今は飲んでいたグラスほどには重く思えた。

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