【短編】特別狂い

竹輪剛志

本編「特別狂い」

 私の名前は山本卓。なんてことのない高校二年生でございます。1957年、5月10日生まれの牡牛座。特技はこれと言ってありませんが、強いていうなら国語の成績が良いです。特に古典。

 趣味もこれと言ってありませんが、強いて挙げるなら読書です。好きな作家は芥川龍之介です。何というか、作風に共感ができます。登場人物がとても人間らしくてすごく好きです。

 性格はですね、私これでもとても嫉妬深くて。いや、とても困ったものでして。昔から直そう直そうとは思ってはいても、中々それができなくて。憧れるだけで自分では何もしないんです。いや、本当に愚かで愚かで。でも私はやってやったんですよ。歴史に残る大事件を。

 いつもいつも思っていたんです。あの野球部の大将である中田とか常に一位の成績を収めつづける中村みたいに特別になりたいと。私が何の才能もない普通の人間であることは、知っています。だけど、なりたいのです。どうしてもなりたくて、常日頃どうやったら特別な人間に成れるかだけを考え続けていました。そんなことを思い始めたのが高校一年のころで、それから一年間ずっと考え続けていました。

 転機は今年の春でした。忘れもしませんあの3月15日。ふと街中を歩いていたら、電気屋のテレビが目に入ったのです。そこにはニュースが映っており、キャスターは大阪万博の開催の記事を読み上げていました。その報道の一節、月の石という単語。私はそれに強い衝撃を受けました。なんと甘美な響きでしょう、月の石。

あの人類の叡智の総結集たるアポロ11号が取ってきた石なんですよ。すごく特別なことじゃないですか。だから、一度でいいから見てみたいと思ったんです。そうしたら私は特別になれるんじゃないかと思いました。

 それから私はバイトに励みました。主にやっていたのは早朝の新聞配達ですね。そこにはとても気の良いおじさんがいて、少し会話もしました。そしてどうしてお金を稼いでいるのかと聞かれて、私は大阪万博に行って月の石を見るためだ、と答えました。それを聞いたおじさんはカカカと笑って応援してくれました。でも失礼ながら私は思いました。将来、こうはなりたくないなと。だって、新聞配達なんて普通じゃないですか。僕はもっと特別になりたいんですよ。

 そして数か月、やっとこさ旅費が溜まりました。その週の土日、私は公共交通機関を用いて万博まで向かいました。その旅程は長かったようで、短かった様な気もします。だって、月の石が展示してあるアメリカ館に着いた時、私はどうしようもなく気分が高揚して苦労を忘れてしまったのですから。

 なんとなく、その日は調子が良かった気がします。目標を立てて計画、準備そして実行までが上手くいった終盤なのですから。全てが思い通りになるような感覚がありました。私は今までにこんな経験はありませんでした。初めて自分一人で何かを成し遂げた気がして気分が良かったんです。

 そして数時間、私はアメリカ館の前に並びました。並べども並べども列は進まず、とてもじれったい気持ちになりました。あの時ばかりは小学校のころの初恋を思い出しました。すぐそこにあるのに届かない、それは私のフラストレーションを刻々と増大させました。

 そして遂に私の目の前に月の石が現れました。私はそれを見た瞬間に、念願が叶ったという嬉しさと、同時に何故かモヤモヤとした気持ちが現れました。憧れの月の石が目の前にあるのです、何故心がモヤモヤとするのでしょう。私はすぐにその理由が分かりました。

 私には目の前の月の石がとても特別には見えなかったのです。それが納得できませんでした。だってあの月の石ですよ。あの月の石が特別ではないはずがありません。私はどうしても月の石に特別であって欲しかったのです。

 そこで私は気づきました。もしかしたら、実際に手に取ってみたら特別なのかもしれないと。それから行動は早かったです。何故ならあの日の私は絶好調だったから、全てが完璧に思えました。そしてその完璧が陰るのが嫌だったのでしょう。呆れたことに私はどうしようもない負けず嫌いでもあったのです。

 私はそこらにあった椅子を持って走り、月の石を護っていたガラスを割りました。そして月の石を手に取ったのです。でも、驚くことにまだ月の石は特別ではありませんでした。私の両の手にあったのはただの石だったのです。だけど、そんな事はどうでも良くなりました。警官さん、私は気づきました。月の石を取った私は特別であると。そして、私はもっと特別になる為に月の石を私のものにすることにしました。だから、私は月の石をそっとポケットに仕舞いました。とてもたまらない瞬間でした、だって、あの時の私は最高に特別だったのですから。


「いや、お前がやったのはただの犯罪だ」

 山本卓の自供を聞いた警官は、呆れながら取調室を後にした。

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