毎日小説No.21 地球を目指して

五月雨前線

1話完結

「パパ、地球が見えるよ!」


 買ってもらったばかりの望遠鏡を覗き込んだキルスが喜びの声を上げた。


「おお、そうか。地球はどんな感じだい?」


「青い! とても綺麗な星だよ!」


「うむ。その青さは、地球の表面に大量の水があることの現れなんだ」


「あ、知ってる! 水がいっぱいあるから生命に満ち溢れてる、って授業で習ったよ! 凄いなぁ……! 僕もパパみたいに研究者になって、いつかあの地球を研究してみたい!」


「おお、そうかそうか!」


 父親のルバニは満面の笑みを浮かべ、息子であるキルスの頭をそっと撫でた。


 実際、それはルバニにとっての悲願であった。青く輝く惑星、地球。どれだけ広いのか想像もつかない程膨大な宇宙空間においても、あれほど生命に富んだ魅力的な星は存在しない。宇宙開発の第一人者として研究の第一線を走り続けてきたルバニにとって、地球という星はこの上ないほど魅力的な研究対象であった。


 しかし、技術力の壁がルバニの前に立ち塞がった。今の技術では地球に実際に辿り着くことはおろか、まともに地球を調査することすら叶わなかった。そもそも地球は数兆光年も離れた場所にあるため、実際に地球に行くためにはワープ技術が必須といえるのだが、このワープが曲者だった。地球が位置する銀河系の磁場の構造が複雑で、何度演算してもワープ出来る見通しが立たなかったのだ。加えて、まだワープの技術が未成熟であったことも障害となった。


 研究を重ねていく内に、ルバニは悟った。自分が生きている内に、地球に行くことは不可能だということを。


 その事実に気付いたルバニは、しかし悲しみに暮れることはなかった。幸い、ルバニにはキルスという名の息子がいたのだ。実際に地球に行く、という夢は我が息子に託そう。息子が独り立ちするその日までに、技術を発展させることだけを考えるのだ。


 そう決意したルバニは、生涯をかけて技術の研究を続けた。ルバニのお陰でワープ技術が飛躍的に向上し、遂に地球到達が現実的になってきたところで、ルバニは息を引き取った。享年725歳、老衰であった。


***

「いよいよですな、キルス様」


 作戦決行10分前。相棒であり、誰よりも頼れる部下であるヴァリがキルスに声をかけた。


「ああ、いよいよだ。父さんが僕に託した願いを、叶える時が来たんだ」


 キルスは185歳を迎え、ルバニを超えた天才研究者として成長を遂げていた。ルバニの死後、キルスはルバニの意思を引き継いで研究を重ねた。キルスが独自に発明した永久機関によってワープの技術が大幅に向上し、新しい七次元方程式を活用することで演算の精度がより正確になった。キルスの研究によってついに地球へ行くことが可能になったのだった。


 作戦の決行時刻となり、特殊な素材で作られたロケットにキルスとヴァリが乗り込んだ。今回はあくまでも偵察と実験結果の観察が目的だ。50年前、実験の一環として地球へ様々な物を送り込むというプロジェクトが実行されていた。高性能の発信機から通信機器、何千種類ものウイルスや食料、この星の文書。仮に地球に生命体が存在した場合、これらの物を受け取った生命体がどのような反応を示すのかを研究するのがプロジェクトの目的だった。しかし、当時は今よりも技術が劣っていたため、それらが無事地球に到達したかを把握することは困難だった。それを今回確認するというわけだ。


 ヴァリがキーボードを操作すると、ロケットはジェット噴射で宇宙空間へと舞い上がり、その後ワープに次ぐワープを繰り返した。ワープによる衝撃を、キルスは必死で堪えた。計算ではロケットは衝撃を耐えられるような設計になっているはずだ。仮にその計算が一つでも間違っていた場合、キルスとヴァリは重力で粉々に押しつぶされてしまうだろう。


 幸いにもロケットが破損することはなく、無事にワープは終わった。窓から宇宙空間を眺めたキルスは、思わず感嘆の声を漏らした。


「……美しい……」


 そこには、かつて望遠鏡越しに見た青い惑星が存在していた。なんて美しい青色なんだ。眩く輝く青、そしてそこから感じる生命の気配。キルスは逸る気持ちを抑えながら、無線で母星の司令部と連絡を取った。


「こちらキルス。地球付近まで辿り着いた」


「こちら司令部、了解。まずは探知機を使って地球上の生命体をスキャンしてくれ。もうこっちの存在は観測されているはずだ。向こうに攻撃の意思がないかどうか調べておかないとな」


 こんな美しい星に住む生命体がいきなり攻撃なんかしてくるはずがない。そう思いながら、キルスはヴァリに指示を出した。機械を操作していたヴァリだったが、突然「なんだこりゃ!?」と素っ頓狂な声をあげた。


「どうした?」


「キルス様、変です。この地球という星には、生命体が一種類しか存在していません」


「な、なに!? そんな馬鹿な話があるか! 演算では、地球上に最低でも数億種類の生命体がいるという結果が出ていたではないか!」


「しかし、スキャンの結果はそうなっているんです!!」


 ヴァリに示された画面を見て、キルスは大きく目を見開いた。確かに、地球上の生命体は一種類しかいないという結果が表示されている。これは一体どういうことだ?


「ヴァリ、もっと接近してスキャンの解像度を上げよう。その生命体のフォルムや性質がわかるレベルまで近づくんだ」


「しかしこれ以上近づいた場合、相手に攻撃されたらひとたまりもありませんよ!」


「分かってる。だが、ここまで来て引き返すわけにはいかないだろ。接近してくれ」


 キルスの指示でロケットはさらに地球に接近した。するとスキャンの解像度が向上し、生命体のフォルムや特徴がモニターに表示された。


「「な、なにぃぃぃ!?」」


 キルスとヴァリは同時に驚きの声を上げた。


 身長約7メートル。体重約15キロ。頭がタコ、体がライオンといった見た目をしており、全身からは触手が生えている……。それが地球上の生命体のフォルムだというのだ。なんと、キルスの見た目と全く同じ特徴が、モニター画面に示されていたのである。つまり、地球上に存在するたった一種類の生命体は、キルスと同じ、ひいてはキルスの母星の生命体と全く同じフォルムだということになる。


「どうなってるんだ一体……!? 何で俺達と同じフォルムなんだ!?」


『もしもーし』


「「!?」」


 司令部の無線とは全く異なる周波数の音声が突然割り込んできた。


『ようこそ地球へ。あんた達、惑星アポカリからの使者だろ? 俺らの産みの親がようやく使いをよこしやがったぜ。まあ、とりあえず適当なところに着陸してくれよ。全部説明してやるからさ』


***

 その後地球に降り立ったキルスとヴァリは、自分達と同じ見た目の生命体に出迎えられ、そして説明を受けた。


 50年前に行われたプロジェクトで、数多くの物がアポカリから地球めがけて放たれた。99.9%の物は途中で消滅したが、たった一つだけ地球に辿り着いたものがあった。


 ウイルスだ。アポカリに住む生命体の遺伝子をふんだんに詰め込んだウイルスが、地球上にばら撒かれてしまったのである。


 ウイルスの効果は凄まじかった。なんと元々地球上に存在したあらゆる生命体に感染し、無理やり遺伝子を書き換えてアポカリと同じ生命体へと強制的に変異させてしまったのである。その結果地球は、50年の時を経てアポカリと同じ生命体が蔓延る惑星、さながらアポカリⅡになってしまったのである。


 真実を知ったキルスは、喜んでいいのか、それとも悲しんでいいのか分からなかった。地球へ行くという目的は達成した。元々の生命体には出会えなかったが、同じ生命体である同志が増えた。それも、めちゃくちゃ大量に……。


 かくして、アポカリが送り込んだウイルスによって人間を含む地球上のあらゆる生命体は死滅、もとい進化を遂げ、地球にはアポカリと全く同じ種族が住み着くようになってしまった。このお陰で、図らずともアポカリが長年抱えていた人口問題や資源の問題、及び様々な問題が解決したのであった。めでたしめでたし……めでたし?




                               完










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