これって、ドッキリじゃね?!
平 遊
頼む、ドッキリじゃないって言ってくれ!
俺は今、これまでの人生における最大のピンチともいえる場面に立たされている。
ハナから勝負なんて、ついていたんだ。
こいつと俺とじゃ、力の差は歴然。勝てる見込みなんて、1パーセントだって無かった。
だけど俺は、負けたくなかったんだ。
だって。
だって。
千尋ちゃんの事が、諦めきれないからっ!!
「どうした、もう終わりか?」
俺の倍はあるだろうと思われる胸板を反らし、俺より15センチは高い場所にある目で俺を見下ろしているのは、千尋ちゃんの兄、剛太。
とても同い年とは思えないくらいに剛太はでかくて、ごくごく標準体型且つインドア且つ文科系の俺なんか、力じゃ到底かなうはずがない。
それでも、俺がこの剛太との勝負に挑んだのは。
挑んだのは。
「なんだ、もうギブアップか?だらしねぇなぁ。負けたらどうなるか・・・・分かってんだろうなぁ?」
そう。
千尋ちゃんへの俺の想いに気づいた剛太が、俺に勝負を吹っ掛けてきたからだ。
アームレスリングの勝負を。
俺が勝ったら、剛太が俺の言う事をなんでも1つ聞く。
剛太が勝ったら、俺が剛太の言う事をなんでも1つ聞く。
こんな条件付きで。
剛太は千尋ちゃんの名前なんて一言も口にはしなかったけど、言わなくたって分かるさ。
俺が負けたら、『今後絶対に千尋ちゃんには近づくな』とか、そんな事を言うに決まっている。
風の噂で聞いたことがあるんだ。
千尋ちゃんに迂闊に近寄る男は、みんな剛太に追い払われるって。
「ぐっ・・・・ぐぐっ・・・・」
全体重を腕にかけて剛太の腕を倒しにかかるが、アホみたいにぶっとい剛太の腕は、ピクリとも動かない。
俺は、そんな軽い気持ちで千尋ちゃんを想ってる訳じゃないんだ。
そんじょそこらの男なんかと、一緒にされてたまるかっ!
「はぁつ、はぁつ、はぁつ・・・・ぐうっっ!」
(心の中の)魂の叫びと共に、ありったけの力を込めて、剛太の腕を倒しにかかる。
だけど、剛太はそんな俺の渾身の力を笑いながら受け止め、そして。
「ほらよっと」
の一言で、あっさりと俺の腕をテーブルへと沈めたのだった。
嘘だろっ?!
いや、分かってはいたけどっ!
ちくしょうっ、俺、俺・・・・
・・・・千尋ちゃん・・・・
沈んだのは、俺の腕だけじゃない。
心も、どん底まで沈んだ。
無駄だとは分かっていたけど、剛太に勝負を吹っ掛けられてから、この日の為に毎日筋トレをしてきたんだ、これでも。
もしかしたら、運良く剛太に勝てるかもしれないと、アームレスリングの動画も、飽きるほどに見た。
それなのに。
「あ~あ。負けちまったなぁ?残念残念」
わっはっはと、1ミリも残念なんて思ってくれていないだろう豪快な笑い声をあたりに響かせた後、剛太は言った。
「じゃあ、約束だ。いいか、金輪際千尋に」
あぁ・・・・俺はもう、千尋ちゃんに近づくことすらできないのか・・・・
情けない事に、ツンと鼻の奥に痛みが走る。
まだ、告白だってしていないのに。
そのチャンスさえ、不当に奪われ・・・・
「心配かけるようなことはするなよ?」
「うん・・・・へっ?!」
剛太は、先ほどとは打って変わったような不機嫌そうな顔で、俺を睨んでいる。
えっ、えっえっ、今、なんてっ?!
「悔しいが、千尋はお前の事が好きなんだよ。だから、ヤキモチ妬かせるようなこと、すんな。お前、千尋に気があんだろ?なら、とっとと告ってやってくれ」
「えぇっ?!いいのかっ?!」
「ああ。なるはやでな」
まったく、毎日毎日お前の事根掘り葉掘り聞かれるこっちの身にもなれってんだよ・・・・
ブツブツと呟きながら、剛太はその場から去って行く。
呆然としたまま、その場に残された俺の耳に、入れ替わりの様にして軽やかな足音が聞こえて来た。
あれは・・・・もしや千尋ちゃんの足音っ?!
いや、こんなうまい話、あるっ?!
これって、ドッキリじゃねっ?!
不安と期待に胸を躍らせながら、俺は近づいてくる足音の主が姿を現すであろ方向に向けて、目を凝らした。
-end-
これって、ドッキリじゃね?! 平 遊 @taira_yuu
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