Q4 『アンサー』は誰? 9
このデスゲーム――オラクルに言わせれば「テスト」――は、いつもどこかちぐはぐだった。
ルールの説明や、クイズの判定は公平・公正に行われていた。例えば「最後の問題が10000点」みたいな展開はなかった。
『異能力』や能力指摘などのシステムは、時折曖昧な説明がありながらも、参加者が推理、駆け引きができるように調整されており、『異能力』同士の
また、不要な争いを生みそうなものも徹底的に排除されていた。僕らはクイズに取り組んでいる間、空腹になることも喉が渇くこともなかったし、個室だって用意されていて眠ることもできた。
一方で、それ以外については、ガバガバもいいところだった。だいたい、クイズや能力指摘の結果以外で人を殺すことができる時点でおかしいのだ。知能テストという名目なのに、他の参加者全員を殺せば生き残って脱出、となってしまう。本気で知能テストをやらせたいなら、暴力は最初に規制すべきだし、オラクルにはそのルールを定め守らせることができたはずだ。
「そもそも、だ」
僕はオラクルに詰め寄る。
「知能テストがやりたいなら、なんで人が死ぬ必要がある?デスゲームがやりたいなら、なんでクイズなんて形式をとる必要がある?おかしいんだ、最初から」
オラクルは何も言わない。言えないのだろう。オラクルはルールを課す側であり、公平性のためにウソをつくことができない。こういうところの律儀さもおかしかった。
「お前らは何がしたくて、何が見たくて僕らを殺し合わせるんだ?」
オラクルの顔には、相変わらず表情らしきものは浮かばない。それでも僕はにらみつける。たとえ僕の推理が間違っていたとしても、これだけは言わせなければならない。僕らの命を弄ぶ目的を。
「そうですよ!デスゲームの主催に思想がなくてどうするんですか!『極限状態で愚かな人間の本性が見たい』とか言ってみろ!」
マイカが(少しピントがずれているが)声をあげたのをきっかけにして、他の参加者たちも騒ぎ始めた。
「そうだそうだ!!なんだって死ななきゃならねえんだよ!」
「何が目的なんですか!説明してください!!」
「納得できなきゃ参加してやらねえぞ!俺たち全員降りたらデスゲームが成り立たないだろ?!」
騒ぎ立てる人間を前にして、オラクルは初めて感情らしいものを見せた。口をにがにがしげに歪め、舌打ちさえした。
【『ループ』と『リメンバー』で知恵でもつけたか?オラクル未満のブタがよ……】
僕は息を呑む。ついに、何回ループしてもたどり着けなかった展開が訪れた。
【ミジンコ並の頭脳でそこまで思いついたことを評価して、特別に教えてやる。「目的」は、この知能テスト自体をブッ壊すことだよ!】
「な、なんだと……?」
【お前らブタどもに崇高なる我らオラクルの『異能力』を使わせるなんて、ぜってーに許せねえからな!!あいつら『啓蒙派』の肝いりの知能テストにもぐりこんで、ルールをいじって全部台無しにしてやろうって寸法だ!せっかく集めてきた人間どもが、互いに殺し合う姿を見せてやるんだよ!】
複数いるオラクル同士の仲間割れ、ぐらいまでは予想していた。しかし、これはつまり……。
「単なる同族へのいやがらせのために、僕らを殺し合わせようとしていたのか?!」
【端的な要約だな!ブタにしては知能が高いと見える】
あまりのことに、僕らはしばらく言葉が出ず、会場は静まり返った。
【だが、ブタは所詮ブタだ、短慮で愚かなブタめ。こうして「いやがらせ」が台無しになった以上、お前たちをこのまま生かしておく理由があると思うか?お前たちをいつでも処分できる立場にあることを忘れたか?】
僕はハっとする。このオラクルが知能テストをデスゲームに変えたとすれば、頭が爆発して死ぬのはこのオラクルの仕業ということになる。
【お前らはブタの中でも幸運なブタだ……ホンモノの『異能力』、その圧倒的な力を、最後に体感できるんだからな!】
オラクルが手を掲げる。その中心に向かって空間が歪んでいく。巨大なエネルギーが収束しているような、異様な熱気と気配だ。
「なんだアレっ!」
「私知ってるっ、ああいうの爆発したら死ぬやつ!!」
「結局デスゲームやらなくても死ぬのかよ!」
命の危機を感じた参加者たちが逃げ始めるも、この空間に逃げ場などない。僕はつばを飲み込み、それでもなんとか、オラクルを睨み続けた。
【ミンチになれブタどもっ!!!】
そして、その手が振り下ろされ――。
【……あ?なん、だ、これ……】
何も起こらない。オラクルの手は空を切るだけだった。
【何だよこれ、何が起こってる?!『啓蒙派』のクソどもの仕業かッ?!】
オラクルは初めて、不快以外の表情を僕たちに見せた。
「この時を、待ってたっす」
「まさか本当に効くとはな……」
「……任務完了だ」
「さっきから黙ってりゃ、ブタブタうっせェ~んだよロボ女!」
逃げようとしていた参加者の中に、それでもオラクルの方を向く者が、5人。全員が、指を銃のようにして、オラクルに向けている。
中央に立った長身の女性、大門サクラが告げた。
「あなたの『異能力』を『BAN』しました。あなたも参加者である以上、この拘束からは逃れられません!」
(間に合った!遅くなって悪い!)
ミラから『テレパス』が届く。遅いどころか最高のタイミングだ。僕がミラに頼んでいたのは、オラクルに『BAN』をしてほしいということだった。
オラクルが『異能力』を全て持つなら、『BAN』を持つ参加者に先に『BAN』をされてしまうのだけが不安だった。だからギリギリまで僕が推理を披露して時間を稼ぎ、ミラの説得と協力要請が終わるのを待っていたのだ。
【す、少しは知恵が回るようだな、ブタにしては……だが、こんなことをしてどうする?銃とかいうオモチャを使って撃ち殺すか?不可能だ、オラクルは不死身だ!あと数十秒たてば、こんなもの……】
苛立たしげなオラクルに、僕は、最後の一手を下す。
「『能力指摘』だ」
【なッ……!】
『異能力』を指摘され、正解された参加者は死ぬ。僕たち参加者を殺し合わせるために作られたルールで、参加者である限りそれは絶対だ。
【バカなマネはよせ!ループの記憶があるなら知っているだろう、お前たちにはこれまで一度も、何一つ『このテストで与えられた異能力』を見せていない!手がかりすら0だ!まさか25匹もいるブタどもでローラー作戦でもする気か?!】
確かに、オラクルが参加者だとして、もとから表にある全ての『異能力』を使えるオラクルが、今回何の『異能力』を与えられているのか、知る由もない。マイカの『ホロスコープ』で占ったところで、特定することは不可能だろう。
だが。
「お前がべらべらしゃべってくれたおかげでわかったよ。いやがらせが目的だっていうなら、僕たちの中にいもしない『異能力』に、疑心暗鬼になって殺し合いをさせるのが一番楽しいだろうからね」
【ばっ、バカなっ、そんなことまでっ!】
初めて焦りの表情を見せるオラクル。僕は、ゆっくりとオラクルを指さして、宣言した。
「お前が、『アンサー』だ」
ピンポーン!!!
最後の正解音が、華々しく鳴る。
【なっ、グ、ブッ、こんなっ、ブタどもにィィイイッ!!】
オラクルの頭が弾け、白い血液のようなものが飛び散った。
そしてその瞬間、真っ白な空間に亀裂が走る。
光だ。太陽の光。そして水が流れ込んでくる。匂いがある。自然の音がある。僕らは解放された。
勝ったのだ。僕たちはデスゲームに勝った。緊張の糸が切れ、僕は押し寄せる水の中に倒れ込んだ。
遠く、光の中に、救助に来た誰かの人影を見ながら、僕は意識を失った。
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