エピローグ

エピローグ 需要と供給で値段が決まるガンダムってなーんだ?


 白い光の中にいた。


 照明を浴び、カメラの前に立つQを見て、僕はぼんやり、「本当にクイズ王だったんだな」と思ったりした。

「なあ、A、あたしあの人のサインもらいにいっていいかな?」

 隣でミラが明らかにそわそわしていたので、僕はうなずいた。ミラはすぐに観覧席を飛び出して、ゲストに来ていたミュージシャンに突撃していった。ミュージシャンはちょっと迷惑そうな顔をしていたが、ミラのああいうところが、僕は気に入っていたりする。


「お待たせ。楽しんでくれてる?」

 大学の卒業式のような、わざとらしいローブをまとったQが僕に話しかけてくる。僕たちは、彼に招待されてテレビ局の見学に来ていた。

 あのデスゲームから生還したあと、しばらく警察やら何やらの捜査につきあって(大門サクラや他の警察関係者たちが、いいように処理してくれた)ようやく落ち着いたころに、SNSでQを探してなんとなくフォローしたところ、連絡があったのだ。

「ああ、面白かったよ」

「それはよかった。あっちで少し話せるかな?ボクは、キミに聞きたいことがある」

 ここでも、Qは相変わらずの口調だった。


「【元素記号Sで現されるガンダムってなーんだ?】」

「……は?」

「だから、【元素記号Sで現されるガンダムってなーんだ?】だよ。クイズだよクイズ」

 テレビ局のカフェテリアで、Qはコーヒーに大量の砂糖を入れて混ぜながら、そう言った。それなりの数の人がカフェテリアを利用していて、新番組の宣伝まで遠くから流れてくるので、かなりざわついている。

「元素記号?ガンダム?僕、アニメとか見ないんだけど……」

「いや、ナゾナゾみたいなものだから。もっと柔軟に考えてよ」

 やっぱり天才の考えることはよくわかないな、と思いながら、僕はカフェオレに口をつけ……なんとなく頭によぎった答えをつぶやいた。

「硫黄原子ガンダム?」

「ピンポーン!」

 Qはうれしそうに手をたたく。

「なんじゃそりゃ。あるの?硫黄原子ガンダム」

「え?ないよ?」

「ないのかよ!」

 クソ問題だ。

「でも、解けたでしょ?」

「それは、そうだけど……」

 Qが言うには、これは『機動戦士ガンダムクイズ』という胡乱なクイズで、どこかのSF作家が冗談で出したものらしい。

「キミも出してよ、ガンダムクイズ」

「……【電車代やタクシー代のガンダムってなーんだ?】」

「移動経費ガンダム!」

「正解」

 クソ問題だ。Qは「上手い上手い」とけらけら笑った。

「クイズ王のQサンは、こんなアホみたいなクイズを出すために僕をお台場まで呼んだわけ?」

「ああ、ごめんごめん。でも、あるいはそうかもしれない」

 Qは笑いすぎて滲んだ涙をふいてから、少しだけ真剣な顔になった。

「あのデスゲーム、ボクの『異能力』は『ループ』だった。でも、ボクにはループした記憶がない。これは推測だけど、ボクは最後、キミのことをループさせたんじゃないのかな?」

「……そうだよ」

「教えてくれないかな、ボクとキミがどんなことを話したのか」

 彼にそう聞かれれば、僕に答えない理由はない。あの最後の推理ができたのは、Qのおかげでもあるからだ。


 僕はひととおりのことを話し、終わる頃にはカフェオレが冷めていた。


「なるほどね。いかにもボクがやりそうなことだ」

 Qはコーヒーの底にたまった砂糖を流し込んだ。

「キミがクイズのことを深く理解してくれてうれしいよ」

「……ああ。そのおかげで、最後の謎が解けたようなものだから」

 僕は思い出す。Qと本気で戦った早押しクイズ。あの緊張と興奮を。

「やっぱり早押しクイズでデスゲームなんて、もとから合ってないんだよね。キミも、それでオラクルが2人いるのに気づいたんだろう?」


 そうなのだ。それが、僕が最後の謎を解けた理由の一つだ。僕は答え合わせをするように、目の前のクイズ王に話し始める。


「クイズは、出題者と解答者に信頼関係がないと成り立たない。出題者は、『これなら解けるだろう』と思って、解答者が解けるように問題を作る。解答者は、『解ける問題だろう』と思って、出題者の意図を読み解く。どっちが欠けてもだめだ。絶対に解けない問題が出るクイズはクソゲーだし、解けない問題だと思ったら誰も答えない。それじゃ意味がない」

 Qは深く頷いた。

「そうだね。特に早押しクイズは、様々なお約束のもとに成り立っている。パラレル問題……いわゆる『ですが』問題なんて、その最たるものだね。あんなの、お約束がなかったらなんでもありだ。最後まで聞かないと解けたもんじゃない」

「だから、『アンサー』なんて存在を用意して疑心暗鬼を煽るあのデスゲームに、クイズが使われるなんて、合わないと思ったんだ。本当は、あの『異能力クイズ』を用意したほうのオラクルは、ゲームとして楽しんでほしくてルールや『異能力』を決めたんじゃないかと」


 そこまで言って、僕は気づいた。もしかしたら、僕らがオラクルを倒した方法も、『異能力クイズ』を設計したオラクルによって仕込まれていたのかもしれない。出題者を信じ、他の参加者を信じ、協力することができれば、不死身に万能の『異能力』を持つオラクル相手でも、倒すことができるように。


「うん。だからほら、『機動戦士ガンダムクイズ』、解けたでしょ?ボクはキミが解けると思って出した。キミは解いてみせた。嬉しい!だからこれは、そういう意味ではまさしくクイズなんだよね。ボクは結構好き」

「……まあ、クイズ王が言うならいいんだけどさ」


「おーい、そろそろ再開するって、スタッフの人が」

 サインをたくさんもらったミラが、にこにこしながら駆け寄ってきた。Qは時計を見て、あわててスタジオに戻る準備を始める。

「じゃ、よかったら最後まで見ていってよ」

 そう言い残して、Qは急ぎ足でエレベーターに向かっていった。


「ね、見てみて。こんなにもらっちゃった、サイン……何話してたんだ?」

「いや……ただ、クイズは面白いねって話」

「ふうん。じゃ、今度ゲーセンにやりに行こうぜ。クイズゲームあっただろ」

 

 僕とミラは他愛もない話をしながら、Qを追うように歩き出す。

 僕は少しだけ迷ってから、ミラに言った。

「ねえ、『機動戦士ガンダムクイズ』って、知ってる?」




終わり

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