第二話 御先
[壱]
はっきり言って、この状況は異常だ。
突然、訳の分からない事を喋る雀は、私を混乱に陥れる何者でもなかった。
「おい、聞いておるかのおぬし、名を何という」
完全に思考が停止し、私の意識は眠るようにスッと奥へと引き込んでいった。
「おい、大丈夫か、倒れるのではない、起きよ。起きよ…」
私は、ハッと目を覚ました。
「早く起きたか、運ぶの結構大変だったぞ」
雀が私の真上で飛んで喋っている。
(これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ。これは夢だ…)
私はこう思って、再び寝ることした。そして、ゆっくりと目を閉じる。
「これは夢ではないぞ」雀が私の頬を突いた。
「痛い、痛い、分かったから、起きるから」
私にあったふわふわした感覚は消え、現実に引き戻された。
「ようやく、腰を上げたか、いいかおぬし。おぬしは大変重要な『役』を仰せつかったのであるぞ。その『役』を恥じぬよう、しっかりと務めなければならんぞ」
何を言っているのか、ほとんどわからない。
「あの~ いくつか質問していいですか……」
「なんだ存じてみよ」
「その…あなた? 誰ですか…? なんで雀? それと『役』って……?」
雀は改まり、毅然とした態度で言い始めた。
「われの名は、
(とよたまのみすずめ… たかのあまはら… しんじかん…⁇)
「われの名は申したぞ。おぬしの名は何という」
「森田朱音です…… 中学一年です……」
「朱音と申すのか。いいか朱音よ、よく聞けよ」
私は息を呑んだ。
「おぬしは『勾玉』に選ばれたのである。持っておらぬか?」
私は、制服のポケットを確認した。
「あった……」
そっと、左のスカートのポケットから『勾玉』を取り出した。
「これですか……?」
「そうじゃ、そうじゃ、おぬしはこの力で闇を倒したのだぞ」
「あの~ これは一体…… どういうことですか……」
私はポカーンとし、今の状況を飲み込めていなかった。
雀は私の表情を見て察したのか、再び毅然とした態度で言い始める。
「何度も言わすでないぞ、よく聞け、朱音よ。おぬしは『勾玉』に選ばれ、『神仕官』として、この世に跋扈する闇を討伐し、『闇ノ神』を封印する『役』を仰せつかったのである。われは、高天原の神々より『神仕官』の監督役として遣わされた豊賜御雀女である。これらから宜しく頼むぞ。」
「あっ、はい……」
雀の名乗り口上に圧倒され、一瞬、質問する内容を忘れかけた。
「そうじゃなくて、とよたまのすずめさん?」
「なんだ、申してみよ。」
「あの~、この『勾玉』は一体何なんですか? あと、まだまだ質問したいことが……」
「嗚呼、『勾玉』のことか、われもよく知らぬ。」
「えっ!」
雀の予想外の衝撃すぎる返答が飛び出し、唖然とする。
「言えることは、一つ。おぬしがそれを使えば神仕官になることができ、闇に対抗できる力を持つができるということだ。」
質問の答えになっていない。正直言って、不安しかない。
「あの~ 知らないのにしんじかん?の監督役なのですか?」
「嗚呼、そうである。」
雀は自信よく答えるが、私はもうこの雀には不安感しかない。
「われに任された役は、神仕官として役である闇の討伐と闇ノ神の封印を見届け、監督する立場である。いわば、御先である。」
勾玉の正体がわからず、雀が喋る度に新しい語句が登場して、私の脳はいまだに混乱状態だった。
「えっと~、私が理解するために話しますね。」
「うんむ」と雀は頷いた。
「私は、今日、勾玉を拾いました。その勾玉は、神仕官になるための変更アイテムで、闇?と呼ばれる敵を倒すということでよろしいでしょうか?」
「うんむ、ようやく理解できたようだ。」
雀は私の話に何度も頷きながら答えた。
「あの~ とよたまのすずめさん? 私、今日のこと、あんまり記憶が曖昧で、正直覚えてないことの方が多くて…… 私って、神仕官になっていたのでしょうか?」
雀は驚いていた。
「そうなのか? 実に見事であったぞ、おぬしの活躍は! 闇に取り込まれた友を救い、闇を討伐する姿、実に神に仕える
はっきりと私の記憶には思い浮かばなかったが、どことなく嬉しさと照れくささがあった。
[弐]
「ところでなんで、私が神仕官なのでしょうか?」
私にはこの疑問が大きくあった。
雀は、いろいろと考える素振りを見せた後、ゆっくりと話し始めた。
「おぬし、古事記や日本書紀といった書物を知っておるか?」
「えぇ、名前だけなら聞いたことがあります。歴史の授業でちょっとだけ。あれですよね。アマテラスとか、スサノオだとか……」
「そう! これらの書物に記載されている神々は実在する。そして、われはこの神々より遣われた御先である。いわば、神の遣いである。」
「…… えーっと、つまりあなたは神様…… え―――――――!」
衝撃すぎて、思わず声が溢れてしまった。
「何度も言っておるだろう。今頃か…… なんだと思っていたのか?」
雀は、呆れた様子だった。
「えっ、だって、雀の姿でしゃっべっているから……」
「えぃ、気になる質問はあとだ。黙って聞け!」
「えっ、あっはい」
雀の可愛らしい恫喝に背筋がピンとなった。
「たぶん、いろいろと気になることはあろうが、一先ず、われの話を聞いて、考え、理解しろ。」
(理解しろ、と言われましても……)
雀は深呼吸する仕草をした後に話し始める。
「何度も説明しているが、神仕官とは、この世に蔓延る『闇』を討つ、高天原の神々に仕える官である。過去に何度もこの世の人々から一人選ばれ、『闇』と対峙してきた。われも『勾玉』の詳細は知らぬが、全ては、あの『勾玉』をおぬしが拾った時から始まっておる。それ故におぬしが『神仕官』である。拒否することはできんぞ。仰せつかった以上、身を流れに任せ、神仕官としての使命を全うする他ない。どうだ、理解できたか?」
雀の話を理解するのには、時間が掛かった。私の理解力が足りないせいかも知れない。でも、多分そうじゃない。知らない世界を知って、混乱している様な気がした。
私が理解しようとする間に、沈黙の時間が続く、雀は私の事をじっと凝視している。
神仕官がどういう物のかは、何となく理解できた気がする。そして、喋る雀の存在も夢ではなく、現実だと受け入れつつある。でも、正直まだ少し混乱している。
「理解できたか…… 朱音よ。」
「えっ、あっはい、多分なんとなくは……」
「では、よかった。これから神仕官としての心得を……」
「ちょっと、待ってください。一旦考えを整理したいので、少し寝てもいいですか……」
考えすぎ、少し気分が悪くなってきた。
雀は、私の心情に気付き察したのか、コクンと頷いた。
私は、雀に見守られながら、ベットに入り、すぐに眠ってしまった。
[参]
どうもおでこの辺りが痛い。何かに突かれているような気がした。
そして、ゆっくりと瞼を開けると、雀が目の前にいた。
「あ――――――!」
突然のことでびっくりして、つい大きな声を上げてしまった。
「大きな声を出すな、びっくりするではないか。」
「ひぃ――」
「引くでない、われだ。豊賜御雀女であるぞ。」
少し冷静になって、寝る前の出来事を思い出した。
「夢じゃなかったんだ……」
「これは、夢ではないぞ。」
雀が突然飛び、私の頭を突く。
「わかったから、わかったから、起きますから、今何時ですか?」
雀は机にある時計に向かった。
「この時計、七時四十五分と読めばいいのか?」
この時刻を聞いて、窓の方を向くと、光が漏れているのに気付いた。
この瞬間、私はとんでもない焦りを感じ、カーテンを勢いよく開けた。
朝だった。
「なんで…… なんで朝なの!」
「なんで、朝って、おぬし、昨日の夜、母が起こしに来たが、なんどゆすっても起きなかったぞ。ちょっと前にも、母が来て起こしたが、おぬしがダイジョブと言って、どこか行ったみたいだぞ。」
雀が淡々と語るが、焦る私の耳に入らなかった。
「とにかく、身支度を!」
急いで、身に付けている制服や下着を脱ぎ、新しいものへと着替えた。そして、部屋から出て、洗面所へ髪・顔を整え、リビングへ向かう。
案の定、誰もおらず、テーブルには、一枚の置手紙があり、「朱音へ、朝ごはんは冷蔵庫にあるので、戸締りしてください。母より」とあった。
冷蔵庫から、お馴染みの朝食を取りだし、寒い中、冷たい朝食を掻き込むように口に入れ、食器を食洗器へと入れる。そして、再び部屋に戻り、今日の授業の準備を始める。
「少々、焦りすぎではないか……」
雀が不思議そうに様子を眺めているが、私はそれどころではない。
「焦ってません! 今日は今学期、最初の授業で遅刻する訳にはいかないの!」
雀は、私の焦っている理由が理解できないようすだった。
用意を整え、部屋から飛び出し、急いで玄関へ向かい、一旦落ち着いて、玄関前の姿見で、自分の姿を確認した後、家から飛び出し、戸締りをして「いってきます。」と言って、学校へと走って向かった。
[肆]
最後に時計を見た時は、8時8分とあった。多分、今は8時10分頃だと思う。私の速度で走れば、大体8分ぐらいで到着できると思う。
しかし、朝食を掻き込んだお蔭か、走っていたら、ちょっとお腹が痛くなってきた。
「おはよう、森田。」
後ろから、声が聞こえてきた。
ふっと、足を止めて振り返ると、幼馴染の本谷君だった。
「あっ、はぁはぁ、おはよう。」
足を止めた途端、息切れしてしまった。
「どうした、森田。今日は遅いな。寝坊か?」
「ちょっとね……」
苦い笑顔をして、本谷と一緒に走ることになった。
「今日は珍しいね、朝練ないのサッカー部の?」
本谷は顔をそらして、悲しそうな雰囲気を漂わせて言った。
「……実は、オレも寝坊した…… 多分、顧問に怒鳴られるかも……」
サッカー部の顧問をしている体育教師が厳しい人で知らており、私は彼の気持ちに同情した。
「たぶん、ダイジョブだと思うよ。たぶん……」
「だといいな……」
本谷君の顔は、陽気なようで少し暗かった。でも、本当に久しぶりに話した。多分、去年の終業式以来だと思う。
「ところで、森田、冬休みどうだった?」
「うん、わたしはね……」
いろいろと冬休みの出来事などを話して、二人三脚のように走っているうちに、南門に滑り込む形で学校へ登校した。
そして、二人で急いで一年昇降口へと駆け込み、本谷君は階段を駆け上がり、私はクラスの教室へと入り込んだ瞬間、学校のチャイム音が鳴り響いた。私はギリギリ遅刻しなかった。
「もりちゃん、おはよう、今日はギリギリだね。」
扉近くにいた、かりんがいつもの笑顔で挨拶し、クラス全員が私の方を見た気がした。
私は、この状況に恥ずかしい思いをしたが、苦笑いするしかなかった。
[伍]
私が入室してから、5分後に先生たちが教室へ入ってきた。いつもの朝の会があり、学校の日常が始まった。
私は正直、今日の授業に集中できなかった。授業内容に集中しようとしても、頭の中は『勾玉』や『神仕官』、『雀』のことでいっぱいだった。
思えば、雀に会ってから、冷静に考える時間はなかった気がする。『勾玉』をただ拾っただけなのに、よくわからない面倒ごとに巻きまれた気がする。
私は、自分の未来に不安を感じた。
ふっと、授業をする先生が気になった。
(大人って、どうやってなるんだろう……)
漠然とした考えが、私をなんとなく授業への意欲を削いでいった。
ぼっーと、授業を受けていると、3時間目を終えるチャイム音が鳴っていた。
「はい、今日はここまでです。」
「起立、礼。」
「ありがとうございました。」
クラスは、授業の緊張感から解かれ、3度目の10分間の休息へ入った。
「もりちゃん! なにぼっーとしてるの?」
かりんが私の肩にもたれるように話しかけてきた。
「ちょっと、考え事してた。」
「なんか珍しいね。なんかあったの?」
「まあ、多分、大したことではないと思うんだけど……」
かりんに『勾玉』の事を話していいか、正直迷った。
「なら大丈夫じゃないの、小っちゃいことでクヨクヨしない! もりちゃん、あたしよりも成績良いからさ!」
「りんちゃん、成績の話じゃないから、ほんっと、なんでもないから!」
「本当に~? もりちゃんもいろいろと悩むんだね~」
かりんの持ち前の明るさは、私の心を和ませ少し救われた。
「そうそう。」
かりんが何を思い出し話始める。
「いつも英語の授業をする教室あるじゃん。」
「あ~、四階のA教室とB教室、今日は今学期始めだから、この教室で授業するって聞いたけど。」
「なんかね、昨日、B教室の机や椅子が散乱して、窓ガラスも割れていたらしいだって。だから、この教室ですることになったらしいよ。」
「ふう~ん、そうなんだ……」
私はこの話を聞いて、ふっと自分が、昨日、学校終わりに四階へ行こうとしたことを思い出した。
[陸]
4時間目も終え、給食も食べ終わり、短い昼休みを過ごし、気づけば、6時間目の中盤に差し掛かっていた。
クラスの雰囲気は、今学期始めの授業もあってか、今にも眠ってしまいそうな雰囲気ではあるが、副担任である種田先生の国語の授業では、それは通用しない。
種田先生の授業は、厳しい採点をつけることで有名で、ノートの採点の時には、文字の綺麗さも採点基準になっている。
ただ、しっかり授業を受け、提出物を出して、さらに文字が綺麗な子には、いい成績を付けてくれる。私もギリギリその一人だが、それは学年で見ても一握りしかいない。だから、成績が優秀な人でも、その先生を嫌いっている人は多い。
今日は、古文の授業で、眠たい雰囲気にさらに拍車をかける内容だった。
私は、睡魔に襲われながらも、頑張って背筋を伸ばし、しっかり授業を受けていた。
「今は昔、竹取の翁といふ者有りけり。という冒頭部分がありますが……」
古文の内容は面白いが、品詞活用の解説は面白くはない。
何気なく外が気になって、運動場の方を見ると、遠くの方で体育の授業風景が見えるのと同時に、窓際に例の『雀』が窓をリズムよく突いているのが見えた。
私は、思わず「えっつ!」と声が出そうになったが、さすがに堪えた。
なんで、あの雀が学校にいるか、わからないが、私は嫌な予感しかなかった。
授業が終わるまで、約20分程度。多分、この授業を抜け出せという圧があの雀から強く感じる。
授業も聞かず、いろいろと考えていると、窓際のスズメの数が5羽に増えていた。
他のクラスメイトも、窓際に並ぶスズメたちに気付き、珍しそうに眺めはじめた。
先生もそれに気付いたようだったが、無視して授業を集中するように注意を促した。
そんな中、窓を突く雀の圧に耐え兼ねた結果、私は静かに手を挙げた。
「森田さん、どうしましたか?」
「……少し……、体調がおかしいので……、保健室へ行ってもいいですか……」
もちろん、体調は万全だが、雀の圧で体調不良にはなりそう。
「……わかりました。大丈夫ですか? 一人で行けそうですか?」
先生が私の体調を気にかけ、あっさりと許可された。
「はい……、一人で行けます。大丈夫です……」
クラスメイトから心配の眼差しを向けられながら、保健室へ駆け込むフリをして、教室から抜け出した。
[漆]
教室から抜け出して、一年校舎と本校舎を繋ぐ渡り通路の所で、雀と合流した。
「お~、来たか。結構遅いぞ。」
可愛らしい雀だが、圧をかけといて、この尊大な態度には少し鼻につく。
「なんですか、めっちゃ圧を感じたんですけど……」
「おぬしに圧をかけぬと、授業から出んだろう。」
「私は中学生で授業を受けるのが、本分です! 本当にこれ限りにしてください!」
「そうも言ってはいられなくなるぞ。闇の気配が感じ、周囲を偵察しておったが、ここから強く感じる。おぬし、勾玉は持っておるか?」
「勾玉って、家に置いてきましたよ。」
「なら、おぬしのポケットを見てみよ。」
何を言っているのか、分からなかったが、恐る恐る左右ポケットに手を突っ込んでみた。右ポケットには、ハンカチがあったが、何もないはずの左ポケットに手の感触で、勾玉形の物体があることに気付いた。
(ウソ……、なんで……)
私はびっくりしたが、ゆっくりと左ポケットから物体を取り出した。
私がよく知る『青い勾玉』だった。
「私のポケットに勝手に入れましたよね……」
「いや知らぬ。」
「入れましたよね。」
「知らぬ。」
「入れま……」
「だ・か・ら、知らぬと言っておるだろう! 嗚呼、もうこういうのは後じゃ、早う神仕官として使命を全うせよ。」
雀には毎回、話を逸らされている気がする。
「でも、どうやって、なるんですか、神仕官に?」
雀が胸張って言う。
「祈る!」
「……」
「祈る! 神仕官になりたいと、勾玉に思い込めればなる……」
その後、雀が小さな声で「はず」と聞き、半信半疑だったが、とりあえず、勾玉に祈りをこめることにした。
勾玉に『神仕官』になりたいと祈り続けていると、突然、勾玉に光りだし、私は光に包まれた。
最近どこかで体験したような覚えのある心地で、意識が光と結合するような感じだった。
そして、瞼を開くと、私の着ていた制服が、白い装束のような服装に変わり、首には、『青い勾玉』をあしらうネックレスの様な物が身についていた。
「あっ、すごい……!」
「よし、これで準備は整った。神仕官として、闇を討つぞ!」
[捌]
「ところで、その闇って、どこにいるのですか?」
「それはおぬしの感覚を研ぎ澄ますことぞ。」
正直、このふわっとした返答には困る。
「あの~ とよたまのみすずめさんは、わからないのですか? さっき、ここに闇がいるって……」
「われは、ある周囲の闇の気配を捉えることができても、その詳細の位置まで特定できん。いわば、近くにいるということだけしかわからん。」
「そうですか……」
「とにかく、感覚を研ぎ澄ませろ、多分それでわかるはず。」
「感覚を……」
とりあえず、感覚を研ぎ澄ませるため、瞼を閉じ、瞑想みたいことをしてみた。
冬の寒さ、風の冷たさ、水が滴る音、授業中に何が落ちる音、そして、私の鼓動。今生きる全ての営みが私の全身に巡るような感覚だった。
その中、奇妙な感覚があった。私は、その感覚に集中した。
生き物ような気配を感じず、人ではない何か蠢く、どこが感じたことがある恐怖、絶望とも言える背筋を凍らせ、鼓動を止めるような得体の知られない感覚。
「あっ!」
突然、瞑想の中で何かに襲われ、思わず尻もちをついてしまった。
「どうじゃった。どこにいたか?」
「はぁはぁ、多分、わかる。言葉で説明できないけど……、多分そこ……」
「そうか! すぐにそこに向かうぞ! 早う立て。」
「はぁはぁ、あの~、ちょっと……待ってください……」
あまりの衝撃で、自分でも何が起こっているか分からなかった。
なんとか立ち上がり、雀ともに闇がいると思われる所へと走り出した。
[玖]
本校舎の2階廊下を駆け抜ける一羽の雀と私。
私は直感を信じて、闇がいる所に向かっていた。
私たちが駆け抜ける先の正面奥の左側の柱の陰、手を伸ばす人の腕だけが見えた。
私は足を止めた。直感通りだった。
闇に憑かれていると思われる人の腕は静かに歩いて動き、私たちに全身の姿が現した。
知らない男子生徒だった。たぶん、私より上の学年だと思った。
しかし、普通ではない様子だった。片腕を伸ばし、体の動きは何かに縛られているようで、何かうめき声を発している。そして、かすかに蠢く何かがぼんやりと見える。
それは徐々にはっきりとしてきた。それは、蛇のように細長い体で彼の体に締め上げるように纏わりつき、頭は、鰻の様な見た目で、尻尾には、赤い珠と鋭利な刃物ようについていた。
「なに……あれ……」
私は一歩後ろに退いてしまった。
「なにを怯んでおる。闇は目の前だぞ。」
それは、私たちに気付いた。赤い目を光らせ、次の狙いを定めたようだった。
「おい、向かって来るぞ。」
男子生徒の縛りが解かれ、その場で倒れたと同時に、それは勢いよく私たちに向かってきた。
私は、逃げることにした。
「おぬし、なに逃げておる。早う倒せ!」
「倒せといわれても、あんなの見たら、逃げる!」
「なに逃亡宣言しておるのだ。早うあの時みたいに倒せ!」
「あの時? 私、よく憶えていない。」
雀は、驚いた様子だった。
「なにも憶えていないのか……」
「ぼんやりしてはっきりと思い出せない。ただ、四階に行ったことは思い出したけど……」
後ろを振り返ると、それは、フクロウナギように口を膨らませ広げていた。
それに気に取られ、私は躓き転んでしまった。
「あっ、痛った。あ!」
振り返るとそれは、私を飲み込むが如く大きな口を広げ、目の前まで迫っていた。
「朱音! とにかく何でもよいから武器を思い浮かべろ!」
私は訳も分からず、雀が言う通り、武器を思い浮かべた。
「グアェァァァァァァァ――――――――――――」
発砲音とともにそれの断末魔が廊下中に響いた。
私の右手には銃のような武器を持ち、既に引き金を引いていた。
[拾]
「えっ」
反射神経なのか、それも勾玉の力だろうか、私は気付いたら、攻撃していた。
「とにかく、それで奴を倒せ!」
「あ、うん。」
立ち上がる私の両手には、銃口が二つある二丁の銃があった。
(なにか、手応えがある……)
そう感じた瞬間、奴は、再び口を広げ、私を飲み込もうと向かって来る。だが、奴の右側の口は、大きく損傷しており、ポタポタと黒い液体が垂れていた。
私は、奴に銃口を向けた。そして、引き金を引き、四発の弾丸が放たれた。
一弾目は、奴の下顎付近に被弾、二弾目は、腹あたりに被弾する。続く三弾目は、被弾したことで怯み、回避。四段目は、尻尾の刃物のような部分に被弾し、弾丸は真っ二つになった。
奴の動きは遅くなった。しかし、止まってはいなかった。続けて撃とうしたが、尻尾の刃物が私を追尾するように攻撃を始める。
さすがにこれには避けるほかなく、反復横跳びを応用するような形で回避するが、少し気を抜いた瞬間、左袖の一部を切られてしまった。
「あっ!」
形成を立て直すため、一旦距離をとるが、奴はそうはさせないようその動きを速める。
奴の被弾した部分が徐々に修復されている。
「朱音よ。護りを張れ!」
「えっ、まもり?」
私がそれを思った瞬間、私を守りように半透明の半球状のドームが形成された。
これによって、奴の攻撃が防がれたが、なぜか、長距離の序盤を走っているような気分になった。
「なにこれ、こんなこともできるの?」
「長く続けると身が持たなくなる。早うケリをつけようぞ!」
「でもどうやって。」
「よいか、あの赤い珠を撃て、それだけで良い。」
奴は、完全に元の姿へと戻り、大きな口を広げ、私たちを飲み込もうとしていた。
私は、護りを解いた。そして、奴に再び二丁の銃口を向ける。
迷いなく引き金を引いたが、私は奴に飲み込まれた。
「おい、朱音!」と雀は叫ぶ。
それと同時に、奴の全身が異様に膨らみ、発砲音と共に黒い液体をまき散らしながら、破裂した。そして、赤い珠は、弾丸が貫いたのか、それとも衝撃のせいか、綺麗に二つに割れ、廊下の床に叩きつけられ、粉々になり、消えていった。
周囲は黒かったが、その中心には、天井に銃口を向けて構える清らかな純白の巫女が佇み、6時間目を終えるチャイム音が鳴り響いていた。
[拾壱]
全ての授業が終わり、皆が帰宅する準備をする中、私はアリバイ作りのため、保健室へと向かった。
養護教諭には、授業中抜け出したら、トイレに行きたくなり、そのまま授業が終わってしまい、今に至るというウソをついて、ちょっとの間、保健室で寝かしてもらうことにした。
雀は、先生が居なくなったのを見計らって、私の傍に来た。
「おぬし、さっきのことは憶えているか?」
私の様子を気にして、口調が若干優しかった。
「うん……、はっきり憶えてる……」
「今思えば、いろいろと無茶苦茶言ったかもしれん…… われはあの時の姿を見て、てっきり…… われの目が曇っておった。本当に申し訳ない。」
「うん、私もよく分かってなかったから、神仕官について…… でもね。さっきのことがあって、多分、私にしかできないのかな~と思った。うまく説明できないけど……」
少し笑みを浮かべて答えた。
「勾玉に選ばれた以上、拒否はできぬ。われはおぬしをできる限り支援する。」
「うん…… でも、おぬしは、やめてほしいな~」
「では、なんとお呼びすればよい。」
「さっきみたいに、『朱音』でいいよ。」
「朱音殿……」
「殿はいらないよ、とよたまのすずめさんもどう呼べばいい?」
「われか、われは……。」
「とよたまのすずめだから、『すず』でもいい?」
「『すず』か~、良い呼び名じゃ。」
「すずって、言い方がなんか堅苦しくない?」
「早速であるか、そうか、われはそう思わぬぞ。」
「いや、絶対堅い。」
「そうか……」
すずは、少し照れくさそうだった。
「あ、朱音よ、おぬしには、神仕官の監督役としていろいろとあるかもしれん。ただ、これだけでも理解してもらいたい。全ては、葦原中国に住まう人々と高天原の神々の安寧と平穏のため、われらは、闇の元締めである『闇ノ神』を封印せねばならん。何度も同じこと繰り返して申し訳ない。」
私の運命は、あの勾玉を拾った時に決まっていたかもしれない。でも、さっきあの姿になって、なぜか自然とあの姿を受け入れることができた。
私は、この予想外の出会いと出来事に驚いていたが、自然と自分が進むべき歩みだと心の奥底で穏やかな気持ちになった。
「謝らなくてもいいよ。わかったから……」
私の顔は自然と口角が上がっていた。
突然、保健室の扉が開いた。私はすずを布団の中に入れ、寝たふりをした。
担架で誰が運ばれてきた様子だった。
思えば、何か忘れているような気がした。
(…………あっ!)
闇に取り憑かれた男子生徒のことを忘れていたことに気付いた。
幸い、様子見ると、立ち眩みが原因で倒れていたと話していたため、安心したが、申し訳ないことしたと、静かに顔まで布団で覆い隠した。
神仕官 森田朱音 かんな かんなび @KANNABI-800000
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