エピローグ

救いの手

 カンカンカンと、踏切の音が聞こえる。もうすぐだ。


 和泉は学校を出てから、止まることなく走り続けた。一刻も早く浅香の元にたどり着きたくて。


 駅へ向かう人々をどんどん追い越し、ひたすらに走った。やがて前方に踏切が見えてきた。その横に、うずくまる人影が見える。あれはきっと、生きている人間ではないだろう。


「浅香さん!」


 和泉は走りながら何度も名前を呼んだ。人影が、こちらに顔を向けた。しかし数秒後にはまた、膝を抱えて、顔を埋めた。

 やはりあの人影は浅香だ。


 和泉はとうとう踏切の前まで来た。息を整える時間すらも惜しい。息も切れ切れに、和泉は目の前の彼に話しかけた。


「あの、浅香さん、ですよね。浅香真太郎さん」


 目の前の彼は、顔を上げた。虚ろな瞳で和泉を見上げる。


「君は………。僕が視えるの?」

「ええ。昔から霊感が強くて。僕、和泉秋也といいます。弟の諒太郎くんと友達なんです」

「諒太郎の?」

 浅香は顔色を変えずにそう言った。

「そして、僕は和泉春乃の弟です」

「春乃、先輩の………」


 浅香は大きく目を見開いた。まるでこれまでの出来事が一気にフラッシュバックしているように。そして、次の瞬間、両手を地面につき、勢いよく頭を下げた。


「ごめんなさい!! 僕のせいで、大事なお姉さんを死なせてしまって! 本当に、申し訳ない……」

 最後はこみあげる涙で言葉が詰まり、震えていた。和泉は慌てて浅香の側に膝をつき、彼の身を起そうとした。


「浅香さん、違うんです! 謝ってほしくてここへ来たわけではないんです。どうぞ、顔を上げてください」


 浅香の隣に腰をおろした。触れることのできない彼の背中に手をやった。


「あなたを救いたくて来たんです。どうか、涙を拭いてください」

「僕を、救う?」

「そうです。あなたをこの世から解き放ちたいんです。ずっと終わらない後悔に苦しんでいるんでしょう? もう、苦しまなくていいんですよ。成仏しませんか。これは、僕だけではなく、姉の願いでもあるんです」

「先輩の?」

「はい。さっき、姉とお別れしてきました。一足先に姉はあちらの世界へ行きました。おそらく、あなたを待っていると思いますよ」

「でも、どうやって………」

「姉からあなた宛に手紙を預かってきたんです。手紙と言っても、僕が代筆したものですが。まずはそれを聞いてください」


 和泉はカバンからノートを取り出した。そしてなるべく優しい声で、読み上げた。


『浅香くん。春乃です。まず、君に謝りたいことがある。あの日、私は阿澄先生との交渉に失敗してしまった。そして、結果的に君の未来を奪ってしまった。本当に申し訳ない。優しい君だから、私が命を落としたことで、自分を追い詰めてしまったんだね。本当にごめんなさい。

 美術室で君と過ごした時間は私にとってかけがえのない時間だった。あんなに絵が上手いのに、決して驕らず、いつも謙虚で、浅香くんのそういうところが、私は大好きだった。そして君が描いた絵も、浅香くんと同じくらい好きだった。完成した君の絵を見られないのは、本当に悲しいし悔しい。悔しいのは浅香くんの方なのに、私がこんなことを言うのはおかしいよね………。

 私は一足先にここを離れるよ。君もおいでよ。また君と話がしたい』


 和泉は読み終わると、ノートを閉じた。


「春乃先輩………」

 

 浅香はまたポロポロと涙を流した。


「僕も、あなたのこと恨んだりしてませんよ。最近まで、お二人の死の理由も知らなかったくらいですから」

「ありがとう………。春乃先輩の想いを届けてくれて」

「とんでもないです」


 浅香の身体は、先ほどよりもさらに透明になった。浅香はそんな自分の手を見つめた。そして、和泉を見てやさしく微笑んだ。


「本当に、ありがとう………」


 やがて浅香の身体は完全に見えなくなった。たった今感じていた浅香の気配は、見えない光の粒となり、雲間から差し込む光に向かって、昇っていったように思えた。


 これで、思い残すことはない。春乃と浅香は自分の過去と現在に向き合い、旅立っていった。


 今度は己の罪と向き合い、清算する番だ。


 和泉は立ち上がり、たった今来た道を引き返した。

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あの日の君を道連れに 三咲みき @misakimaru

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