ある小説家の苦悩

三咲みき

ある小説家の苦悩

「俺さ、名前考える作業が一番嫌いなんだよね」

 朝からずっとパソコンとにらめっこしているAがおもむろに言った。彼の傍らでは、友人のBがクッションに身をあずけ、だらだらと漫画を読んでいる。


 ネットで自作の小説を投稿しているA。誰のためでもなく、自由気ままに自分の書きたいものを書いている。


「なんで嫌いなの?」

 Bは興味なさげに尋ねた。

「名前ってさ、当たり前だけど、めっちゃ重要じゃん。途中で変えられないし、作中で何度も出てくるし。重要だから、ちゃんと考えなきゃいけない。ちゃんと考えなきゃいけない作業って苦痛じゃね?」

「いや小説って、名前以外にもちゃんと考えなきゃいけないこといっぱいあるだろ」

 Bが至極当たり前なツッコミをした。

 それもそうだ、と言いながらAは笑った。


「嫌いって言いつつも、朝からずっと原稿書いてたってことは、もう名前決め終わったってことじゃないの? それが終わったから、書き進めてるんじゃないの?」

 いやいやいや、と言いながらAはBを振り返った。

「まだ決めてないんだよね、それが。俺って、やらなきゃいけないことは、後回しにしちゃうタイプだから。小説なんて、プロットさえ考えていたら、名前考えてなくてもある程度は書ける。例えば、主人公は『主』、そのほかの登場人物は『A』とか『B』とかにしてさ。街の名前とかもとりあえず『○○』とか『▲▲』とかにしておいて、あとで書き換える」

「なるほどな」

 Bはこれからも自分には絶対に必要のない知識に、適当に相槌を打った。


「で、今は?」

「今は、あらかた書き終わって、いよいよ名前考えなきゃいけない段階」

「ふーん」

 Bは漫画を閉じ、ようやく身を起こした。

「名前考えるときってさ、なんかセオリーみたいなのってあるの?」

 AはBからの質問に「うーん」と唸った。

「セオリーっていうか、漢字の持つイメージみたいなのはあるかな。たとえば賢いキャラだったら『英』『修』『秀』とかつけたくなる。体育会系なら『毅』『剛』、優しいキャラなら『優』『勇』とか。もちろん、そのキャラ自体のイメージとか、男とか女にもよるから、絶対そうとは言えないけど」

 Bは「へぇ」と頷いた。

「名前といえばさ、自分と同じ名前のキャラクターを登場させる作家もいるよね。有栖川有栖とか法月綸太郎とか」

「いるいる。いいよな、それ。俺、それに憧れてるんだよね。作中に自分と同じ名前のキャラが登場したらさ、なんか主役になった気分じゃん」

「確かに。主人公になれるっていいよね」

 Bはうんうんと頷きながら言った。

「逆に身内の名前は絶対に使わないな。たとえばさ、ヒロインの名前がおふくろと一緒とか絶対嫌だろ?」

「それな。何にも想像できないよ。ヒロインもそうだけどさ、クズ役が身内と一緒なのも嫌だよね。例えば浮気して家族を捨てたやつの名前が、親父と一緒とか」

「それはいいよ。事実だし」

「えっ?」

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