第14話 後日談・男女の傀儡

 タカユキが帰ってきた報を耳にした俺たち五人は一か月ぶりに彼の自宅を訪れた。急な来訪のうえで逃げるように出てきてしまった気まずさと、戻ってきた彼に何と声を掛けようかと悩みながら、皆の空気は重くなっていた。

 玄関のチャイムを鳴らす前にがちゃりと扉が開いた。「何だ、来ていたんなら早く入ればいいのに。到着したくらい言ってよね。」瘦せこけてはいるが以前の人良さそうな彼が顔を覗かせた。なぜか泣きそうになったが、押し殺して家中にあげてもらうことになった。


 居間は前に来た時と変わってはいなかったが、彼と母親のマグカップがテーブルに乗っていた。コーヒーの香りがまだ残っているから、食後の一服をした後だったのか。

「母さんはお茶請けを買いに行くと出かけて行ったよ。『友人が来るならもっと早く言って!』と怒られちゃった。何か飲む?」彼は台所から人数分のコップを持ってきた。ジュンコは前に粗相をしてしまったことを気にしてか落ち着かない様子だったが、母親がいないと知り少し気が緩んだようだ。返事がなかったからか各々の前にコーヒーと、テーブル中央に砂糖入れとミルクポーションの袋が置かれた。

「最近は変わったことない? 大丈夫?」ミサキが体調を気にしてか尋ねる。

「前よりご飯が食べられなくなったくらいかな。みんなはどう?」

訊き返されて顔を見合わせたが、どう答えたらいいのか戸惑った。それぞれが自分のやりたいことで手いっぱいだと言って返答にした。

「そうだよね。生きてくので手一杯だよ。」彼は一瞬遠い目をしたが我に返ったようで「そうだ! 公園に行かないかい?」と提案してきた。熱いコーヒーを飲みこんで、俺たちは近くの公園に出かけた。


 もはや花見の時期も過ぎ、新緑が覆っている中を集団で歩くのはここでは珍しいようで注目されながら、二つ並んで設置されているベンチに分かれて腰かけた。

「外は気持ちがいいね、くしゅん、花粉がなければなおさらだけど。」

外に行こうと切り出した彼が真っ先に口を開いた。

「ここに何かあるのか?」とシューイチが質問する。周りには子供が遊ぶ声だけが響いている。

「何もないよ。ただ、あんまり家にいたくないんだ。」俯きがちに答えたタカユキは、足元にあった石を拾い上げて近くの木に当てた。コツンと乾いた音を出しただけだが、ビクリとジュンコが体を竦ませる。

「変わっちゃったんだよね、家の中の雰囲気も、部屋の中も。母さんはどこかよそよそしくなったし。家にいて何かをしていると落ち着かない気分になって出てきちゃうんだ。こんなふうに。ごめんね。」ミサキが「そんなこと謝らなくていいよ」と慰める。気分が沈みがちになっているようだ。

「眠っていると夢に見るんだ。僕の上に人形だ倒れこんでくる夢。埋め尽くされて苦しくなって、でも」彼は顔を上げたかと思うと立ち上がって「このまま死んでしまえたら幸せだろうなって! 思いながら、起きるんだ。」

以前は見せなかった姿に困惑したが、これが母親の態度に現れていたのか、と妙に納得もした。彼女がおかしくなるより先に、彼がおかしくなってしまっていたのだろう。見せてはいけない。彼に人形を返すべきでないと、ミサキから渡され持ってきていた二つの人形をそのままバッグに仕舞っておくことにした。


 「でも久々にみんなの顔が見られて良かったよ。変わったな、って。僕の周りでは時間が動いているのに、取り残された気分だ。浦島太郎ってこんな気分だったのかな?」

俺たちの幸せは、誰にとっても幸福ではありえないのかもしれない。助けた亀の恩が男の一生を左右したように、俺たちの好意は彼にそのまま伝わりはしなかった。ごそごそとバッグの中で二つの人形が擦れる音がした。いつか返すべきなのか。それともどこかに供養を頼もうか。ぼんやりと初夏の空を見上げながら、彼の自宅の押し入れはまだそのままにしてるのか気にしていた。

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