屋根の上 鶏は風見ず 見るは水 

屋根の上 とりは風見ず 見るは水


 ヨーロッパの教会や住宅には風見鶏という、ニワトリの形をした風向計が飾られていることがある。


 我が家やご近所の家にはそのようなオシャレなものはない。屋根の上にいるのは風見鶏ではなく生きたホンモノのニワトリだ。こっちの地鶏の飛翔能力はなかなかのものなので、大人のニワトリは夜眠るときそこそこ高い木の枝にとまったり車庫の屋根の上で過ごしたりしている。


 ニワトリは鳥目だ。夜モノはあまり見えないらしい。だから明るくなってから枝や屋根から降りてきて庭を歩き、落ちてる果物やムシや、飼い主が与えるくず米などのエサをついばむ。


 だがこの日、9月24日の朝は少し様子が違った。お隣のニワトリが屋根の上、より正確に言うならば隣の家の屋根、玄関先の軒の部分に乗ったまま降りてこないのだ。


 降りないというよりも降りられないのだ。




https://kakuyomu.jp/users/TokiYorinori/news/16818093085532763310




 洪水だ。




 現在タイは雨季である。今年の雨季は降雨量が多くてあちこちで洪水の被害が出ているが、夕べの豪雨でついに我が家の周囲も洪水になってしまったのだ。お隣の二羽のニワトリさんたちは、地面が消えて池になっている状態にとまどい、降りられないでいたのだ。


 幸い我が家はいまのところ無事だ。だが、家から大通りに出るまでの道が心配だ。増水したときの川面よりは明らかに低い位置だから。下手したら、出勤できないか、出勤できても帰宅できないかもしれない。着替えを持って出勤した。案の定、かなり冠水していたがバイクでもなんとかとおることができた。これ以上水が増えればバイクどころか、普通乗用車も通行不可になりそうだ。


 会社に着くころには小降りだった雨はすっかり上がっていた。日中も天気は悪くなかった。これなら無事に帰れそうだと思いきや、会社と家の間にある大きな川の水面が危険水準に達したというニュースが入った。日中の降雨量が少なくても、昨晩、川の上流で降った大雨が一気に下流に押し寄せてきたのだ。


 その川の近くの市場の商店にも住人にも避難勧告が出た。学校も授業を早めに打ち切って休校にしたところも出た。


 ワタクシ、帰れるのだろうか?


 夜、市内の大きな川面の水位がたしかにヤバいなと思いつつも、上流の方では無事に橋も渡れた。


 だが大通りから我が家へ向かう道に入ろうとしたらば洪水のため進入禁止。別の道はその先が闇に浮かぶ池となり入れそうもない。


 大きく迂回をしてようやく安全ルートで帰宅できた。


 家について一安心していたら、再び雨だ。これはもう明日の出勤は絶望である。


 予想通りだ。上司や同僚には帰宅前に明日出勤できそうもないとは既に伝えてある。不謹慎だがなんとなくうきうきしていたかもしれない。雨季だけに。


 洪水の被害にあわれた方は気の毒だとは思いつつも、自分の休日が増えることを嬉く思ってしまう正直者のワタクシは、聖人君子からは程遠い、どうしようもなくくたびれたサラリーマンである。


 あのニワトリたち、無事に水のない地上に避難できたろうか。


 明日の朝、もう一度見に行こうと思う。

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