負けずぎらいな令嬢、紳士を翻弄し、翻弄される

「レジー、抱っこしてぇ......」

十三歳の頃の君の姿が、今大人になり始めた君と重なって蘇った。

あの時も口をへの字に曲げて涙をため、ふにゃふにゃに表情を崩していた。


変わらないむき身の姿をようやく晒したシャーロットに、レジナルドは胸が熱くなり焦げるような感覚を覚えた。


「ロッティ、......見せて」


もうだめだ。仮面は落ちで砕けてしまった。


あの日と同じように足下に跪くと、あの日と同じように体を素直に預けてくる。

足首をそっと手に取って状態を確認した。

しかしあの時とは意味が違う。

こんなこと、夫婦の間でなくてはできないような、度を越した行為だとシャーロットだってわかっているはずだ。

しなやかな雌鹿のような脚は想像よりずっと官能的なのに、傷ができて痛々しい。


「無理しすぎだ、ロッティ」

「だって、レジーに綺麗って言われたかったんだもん......」


そっと耳元で、誰にも聞こえないくらい声をひそめシャーロットが囁いてきた。

「靴を脱ぎたい......脱がせて?」


なんだ、その殺し文句は!

唐突に始まったシャーロットの甘えモードにレジナルドはくらくらした。

下半身に血が集まって貧血を起こしそうになる。


「今は我慢して。抱いて運ぶから」

「えっ......」

シャーロットの手を首と肩に回させて、膝下を掬い上げるように抱き上げた。

ドレスで隠さなくては兆したことがシャーロットにも周囲にもバレてしまうからだ。


+++


まるで子猫でも抱いているかのようにサクサクと運ばれて、その躊躇いのなさにシャーロットは足の痛みを忘れそうになるほど面食らった。

何より、シャーロットがやけっぱちになった瞬間からレジナルドの雰囲気が甘い。


"愛おしい" と ......、その目が告げている、ような、気がする。


思い上がり? 気のせい? いや違う。

さっきまで彼に別の人がいるに違いないと考えていた自分を嘲笑いたくなるほどの強さで、レジナルドの眼差しが語りかけてきている。


シャーロットは思った。

これが違っていたらもう一生自分の目を信じずに、誰にも恋なんてしないで生きるしか方法がないわ、修道院行き上等よ、......と。


セオドアとローワンは既にローワンの家で話し込んでいた。

ローワン家は領地南部で産出する石灰岩造りで、茶色の屋根を備えた素朴な外観の屋敷だった。

小規模な家ながら客間や客室も備えてあり、大人数の来客を想定した作りになっている。ローワンと似た雰囲気のにこやかな夫人と、娘夫婦、その成人した子ども。

三世帯が入り混じって、家の管理や村の人々に仕事を割り振り、生業に携わっていた。


田舎の小規模な屋敷に、明らかに高位の貴族がドレス姿の女性を抱え徒で現れたものだから、非日常な光景すぎて小作人たちは目を剥いた。


「あれ、ここぁ宮廷の#舞踏室__ボールルーム__#だっただか?」


けらけら笑いながらレジナルドの先回りをしてドアを開けて、セオドアとローワンのいる部屋まで最短でたどり着くよう導いた赤毛の女はこの家の孫むすめのようだ。

底抜けに明るく、機転が利く女なのは言動からも明らかだ。


「じぃじ、ご領主様のお連れのお貴族様がいらしたよぅ」

執務室代わりのダイニングのテーブルに書面を広げたセオドアが、レジナルドに声をかけようと顔を上げた。


「レジー、きたのか......、って、おい」

眉根を寄せ尖った声を上げたセオドアの口をレジナルドが一言で塞いだ。

「セオ、緊急事態だ」

申し訳なさに消え入りそうになりながらシャーロットは兄に弁解した。

「お兄様ごめんなさい......合わない靴で、足を傷めました......」


何か小言を言おうとしたセオドアは、しかし「あーーー......」と諦めの声を上げ、その小言を飲み込み、がっくり項垂れた。

「......僕の見通しが甘かった......ということだなぁ......」


さっきの赤毛女はパタパタと奥の部屋を出入りしていたが、こちらへ来ると気遣わしげにシャーロットに話しかけてきた。

身分で声をかける優先順位など、今更すぎて誰も指摘しない。


「お姫さま、ここは男ばぁっかで、お手当もなんも話になんね。あたしでよけりゃ、あっちでおみ足、見してくんろ」


窓の外にも老若男女が揃い踏みで見物人がずらりだ。

高貴な見目の良い男性に色めきたってキャアキャア言っている者もいれば、シャーロットのドレスをうっとりと眺め羨望の眼差しを送る者もいる。

人形のようなシャーロットの姿を一目見たいと集まってきた者も。


王子様さながら、シャーロットを抱き上げたレジナルドの姿は、今後集落の語り種になること間違いなし、といった様相だった。


レジナルドがシャーロットにどうしたい?と目で問うと、シャーロットは赤毛の女に応えた。


「ありがとう、お願いしたいわ。あなた、お名前は?」

「ジンジャーとお呼びくだせぇまし」

「......わたしはシャーロット。お姫さまは恥ずかしいから名前で呼んで」

それにもケラケラ笑ってジンジャーは快活に応えた。

「そりゃあ申し訳なかったべ」

レジナルドがシャーロットを抱えたまま、ジンジャーの先導に従って移動する。


薄暗い部屋にふたりを招き入れてジンジャーは言った。

「カーテンをかけて締め切ったし鍵もある、この部屋なら、外からも中からも見らんねぇ。」

レジナルドは中へ進み、一人がけの椅子にシャーロットを座らせた。

「あたしは盥に湯を張ってくるんで、だんな様はシャーロット様を1人にしないよう付いててくだせぇ」


扉を開けたままにしてジンジャーが出ていった。

平民の娘にしてはやけに気が利いている。

貴族の屋敷での動き方を知っている者の働きに近い。


「ここの人たち、みんな素敵だわ」

「暖かい人たちだね。それに優秀な者も多い」

レジナルドは跪いて、シャーロットの真意を問うため、口を開いた。


+++


明かりを遮った薄暗い部屋で、レジーを取り巻く空気が変わった感じがして、わたしの心臓は急に忙しなく動き出した。

椅子にかけたわたしの目の高さに、膝をついたレジーの顔があって、端正な顔がこちらを射るように見つめ、確かめるように問いかけてくる。

あたりの空間を、レジーの醸し出す甘くて濃い気配が支配している。


「さっき言ったことは本気? 靴は、ジンジャーの手当のときに脱ぐこともできる、それとも......俺に脱がされたい?」


「......。......レジーが、約束、したもの。レジーが、脱がせて」


口にするのはめちゃめちゃ勇気がいった。だから、つっかえながら言葉にした。

だけど後戻りはできないし、したくない。


レジーの甘い言葉や、優しさや、これまで送ってくれたもの全て。

本能が「これは愛だ」と告げてくる。それに賭けるしかないのだ。


「わかった」


とうとうレジーの大きな手がわたしの足を包みこむように持って、靴のへりで傷が擦れないようにそうっと踵から外してくれた。


「......細い靴」

脱がせた靴を片方の手のひらに乗せながらレジーはつぶやいた。


絹の靴下は履いているけど剥き出しになった足の形を見られるのは恥ずかしい。

触れられているのも、足のうらでレジーの体温を感じるのも恥ずかしい。

レジーが甲にさりげなく指を滑らせてくるせいで、くすぐったくてじわじわ、体が跳ねそうになって。

「ン......」思わず声が漏れて、ため息が出て、なんかたまらなくなって、慌てて口を塞いだ。


ただ靴を脱いだだけなのに、こんなに自分がみっともなくなるなんて。

足を見せたらダメな理由がわかった気がする......。

タライのお湯を運ぶ音が聞こえてきて、ハッと我に帰ったところで、レジーが耳元に口を寄せてきた。


そしてとんでもないことを言った。


「ジンジャーに、コルセットも緩めてもらうんだよ」


わたしはそのまま羞恥で死にそうになって顔を覆ったまま椅子に倒れ込み、入ってきたジンジャーと入れ替わりにレジーは部屋から出ていった。

レジーがどんな表情をしてたか見る余裕なんてなかったけど、その声はめちゃめちゃ甘くて......。悪い、男のひとって感じの、声だった。


ドレスの下を見たみたいな。

全部お見通しみたいな、悪戯っぽい声。......信じられない!


あったかいお湯で足を洗浄しながらジンジャーが優しくあやす調子で慰めてくれている。

「足なんて未婚の女性が見せたらとんでもねぇもんな、我慢して靴履いて辛かったべなぁ......」


わたしはさっきの衝撃から抜け出そうと、努めてジンジャーとの会話に集中するようにした。


「とんでもないって言うけど。不可抗力もあるじゃない?事故とかで足を見られたりしたこと、ジンジャーはないの?」

「あります、あります」

また笑って話す。

「あれは十五くれえのとき、道端ですっ転んで、靴脱げてペチコートが捲れ上がったんですよぅ」

「そ、それって複数の人に目撃されちゃったってこと?」

「それが、そんとき、見るなぁ!って大声上げて覆いかぶさってきた人がいて」

「ええっ」

「道端で押し倒されたようなポーズんなっちまって」

「そっちの方が恥ずかしい!」

「その男と結婚しました」

「わ~~~~♡」

ロマンスだ。人の恋のお話は楽しい。


ジンジャーは手際よく、温まった足を清潔な布で丁寧に拭っている。

「シャーロット様にとって、あの抱っこのだんな様は、"そういう"方......なんだべ?」


ジンジャーも他人の恋のお話が好物みたい。

お菓子を食べてる時のような弾んだ口調になってる。

内緒話をするように声をひそめ、ジンジャーに秘密を打ち明ける。


「あのね、いま......」

お互いの顔が近づいて、そばかすが散ったジンジャーの頬が薄暗い部屋でもよく見えた。

「靴を、脱ぐの、彼にやらせちゃた」


緑の目をまん丸に見開いたジンジャーは、声もないという様子で、身を捩らせてから「......悪いお姫さまだべ!!」と感極まって一言述べた。


これってお褒めの言葉よね?

レジーの方がわたしを翻弄してくるもの、お互いさまだわ。

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負けずぎらいな令嬢は紳士に溺愛されるだけじゃ気が済まない @93secret_garden

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