紳士は負けずぎらいな令嬢の矯正下着を緩めたい

.....細くて、硬い。


シャーロットを抱え上げ馬に乗せる時、レジナルドはまず第一にそれが気にかかった。

そのままの姿でもシャーロットの可憐さは完成されていると言っていいとレジナルドは思うのだが、再会してからのシャーロットは女性として装うことで輝かんばかりの美しさを振り撒いている。


無防備に背中で踊っていた髪を結い上げて華奢なうなじを晒し、少女らしくふくふくと丸かった頬と おとがいは、ちゃんと歯と舌が揃っているのが不思議なほど細く整って大人びた。

なだらかで平面的だった腹と胸のラインは曲線を描き、くびれた胴とふんわり実った胸のコントラストにため息をつきたくなる。


精巧な作り物めいた外見の中で、いきいきと輝く瞳が雄弁に心中を物語って、それが何よりもレジナルドを惹きつける要素となっていた。


だが今、レジナルドの心に引っ掛かっているのは「大人の女性」の欠かせない嗜みの一つ、#矯正下着__コルセット__#のことだった。

女性が美しくなりたいと願うその気持ちはいじらしいと思うし、尊重したい、が......。


(締め付けすぎなのでは?)


そんなことしなくたって君は完璧だ、必要ない、と頭の中で喚く自分がいるのを認識しながら、シャーロットが気分を悪くしたり貧血になった時の対処を考える。

侍女を置いてきたし、男手しかないのが厳しい。

いざとなったら兄のセオドアがなんとかするしかないのだが。


背中に並んだボタン。その内側はどうなっている?

兄とはいえ、セオにも触れさせたくない。この手で緩めてしまいたい。


俺は君の体がこんな手触りじゃないと知ってる。

骨がないみたいに、やわっこかったあの感触と違う。

鯨骨に阻まれて今の君に触れられない。


思考が怪しい方向に流れておかしなことを考えそうになった自分を叱り、レジナルドはそこで無理やり意識を切り替えた。

久しぶりの乗馬に体を強ばらせているシャーロットの気を逸らす会話に集中しているうち、レジナルドの気分も変化し、いい感じの雰囲気となったことに安堵する。


十七歳のレジナルドが蝶を捕まえた思い出から、シャーロットが好きなものの話になって、ああ、この子のこういう視点に自分は惹かれたんだなと再認識した。


シャーロットの好きなものは昔から一貫している。

一貫しているのは、その場の感情や気分に流されず、信念に基づいているからだ。

レジナルドがシャーロットにたまらなく惹かれるようになったのは、この部分によるところが大きい。

彼女が目指すものや、大事にするものに共感し、彼女に尊敬と愛情を抱くようになった。


本来貴族の女性は「退屈」をステイタスとする。

時間もお金も有り余っているの。何もしなくても生きていけるの。......というポーズが取れるほど良い。

信念を持って打ち込むものがあるレディなんて優雅じゃない、という価値観だ。


シャーロットは貴族という身分を持ちながら、貴族社会の価値観に染まらない奇跡のような存在だった。


シャーロットのこの性質を見抜き、阻むことなく育て上げたウッドヴィル夫妻は一体何を考えていたのだろうと疑問に思ってきたが、その謎はなんとなく解けてきた。レジナルドからすればふたりに感謝しかない。


それにしても、ただでさえ締め付けたコルセットを身につけ横乗りで長時間背筋を伸ばしているシャーロットは苦しくないのだろうか?

そろそろ休ませたほうがいいのでは......と考えていると、シャーロットから質問された。


「スタンフォード卿は、なぜ三年前の春から我が家に来られなくなってしまったの?」


その答えは既に準備している。

ただ、忙しくて......と言えばいい。


けれど、小さな頭を見下ろし、腕の中に体温を感じ、体に触れ不埒な思いを抱いたばかりの今、その質問をされると。

紳士面しながらあさましい思いを隠したあの日の自分を見透かされたような気がして、誤魔化しの言葉を口に出すのが躊躇われた。


君に欲情したからだ。

あの瞬間に恋心を自覚して、襲いかからない自信がなくて、逃げたんだ。

まだ幼かった君から。


さんざん紳士として理知的に振る舞っておきながらこの体たらく。

本当のことは決して言えない。心の中でだけ告げる。


しかし答えを躊躇したことは痛恨のミスだった。

シャーロットは何かを察したようにそこから黙りこくってしまった。

嘘がバレたことはわかったが、シャーロットが何を察したかまでは読むことができず、どう声をかけるべきか見失ってしまう。

もうすぐシャーロットが喜ぶように三年かけて用意した場所に着くのに。


ふたりの雰囲気を察したセオドアが空気を読む力と人間関係を調整する能力を見せ、その場の救いの神となった。



「あんれ、ご領主様!お帰りなせえまし」


馬を引く従者を従えて、わたし達が丘から降りてきたところで、向こうの丘から帽子を脱いでお兄様に挨拶する初老の男性が現れた。

目がどこにあるかわからない位、顔中しわくちゃにして笑う表情が人懐こさと飾らない性格を感じさせる。


「ローワン、見事な景色じゃないか!よく咲かせてくれたな」

どうやらこの土地を管理している家の主みたいだ。


わたしもこの感動を伝えたくて声をかける。

「ほんとうに、すごいわ。ローワン」


わたしの肩ぐらいの高さには一面薔薇の茂み。

コモンセージや蜜源になる花、虫除けの香草、一面がモスグリーンと白とピンクと青紫。

ワイルドガーデンみたいだけど、完全な庭園じゃなくて手付かずの自然もあって夢みたいな光景だ。

何より一重咲きの原種の薔薇が秋になってから一面咲く景色なんて、滅多に見られない。

田舎道だけれど枝は払われて、馬車でも行き来できるように整えられている。

お兄様はここをどうする気なのかしら。


「おじょう様もご領主様も、おほめの言葉、ありがとうごぜえます。村のもんも仕事をいただけて、感謝しております」

手に持った帽子を自分の胸に押しつけて、揉んでいるローワン。身分差に恐縮して緊張してしまっているのだ。

くちゃくちゃにするのは顔だけで十分じゃないの?人生の先輩なはずなのに、可愛らしさを感じる。


「困ったことはないか?冬の備えは?......」「へえ。それが」「......」

ああ、男同士の話が始まってしまった。

わたしは本格的に風景を楽しむことに決め、お兄様とローワンの後ろ姿を見送った。


うーん。踵の高い靴を履いてきたのは失敗だったわ......。

けっこう限界かも。


ポーカーフェイスで薔薇を愛でていたら、隣にスッと手が差し出された。

レジーだ。


「エスコートをしてもいいですか?」


そう、そういうところなのよ。

「洞察力の鬼」だもん、隠し事なんて、できない。

わたしが一番して欲しいことなんてお見通し。


それが特別扱いじゃなくても、こんなの、された方は好きになっちゃうに決まってる。


「レジー......」ふにゃあっと顔が緩んで、ポロッと心で呼んでいた声が出てしまった。

わたしの手を乗せたレジーの指が、驚いたのか呼びかけに反応してぎゅっと握ってきた。


だってどうせわたしの気持ちなんてバレてるもん。

頑張ったって、無駄なのよ。


どこまで行ってもレジーにとってはわたしは子どもで、お見通しで、単純で、妹みたいに可愛いだけの存在。


他の素敵な方がいたら置いていける程度の......。

さっきの会話で真っ暗に絶望した感覚が一気に戻ってきて、視界がぼやけて、涙が溢れた。


「抱っこしてぇ......」

もうやけっぱちだ。

だって足が痛い。息が苦しい。もう立っていられないの。

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