あなたのお名前。

野村絽麻子

とある、動物病院にて。

 ゴールデンレトリバーのマリアンヌちゃんとジュリアンヌちゃんの爪を切ったあと、三毛猫の菊蔵ちゃんの避妊手術の経過を診て、ポメラニアンの坂本くんの食欲不振と、トイプードルのおはぎちゃんのワクチン接種、セキセイインコのハムたろうちゃんの擦り傷治療。

 そこで一旦お昼休憩を挟む。


「センセ、私たちお昼ご飯に店屋物とりますけど、センセはどうしますか?」

「んじゃ俺も。えっとね、親子丼で」


 ご飯が届く前にカルテの入力。

 昨今のペット事情はかなりバラエティが豊富になったもので、一昔前みたいな犬や猫だけじゃなくて、ハムスターやら小鳥やら、挙句はエキゾチックアニマルと呼ばれるイグアナだのハリネズミだのを診なくちゃならない。その為日々の勉強は尽きないし、心の休まる暇もほとんどない。けれど俺は動物が好きだ。具合の悪くなった患畜を抱きしめて駆け込んで来る飼い主さん達が、治療によってホッとした顔になって帰って行く時、獣医としての喜びを感じる。俺は獣医だ。獣医は俺の天職だ。


「センセ! ミケちゃんが脱走しました!」

「なに!?」


 ミケちゃんは確か、歯石取りの順番待ちしてたから待機用のケージに居たはずで。ケージから逃げたとしたら行きやすいところは。


「居たー!」

「えっ、どこですか?」

「ソファ下! 入り込んでる!」

「ありゃー!」

「おいでおいで〜、ミ〜ケミケミケ、ミケちゃんや、試供品のオヤツあるよ〜」

「馬肉ジャーキーだよ〜、ほらミケちゃ〜ん」

「よ〜しよしよし……はいっと! ミケランジェロ確捕!」

「わぁ、センセさすがです〜」


 フレンチブルドッグのミケランジェロくんをナースに引き渡してから親子丼をかき込んで。歯磨きしたら午後の診療開始。

 まずは白色レグホンのメリーちゃんのトサカの色が薄いのと、ミニブタのよしぎゅうちゃんの皮膚疾患、フトアゴヒゲトカゲのヒトカゲくん。きみは大きくなったら改名するのかい? 双子チワワのプログレくんとオルタナくんの健康診断のあとは、ご新規の患畜さん。

 ロシアンブルーの成猫ちゃんは初老の男性が飼い主だ。つるりと禿げあがった頭が少し眩しい。


「萬太郎くん、はじめましてだねぇ。今日は? どしたのかなぁ?」

「あのぅ」

「おててかな? あんよかな?」

「あの、」

「お膝も立派だねぇ、萬太郎くん」

「萬太郎は私です、先生」

「は? いや、え……あーーー! すみません! 失礼しました!」

「いえいえ。ほら、誠二郎、先生にお腹ゴロンして見せて?」


 ロシアンブルーの萬太郎くん、じゃなくて誠二郎くんは、お腹にハゲが出来ていた。処方した塗り薬をじっと見つめる飼い主の萬太郎さんには「動物用ですから」と噛んで含めるようにお伝えして、その日の診療は終わりになった。


 帰宅する。ドアを開けると猫達が並んで迎えてくれる。

「ただいま櫻子、薫子」

 どたどたと廊下を駆けてくる子供たち。

「パパー!」

「おかえりパパー!」

「ただいま、きらら、うらら」

 その後に妻が顔を出す。

「おかえりなさい、太郎さん」

「ただいま、花ちゃん」

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