第4章 覚 醒
第1話 兆し 1 目覚め
この日、
家に入る姿を遠巻きに見ていた近隣住人は、正美をこの家の親戚と疑わない。凛の旅立ちを見送った
正美はメモ用紙を見ながら凛の部屋のタンスを開け、冬物を手に取る。手早く段ボールに詰めると、ガムテープでフタを閉じた。
「山口さん? 『お手伝いしましょう』の一言もないなら、何も教えてあげないわよ」
正美の視線は、凛の机を
「すみません。僕が下まで運びましょう」
「あら~気が利くのね。それじゃ、重い方をお願い」
「喜んで……」
居間を通る風は十分過ぎるほど、よくまわっていた。「冷えてきたわ」
と言って、正美が窓を閉める。リビングボードには写真が飾られ、凛の成長を記す。かっぷくのいい父親と、
「それでは、お話を伺えますか? 週に一度は、電話があると聞いていましたが」
「
「水道って、止っていますよね?」
「そうなの。この家に来ると、トイレにも行けないの」
正美は、かばんからペットボトルのお茶を取り出す。その横で山口は困った顔をしていた。
「僕は、凛さんを苦しめるつもりはありません。ただ、ちょっとお話を聞きたいだけですから、
「先週から息子と暮らしている。思い出したのは拓海のことくらいよ。電話は、のろけ話が多いわ」
「瀧川さんのことは?」
「あなたは耳が遠いいの? 『思い出したのは拓海のことだけ』って言ったでしょう」
「――確かに」
「楽しい思い出で満たしてあげないと、あの子は乗り越えられないのよ」
正美は、お茶をふくんで喉を潤した。
「以前は、何を決めるにも
「もうすぐ一年です。このままでいい訳がありません。
「チョコの食べ過ぎで、
正美はお茶を一気に飲む。笑わない山口の顔を見て、机の上にペットボトルを置いた。
「冗談よ」
「みなさんのために言っています。もちろん、平野さんのご苦労も分かっています。失踪の鍵は凛さんの記憶だけでは、僕等も手が出せません」
「そうね。翔さんと最後に話をしたのは、凛ちゃんなのよね」
「はい。ご両親の行方を聞いているはずです」
山口の言葉に正美はうなずく。ペットボトルのキャップをしめると、色をなくした庭を眺めた。窓をしめ切った途端、香るのは消毒薬の匂い。ベテラン看護師としてのキャリアが肌に
正美が勤める『
「凛ちゃん? もうすぐ、拓海が帰って来るわよ」
正美が手を握って間もなく、凛の指先に震えを感じた。この日、握り返した凛の力は強く、痛みを感じるほどだった。
凛の体は
「凛ちゃん、聞こえる? 目を開けなさい。拓海が待っているのよ!」
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