第4話 海の見える部屋
凜が目を覚ましたのは日が傾いた頃で、西日が射し込むベランダを、ぼんやり眺めると海が見える。その手前には、レインボー色の観覧車があった。
「何て小さな観覧車……長屋より低い」
ベランダに背中を向け、凛は布団にもぐり込む。
数秒後、そんな訳はない――
と、起き上がり、ベランダに向かおうと一歩踏み出すが、じゅうたんの
「忙しそうだな。笑った方がいいか?」
拓海は一人掛けのソファーにもたれ、凛を眺めていた。顔には
「そ、その節はどうも……」
正座をして頭を下げると、凛の視界にあらわな太ももが飛び込んできた。
部屋の
「脱がしたの……」
「苦しいだの、暑いだの言って脱いだのは自分だ。だいたい、息を吸い続ければ誰だって苦しい。全裸になるのを止めたのは俺だ」
「ちょっとだけ覚えています。取りあえずお水をください。あと、楽な服も貸して欲しい。それと……」
「それと?」
「お腹へった……」
無遠慮な人間に遠慮をするほど、心は豊かではない。
だって、クズだもの――
いろんな場所で使える言葉だと、凛はかみしめた。
宅配専門の寿司が届くと、凛の顔が華やぐ。
「小樽といえば、寿司でしょう」
と、たいらげた頃には、拓海を警戒する気持ちが失せていた。
なんだろう。この家は居心地がいい――
断りもなく風呂に入り、必要以上に泡立った髪で、笑った顔を鏡に映す。
楽しいの?――
と、聞いた自分にうなずき、しめは湯船のお湯を豪快にあふれさせた。
拓海に暴君の顔はなく、凛が何をしても自由だった。『大福』を、二個しか食べられなかった仕返しに飽きた頃、陽は沈んでいく。
小樽
「ねえねえ、つまみぐらい出しなさいよ。気が利かないね」
「まだ飲むのか?」
「日本酒飲みたいな。冷やでいいから持ってきてよ」
「いい加減にしろよ」
「わたしが、言いたかった台詞~」
「酎ハイで我慢しろ」
拓海はレモンの柄がついた缶を、テーブルに置く。
「あれ、わたしの好きなやつだ。これ、おいしいよね~」
拓海に向かって乾杯のポーズをとる。首にタオルを巻き、片足を立てる姿が鏡に映ると、オヤジに見えた。
やがて、過剰摂取のアルコールは凛の口を軽くさせ、翔の思い出を語り出す。人に腹の内を明かす心地よさに、口の滑りは絶好調。拓海の肩を叩いて笑い、肩に寄り添っては泣いていた。
「平野、おまえは人の話を聞いているのか?」
凛が机をどんと叩くと、ゴミを片付けていた拓海の手が止まった。
「聞いているよ。俺に絡むな……」
「だから、プロポーズの返事をしに、わたしは小樽に来たの!」
「また、その話か~免許は、そのためなんだな?」
「そう。オロロンラインのカーブを二月十四日に走るの。翔を一人にさせないって、わたしは約束したからね。だから~浅倉は運転を頑張っているのであります」
凛は、拓海に敬礼のポーズを見せた。
「プロポーズを受けてどうする。あの世で式でも挙げるつもりか?」
「最初は、そのつもりだった。でも……」
凛はテーブルに頭を預けて、ため息をついた。
「最近は、ちょっと怖い」
「正常な思考だな」
「ここのみんなは優しい。クズでも受け入れてくれるいい街だ」
「そうだな」
「おまえもきびしいけど、優しいよね……」
グラスから手が離れ、凛は目を閉じる。
「寝るな」
と言われグラスを握り、意味もなく笑う。
「日本酒飲みたい」
のリクエストに、「やっぱり寝ろ」と言われ、毛布にくるまり横たわる。
ラグの心地よさに睡魔が襲うが、名前を呼ばれ、凜は薄目を開けた。
「二月になっても、あいつのところに行くな。あれは事故だ。誰もおまえを責めたりしない」
凜は聞き取ってすぐ、お休みの合図で手をふる。うなずいた仕草で寝落ちを演じ、寝言のように「ありがとう」を拓海に贈った。
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