第2話  雪中運動会 2

 なんだ、この人達は―― 


 凛がぼやいているうちに、大差で『お散歩・常連チーム』が勝利を決める。プログラム一番の雪中バレー、凛は一度もボールに触ることなく、本当に五人で戦っていた。 

「わたし、帰る……」

「だめよ。あなたがいないと綱引き負けちゃうじゃない」

 京香は、皮の手袋をはめ関節を鳴らす。

「わたしがいなくても、困らないと思いますが?」

「六人いないと失格なのよ」

「ああ~」

 とうなずき、数合わせの人員と気がつく。


 四競技中、凛の転倒で障害物競走が最下位になった以外、すべての競技で上位にくい込む。参加は六チーム、総勢三十六人と小規模ながら、『冬の体力増進』の名のごとく、参加者はいい汗をかき、凛だけが寒さで震える。高齢化問題が深刻な中、新光町内も例外ではない。

 平均年齢六十歳の参加者で、ひときわ若い『お散歩、常連チーム』が優勝するのは、凛が足を引っ張ったとしても台本通りだった。  


「凛ちゃん、お疲れさま~優勝なんて、すごいじゃない」

「わたしの手柄ではありません」

 凛は、銀次郎が差し入れたお重を眺めながら言う。仮設テントの隅で巨大ジェットヒーターから一歩も離れられない。公園の真ん中では、上半身裸のはじめが餅をつく。つきあがった餅から湯気が立ちのぼっていた。

 バカじゃないの――

 凛は毛布に包まる。今日の気温は氷点下五度だ。銀次郎がポットから注いでくれたコーヒーを飲み、ようやく凛の震えは収まった。


「トロフィーは、お店に飾りましょうね」

「鼻くその名前は、消しておくぞ。何もしてないもんな?」

 銀次郎の横を通りながら拓海が笑う。凛は無言でコーヒーをすするが、トイレに向かう拓海の背中を目で追っていた。

 競技中、凛がふり返ると拓海は常にうしろにいた。雪に足を取られ、ふらつくたびに拓海の手が伸びてくる。日常生活が送れると言っても筋力は未熟だ。足を引っ張る結果が見えているだけに気が重い。しかし「顔だけ、やっているふりで楽しめ」と言った拓海の言葉で、凛の憂鬱ゆううつは消えていた。


 翔なら、何て言うだろう――


 人混みを嫌う翔に、この騒がしさは耐えられない。それ以前に、「行く必要はない」と顔もあげずに釘をさされて終わる。翔は人との接触を嫌う。それは、凜に対しても同じで、人の輪に入ることを許さなかった。

 公園の中央には各班が作り上げたかまくらが、審査を待っている。

『お散歩、常連チーム』の作品は入口が小さく、かまくらと言うよりエスキモーの家に見える。その上に乗り、健一が凛を手招いていた。

 冬を楽しまなきゃ、そん、そん――

 凛は中央へ歩き出す。健一のエスコートを受け、体を屈めながら、かまくらに入って行った。


「あれ、凜はどこに行った?」

 トイレから戻った拓海が公園内を見渡す。その姿に、お重を広げていた祐気が、公園の中央を指さした。

「健一君のところだよ。かまくらを見に行くって言っていた」

「かまくら……」

 拓海がふり返ると公園に笑い声が響く。かまくらの上でジャンプを繰り返し、入口を壊した健一が雪まみれになってはしゃいでいる。その姿に京香が立ち上がった。


「せっかくはじめさんが作ったのに、審査前に壊してどうするのよ!」

「入口だけだから、すぐ直りやすよ。俺のかまくらは、丈夫だぜ」

「はじめさんは甘いのよ。しばき倒してくるわ」

 京香が歩き出すと、その横を拓海が走り抜ける。「どうしたの?」と声をかける京香に返事もせず、入口前で寝転がる健一の腕をつかんだ。

「凛が中にいるのか?」

「いるよ。『温かいね』って、喜んでいた」

「いつ、入った? 何分前だ?」

「いつって……」

 健一が首をかしげると、拓海の視線がきびしくなった。


「そこを、どけろ!」 

 拓海の声に驚き、健一は体を起こす。拓海は入口に溜まった雪を素手でかきわけ、中に入って行く。かまくらの中から聞こえるのは凛と拓海の声だった。

「ここは、いやなの……息……息が、できない」

「分かっているって、落ち着け」

「ねえ……ここから出たい。ここは、いや――――!」

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