第3章 冬色の羽
第1話 雪中運動会 1
「お母さん、どこまで話をしたかな?」
《仮免一発合格のあたりかしら》
「そうそう。すごいでしょう?」
凛は、電話中に受け取った宅配便のガムテープを外す。送り状を見ると、丸みをおびた文字に、凜は首をかしげる。母親は書道の有段者だ。右上がりのバランスに違和感を覚えた。
《このままいけば、今月中に免許が取れるのかしら?》
と聞かれ、送り状をポケットにしまい「多分」と答えた。
《先生が優秀なのかしらね》
「違うよ。わたしが優秀なの!」
凜が大きな声を出すと、携帯電話から笑い声が聞こえた。
仕送りの段ボールは、
「お母さん、誰がこんなに食べるの?」
《みなさんで食べてね。教習所の先生にも、あげるといいわ》
「賞味期限が切れてから、あげるよ」
《あらあら》
と正美が笑う。その声をかき消すのは包装紙を破る音で、長さから予測して斜めに亀裂を入れている。凛が携帯を切ると、賞味期限前に拓海が食べていた。
「知っていたか? 浅草名物『甘味屋』の大福は、俺の好物だ」
「一人暮らしの女の部屋に、どうして遊びに来るの?」
「一人? 大勢の間違いだろう」
凜の背後には、はじめを追いかけ、健一が走りまわる。
「うるさいわよ」
京香は叱るが、届いたばかりの干物を焼くのに忙しそうだ。風呂からあがった祐衣は、勝手にタンスを開けて凛のパジャマに袖を通す。カラカラまわる換気扇を気にもせず、祐気が台所で酔い潰れていた。
「あの~みなさん? 新年会は、いつまで続きますか?」
「忘年会まで~」
と、髪をドライヤーで乾かしながら祐衣が言う。その後、凛に断りもなく美白美容液で肌を潤し、化粧水で整える。ケチって使う喫茶店のお姉さんより、看護師の月給は高かった。
「祐衣ちゃん、髪が乾いたら、お家に帰ってくれる?」
「うん、もう帰るよ。明日は早いしね~八時に『見晴らし公園』に集合だよ」
「わたしは参加するなんて、言っていません」
「『参加しない』に、丸をつけなかったでしょう?」
祐衣が凛の前でひらひらさせる紙には、新光町内各位と書かれ『真冬の大運動会』の文字が揺れる。案内の日付は一月吉日だが、仏滅のような本文に手が震えた。
「今から不参加は……」
「明日だよ? 無理だから」
競技は四種目、バレーに綱引き、障害物競走とサッカー、そのすべてに雪中の文字がついている。六人編成の町内対抗戦で、優勝は『朝里川温泉』のご招待チケット。はっきり言って裏の山だった。
「明日は、かまくら体験や餅つきもできるよ。楽しみでしょう?」
「いや……」
「優勝を目指そうね。明日、遅れないでよ」
祐衣を力なく見送ると、凛の視線は居間に流れた。そこには、見送りたい人間が五人も残っている。干物の匂いで目が覚めた祐気が飲みはじめ、拓海は黙々と、大福にかじりついていた。
「いいのか? 食わないとなくなるぞ」
「お母さんは、わたしに食べさせたくて送って来たの。勝手に食べないでよ」
「やはり、大福はこしあんに限る」
「――うそ? わたしは粒あんが好きなのに、お母さん間違えた」
「粒あんなど
「帰れ!」
その日、仕送りの段ボールを、常連たちはあっという間に空にした。大福の量も心配要らなかった。宴は深夜まで続き、カラオケ店に流れる気配に凛の足取りは重い。しかし、「唄わない!」の怒鳴り声がいい発声練習になり、一曲目で予想以上の点数に気分が乗り出す。
特別、何かを思い出した訳ではないが、かつらを被りマラカスをふる姿に、わりと陽気な人格なのだと言うことは自覚した。
翌日、吹雪で中止を願ったのにも関わらず『見晴らし公園』の空は快晴だった。凛はスーパーでそろえたスキーウェアーを着て、鈍いラジオ体操を披露する。やる気のなさを競えば凛の優勝は確実だった。
「凛ちゃん、練習通りにやれば、大丈夫だからね」
屈伸運動をしながら、祐気が言った。
「つまり、顔でバレーボールを受けて、綱に引きずられたらいいの?」
「――うん、そんな感じ」
「なら、自信があります」
凛は、長靴の爪先で雪を掘る。
「五人で戦うしかないな」
と言った拓海に、雪を蹴りあげた。寒さのため、町内会長のあいさつは二分で終わる。頼りない打ち上げ花火と共に、『新光町第十四回雪中運動会』の幕があがった。
見かけによらないのが祐気だ。普段のおっとりとした口調から、想像できない回転レシーブで場を盛りあげる。そのボールを、待ち構えていたように祐衣が頭脳プレイで返し、最大のライバル『朝里温泉チーム』に不敵な笑みを返す。
力任せに押し込むはじめと、身の熟しが柔軟な拓海はどんな球でも拾いまくる。さらに、ママさんバレーで鍛えぬいた京香のバックアタックは、見る者を熱狂させた。
何だ、この人達は――
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