第13話  スタントテクニック 

「いや――――!」

 生徒の足が離れる前に、拓海の足が上から踏みつけた。冬道のタブーであるのつく操作に、生徒の顔が引きつる。消極的な手を拓海が強引に右へまわすと、段差に乗り上げバランスを崩す。片輪走行を数秒披露したあと、助手席ドアを地面に叩きつけた。


 雪煙をあげながら教習車は横倒しで、坂を滑って行く。そこに向かうのは、道路のくぼみで跳ね上がるボブスレーだ。健一の体が浮くたびに、凛は胸に抱きしめる。鳴り響くクラクションに、店から飛び出した京香の悲鳴が重なった。


 平面なルーフパネルがボブスレーをとらえると、こすり合いながら徐々にスピードは落ちていく。やがて、左に方向を変えた教習車は、ボブスレーを巻き込み雪山へと追いやる。『見晴らし坂』の住人が見守る中、ボブスレーは雪山目がけて飛び込み、そのあと追って教習車も交差点手前で動きを止めた。


「健一!」

 京香の声を聞いて、健一が腕をすり抜けても、凛の緊張は治まらなかった。黒目を左にずらすと、ボブスレーはひっくり返り、凛の足は二本とも雪に食われて動けない。右横に迫るのは教習車のルーフパネルだ。なぎ倒した木の下に、交通安全祈願のお地蔵さんが転がっていた。

「おまえ……」

 真上からのぞき込まれ、拓海と気がついたがメガネを落としたせいで輪郭しか分からない。健一の泣き声で京香のげんこつが飛んだ気配を悟り、最終検定でスタントテクニックを学んだ生徒が吐いていた。


 すべて、かすんだ世界だった。「バカ野郎――!」と、雪から引きずり出され、凛は雪の上に正座をする。しかし、どの方向に拓海がいるのか分からず、凛は電柱に向かって頭を下げていた。

「俺は、こっちだ……」

「やはり、子供は元気が一番ですね……」

「おまえ、『ボブスレーは車道で遊んではいけません』って、ガキの頃に習わなかったのか?」

「東京では必要のない注意事項です」

「いやいやだろうが、渋々だろうが、ガキを預かっている以上、おまえに責任があるんだぞ!」

「け、けがをしない子は人の痛みも……」

「命と引き換えに教えることか!」

 拓海の罵声ばせいに凛の顔が引きつる。言い訳はいろいろ思いついたが、健一を忘れていた事実が口を重くする。目を離した瞬間、やんちゃは元気ではなく、無謀むぼうに変わる予測ができなかった。


 凛がうなだれると、健一の手が重なる。「凜、ごめんね」と抱きついてきた温もりに、凛は急に悲しくなった。

「健一が悪いのよ! 去年もここで遊んで引かれそうになった。なんかい言っても、分からないんだから!」

「そのくらいにしてあげなさい。もう、りたね? もう、やらないよね?」

 銀次郎に頭をなでられても、健一は凛から離れない。通りの騒ぎで新光町住民のほとんどが通りに出ている。会長のおかみさんは毛布で健一を包み、もう一枚を凛の肩にかけた。


「ケガはないかい? どこか傷むところはないのかい?」

「大丈夫です」

「怖かったね~よく、健一を守ったよ。あの子一人なら、今頃、大変な事故になっていた。あんたが最後まで捕まえていたから無事だったんだよ」

 おかみさんに背中をさすられ、凛の目が潤む。

「あんた、メガネどうしたのさ? 雪に落としたのかい?」

「ああ……明日、探します」

「今、探さないでどうするのさ~今夜は大雪だよ」

「いや、でも~暗いし」

 凛は両手をふって遠慮すると、おかみさんは左手をつかんだ。

「バカだね~あんた指輪も落としたのかい?」

「え……」

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