第56話

「もしかして・・しいのみ保育園って知らない?」

「はい?」

「しいのみ保育園に通っていた瑠璃ちゃんって子が居たのだけれど?」

「はあ?」


「抱っこして、お煎餅とかクッキーとか食べさせてあげたでしょう?瑠璃ちゃんはミロが大好きよね?」


「しいのみ保育園は確かに通っていた保育園だけど・・何?え?意味わかんねえ!嘘でしょう!ハリエット!お前の中身は『おばあちゃん先生』だったのか!」


「瑠璃ちゃん、先生どれだけ心配したと思うの?いきなり居なくなって先生も!お友達も!どれだけ瑠璃ちゃんの事を心配していた事か!」


 二人が手を取り合い、飛び上がって喜ぶ中、赤ちゃんを器用に抱っこした状態のレクネンが不貞腐れた様子でエルランドに尋ねてきた。


「叔父上、これは一体どういう事なのだろうか?」

「どういう事もなにも・・・」


 ハリエットは確かに、生まれ変わる前は保育園の先生をしていたと言っていた。前世、保育園の先生といえば若くて可愛らしい先生を想像するわけであって、まさか、イングリッドの中におばあちゃん先生と呼ばれるほど年季が入った高齢の先生が記憶として入っているとは思いもしなかった。


 感極まって泣き出すハリエットを見て、レクネンのイライラが最高潮に達しようとしているようだ。


「今日はさ!魅了の魔法が解かれた状態のマグナス王とアハティアラ元公爵の処遇について話し合うつもりだったじゃないか!悪い事をしたのは確かだけど、記憶がはっきりしていない状態の人間を極刑にするのもなんだし〜って話だったじゃない?」


 話題を変えるようにしてエルランドが声をかけると、怒りを露わにしたイングリッドが、

「うるせえ!黙れ!こっちはこっちで感動の再会で大変なことになってんだよ!」

と、大声をあげた。


「エルランド様・・ちょっと野暮にも程があるんじゃないですか?この状況で王がどうの・・ヒック公爵がどうのなんて真剣にヒック話し合いがヒック出来ると思います?」


泣きじゃくりながらハリエットが言うので、赤ん坊をエルランドの腕の中に押し込んだレクネンが、イングリッドからハリエットを奪い取り、自分の膝の上にハリエットを乗せたままソファに戻って、

「おしゃべりするならこの姿勢でして欲しい」

と言いながら、ぎゅっとハリエットを抱きしめている姿を、イングリッドが呆れた様子で眺めている。


「てめえが・・先生を・・独り占めにするなんて・・」

「ハリエットは私の妻だ」

「まだ正式な妻じゃないだろう!くそっ!なんで女に転生してしまったんだ!男だったら先生と結婚できたのに!」

「ちょっ・・ハリエット、モテすぎじゃない?」


 あまりの状況に、赤ちゃんを抱っこしたエルランドが呆れた声を上げると、

「若い人相手にモテるだなんて・・また冗談ばっかり!」

と、可愛らしい顔でレクネンの膝の上に座っていたハリエットが、おばあちゃんみたいな事を言い出した。


「そうか・・精神年齢が異様に高いから、王妃に講釈を垂れたり、殿下に説教したり、自分の父親であるオーグレーン侯爵だけでなく、最近ではカルネウス伯爵まで顎で使ったり出来るんだな・・・」


 だから成り上がりが出来たのか?


「いやいやいやいや・・・」


 エルランドが自分の首をブルブルと横に振ると、腕の中の赤ちゃんが目を覚ましてエルランドの顔を見上げてきた。


 そういえば、前世では結婚も出来ず、酔っ払って車に轢かれて死んでしまったが、今世では金もあるし、レクネンの結婚が決まった今なら、エルランドだって結婚することが出来るはず。


「嫁か・・・」


 レクネン相手にバチバチと火花を飛ばしているイングリッドを眺めると、エルランドはため息まじりに首を横に振りながら、赤ちゃんをあやすようにして抱き寄せた。


 帝国との休戦協定は結ばれたものの、このままで終わるはずもない。


アハティアラ公爵家は降爵処分となったものの、辺境伯としてエイナルが継承する事になったし、元公爵は平民とするか、どうするかを悩み中。


正気に戻ったマグナス王が不器用ながら王妃との関係を構築し直そうとしているのを後押ししなければならないし、フィリッパは修道院へ入れるという事で話は決着したものの、入れる予定の修道院がなかなか見つからない。


 すぐに逃げ出せるような修道院に入れてしまったら、フレドリカの二の舞にもなりかねないという所もあって悩みどころではあるのだ。


「はあああ・・ルーリちゃん、ルリちゃんや、この平和な時間が何処まで続く事になるのだろうかねえ」

「叔父上、ルリじゃなく、ルーリだ!ルリだとカエルになってしまうではないか!」


 そこには拘り続けるんだなと若干呆れながらも、嬉しそうに瞳を輝かせるイングリッドを見て、とりあえずは良しとするかと思う事にした。


 前世、色々と問題があって麻薬の売人にまでなった少女は、今回の戦では想像も出来ないような手に打って出て、あっという間に血を流さない方向で話を進めていってしまったのだ。


 今世でも家族には恵まれず、色々と問題を抱えたまま一人で立つしかない状態に追い込まれた彼女が楽しいのなら、色々解決していない事が山ほどあっても、それで良いのではないかと思ってしまう。


 何とか心の着地点を見つけたエルランドは、大騒ぎにもめげずにニコニコ笑う赤ちゃんを抱っこしながら、ただただ、窓から見える青空を眺め続ける事にしたのだった。


 その後、砂漠の大国ジュバイルの大使が訪れる事となり、ゴタゴタが更に発生する事になるのだが、それはまた別のおはなしでという事になる。


〈完〉


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成り上がりの悪役令嬢 もちづき 裕 @MOCHIYU

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