魔法少女の未来
「中々面白いものを見ることが出来た。付いてきて正解だったよ」
「ジャンヌの代わりとして来たと知った時は少し不安だったけど、色々と楽しかったわ」
パース魔法局で回復魔法を大盤振る舞いした後に言われた、グリントさんとクラリッサさんの一言である。
楽しそうでなによりですねと言ってやりたいが、相手は一応俺より年上であり、ランカーだ。
黙って聞き流すのが、一番被害が少なくて済む。
「後は報告して終わりですか?」
「そうだね。少々不可抗力もあったが、ギリギリ時間には間に合いそうで良かったよ」
約束の時間は18時だが、だからとギリギリに帰っては拳骨を食らう事になる。
副局長とアロンガンテさんに報告する事を考えれば、ギリギリだが少し早めに帰れるだろう。
「二日掛かる予定の日程を、僅か半日まで早めるなんてね。さて、着いたわ」
半日振りの副局長の執務室だが、結局名前は知らないままだ。
折角だし、このまま知らなくても良いだろう。
「ああ、戻ったのですね。今回は迷惑を掛けてすみません」
半日振りに見る副局長の顔色はあからさまに悪く、今にも倒れそうだ。
どうにか復興が進み始めた中での、魔法局の不祥事。
まともな常識があるものなら、こうなるのは仕方ないだろう。
「気にするなとは言えないが、復興で忙しい時にこそこそとされていては仕方ないだろう。一応報告はしておいたが、騒ぎを起こした魔法少女たちが処罰されることはない」
「ご配慮痛み入ります」
グリントさんが何をしていたかは後でアクマに聞くとして、まだきな臭い話はあちこちであるのだろう。
アロンガンテさんが処罰したのは、直ぐに対処しなければならない過激な連中だ。
おそらく全員と言う訳ではないが、他に対する牽制には十分すぎる量だ。
最低でも魔女の騒ぎが落ち着くまで時間が作れれば、御の字と思って行動したのだと思う。
まあこんな結果となって頭を抱えているとは思うが、いざとなれば楓さんかゼアーが動くだろう。
「報告ですが、資料にあった魔法局の患者全員の治療が終わりました。後はアロンガンテさんと直接お願いします」
「この度はありがとうございました。我々の不手際で予定がずれ込んだ事を、改めて謝罪します」
「無理を言ったのはこちらですので構いません。それでは失礼します」
下手に畏まれるのも面倒だし、早々に立ち去ってしまおう。
「それじゃあお疲れ様、また機会あれば会いましょう」
テレポーター室でクラリッサさんとも別れを告げ、オーストラリアでの仕事は終わりとなった。
ついでに、寝ているジャンヌさんには休暇を1日プレゼントする事が出来たし、恩返しといては丁度良いだろう。
「お疲れ様です。随分とお早いですが、何か問題でもありましたか?」
「いや、終わったから帰ってきただけさ。ジャンヌが褒めるだけあり、凄いものだったよ」
怪訝そうにしている受付の妖精を無視して、さっさとアロンガンテさんの執務室へと向かう。
「お疲れ様でした。報告は受けていますが……人とは度し難いですね」
あらら、思った以上にお疲れのようだな。
「どうやら後始末に苦労しているようだね。報告をしても良いかい?」
「……お願いします」
グリントさんは乾いた笑みを浮かべた後、俺の代わりに報告をしてくれた。
主な報告は俺の事ではなく、ダーウィンで起きた事件についてだ。
発端は局長がやっていた横流し……人身売買だ。
何故アロンガンテさんが前回処罰できなかったかについてだが、全て国内で完結させ、テレポーターを使用していなかったからだ。
更に書類の類もほとんど使用せず、受渡しも紙媒体のみで全て焼いていたらしい。
他の協力者はダーウィンの魔法局員数名と、ダーウィンの局長が人身売買をしていた組織のみ。
証拠らしい証拠は今も出ていないが、今回騒ぎを起こした魔法少女の証言だけでも事足りるらしい。
魔法少女たちは一旦グリントさんが預かり、あの副局長と相談して処遇を決めると聞いて、少しだけアロンガンテさんは安心していた。
見て分かっているが、アロンガンテさんは仕事を振るのが下手そうだ。
「後は二日間を予定していたオーストラリアの依頼は今日終わったから、ジャンヌには一日休みを与える事ができるだろう」
「時間単位での休みはあっても。中々纏まった休みを与えられていませんでしたからね。ありがとうございます」
「此方も治して頂いてるので、お互い様です」
ジャンヌさんの休みについては全く気にしていなかったのだが、二日予定の仕事を一日で終わらせたのだから、一日空きが出来るのだ。
流れに乗ってさも恩返しのためとしてしまっているが、別に構わないだろう。
「報告は以上だ。私はこの後、件の魔法少女たちについて話し合いに行くとするよ」
「宜しくお願いします。イニーも帰って頂いて大丈夫です。ジャンヌの代わりをしていただき、ありがとうございました」
「いえ。これも任務ですので。それでは失礼します」
グリントさんは個別でアロンガンテさんに話があると言うことで残り、さきに執務室を出ていく。
なんとか約束の時間までに終えることが出来たが、一度テレポーターまで行った後に転移する時間はない。
(頼んだ)
『りょうかいー』
また後で文句を言われるかもしれないが、転移で帰ることにした。
水上は山の中なだけはあり、既に日は落ちている。
家の明かり以外まともな光源が無いので、田舎だと再確認させられる。
結構慣れ親しんで来ているが、もう直ぐ別れがやってくる。
温泉に入れなくなるのは残念だが、仕方ない。
家の中に入り、変身を解く。
今の服装はジャージか。何を着ていたかたまに忘れてしまうんだよな。
「帰りました」
「お帰り。もう出来るわよ」
家の中にはカレーの匂いが充満しているな。
ジャンヌさんのおかげで俺の身体は健康だが、内側はまだ時間が掛かる。
食べられるだけ食べなければ。
テーブルの上にはサラダと福神漬けが置かれており、後はメインとなるカレーだけみたいだ。
よっこらせっと席に着くと、タラゴンさんがカレーを運んできてくれた。
「ほぼ時間通りね。大丈夫だったの?」
「私の方は大丈夫でしたが、魔法局の方で少々問題がありましたね。そっちはグリントさんが処理するみたいです」
「これ以上アロンガンテには無理させられないしね。それより、食べちゃいましょう」
「はい。いただきます」
甘口のチキンカレー。
甘口なのは俺の好みだが、記憶を思い出してい以降、たまにチキンカレーが食べたくなる。
姉の好物だったからでもあるが、家族としての思いでの食べ物でもあるからだ。
姉が魔法少女になった日に食べたのも、チキンカレーだった。
もう少し高価な物でも頼めば良いと、文句を言った記憶が微かに残っている。
時間が解決するとはよく言ったものだが、思い出したからとあの時のように燃えるような憎しみが湧き上がることはない。
いや、そう言えば憎悪……フユネにそこら辺の感情を奪われているんだったな。
「どう? 美味しい?」
「はい」
「それは良かったわ」
タラゴンは軽く笑い、俺を見ながらゆっくりと食べる。
タラゴンさんのカレーは、良い素材を使っているだけあってとても美味しい。
火の通りや煮込み具合も非の打ち所がなく、レストランでも出せる一品だろう。
そう言えば、姉の伝言で馬鹿と言われたが、魔女との戦いが終わった暁には報酬として、話をする機会を頼んでみるか。
「そう言えば、新しいランカーの話は聞いた?」
「軽くは聞いています」
「なら話は早いわね。イニーはどうするの?」
どうすると聞かれても、どうする気もない。
なりたいのならば勝手になれば良いし、なりたくないのならば断れば良い。
俺みたいな特殊な事例でなければ、ランカーになるのは断ることが出来るのだからな。
「どうすることもないですね。私の目的は魔女を倒すことだけです。お世話になっているので所属はしていますが、それ以上はないです」
「そう。私も無理強いする気はないわ」
それはタラゴンさんの顔を見れば分かる。
念のため聞いておこうとしたのだろう。
「ただ、魔女さえいなくなれば魔物の異常発生はなくなるので、心配はしていません。私がさっさと決着をつければ済む話ですからね」
「……その後はどうする気なの?」
……何も言わないようにしていたが、さすがに怪しまれてしまったか?
いや、まだ大丈夫か?
「何も決めていないですね。魔法少女を辞めて無難に生きようかとは考えています」
「……そんな事が出来ると本気で思っているの?」
「まあ……無理でしょうね」
魔法少女を辞める場合、もう変身をしないと契約をしなければならない。
だがそうした場合、間違いなくまともな生活を送ることが出来ないだろう。
肉体的な問題もあるが、表向き俺は施設の関係者となっている。
それだけではなく、回復魔法はジャンヌさんと同程度使え、アルカナが無くてもS級の魔物と戦う事が出来る。
そんな人物を世界が放っておくとは到底思えない。
いくらタラゴンさんが居たとしても、平穏とは程遠い生活しかできないだろう。
「……アクマだったかしら。聞いているなら出てきなさい」
タラゴンさんの声に反応して、アクマが同化を解除する。
一言くらい言ってくれても良いと思うのだが、どうか俺が責めれるような言葉を言わないでくれれば良いんだが……。
「出てきたわね」
「まあね。下手に拗れない方がハルナのためになるだろうしね」
「そう。それで、もしも魔女を憂いなく倒せたとして、その後どうなるのかしら?」
「もう分かっていると思うけど、この世界の魔女は分体の1つでしかない。そして、戦えるのはハルナだけだよ」
遠回しな言い方だが、言葉の意味は誰にだって理解できる。
俺自身が望み、契約として偽史郎と話してある。
寿命の問題がどうなるか分からないが、アクマの話から推測するに、数百年は必要だろう。
他の世界に行きました倒しましたとは流石にならない。
それに、俺とは無関係だが星喰いの件もある。
無関係は言い過ぎたな。魔女が星喰いを利用している以上、セットで考えなければならない。
星喰いの魔力については今の俺でも相性が悪い。
別空間に飛ばすなど出来ればいいが、それはアルカナを同時解放しても無理がある。
そもそも魔法少女とは魔力に”適応”しただけの存在だ。
適合や初めから馴染んでいたならまた変わったかもしれないが、無理をしている以上限界がある。
その限界を無理やり超えていたのが桃童子さんなのだが、あれは特異な例だ。
もしもあのまま桃童子さんが無理をせず、魔力に馴染めたのならば違った未来もあったかもしれない。
「それは、この世界からハルナを連れ去るって事で良いのかしら?」
「少し語弊があるね。選んだのはハルナ自身だよ。それに、私が決められる事ではないからね」
「……ハルナはそれで良いの?」
「初めから決めていた事ですからね。アクマが拒否したとしても、既に手は打ってあります」
アクマは本当は戦いなどしたくないが、仕方なく俺に従っている。
だが、エルメスはアクマとは違い、俺の選択には従う。
俺がやろうとしているのは大きな括りでは善行となるので、エルメスは俺の選択に従うだろう。
それにアクマたちの上司である偽史郎も使命がある以上、俺の選択を支持する。
「――それで良いの? なにかも捨て去って。ただ戦うための道具になり果てる気なの?」
「そこまでではないですよ。過程はどうあれ、やる事は今と変わりませんし、休む時は今みたいに休みますよ」
「個人的な見解だけど、そう簡単にハルナの精神が擦り切れることはないと思うよ。それに、先に魔女の本体を倒せさえすれば、後は自由だろうからね」
精神とは感情であり、俺の場合は少し他とは異なる状態だ。
それに好き好んで戦っているのに、嫌になるなんて事はない。
限界はあるだろうが、それはアクマの言う通り、魔女を倒して自由になった後だろう。
目的がある限り、問題ない。
今タラゴンさんが何を考えているかは分からないが、互いに譲れないものがある以上、どこかで妥協しなければならない。
「……ハルナが此処に残れる方法はないのかしら?」
「残るのは不可能だけど、戻ってくる方法はあるね」
単純に魔女の本体を倒せば、俺は自由となる可能性がある。
そうすれば帰ってくることも出来るだろう。
「話の途中ですが、おかわりをお願いします。」
「……はいはい。あんたもジュース飲む?」
「折角呼ばれたことだし、貰うとするよ。リンゴジュースを宜しく」
今更だが、食べ終えてから話を始めれば良いのに、何故食事中に話を始めたんだ?
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