魔法少女と姉心
タラゴンさんはお代わりのカレーを持ってくる時に、ちゃんとアクマが頼んだリンゴジュースを持ってきた。
「それで、方法って魔女の本体を倒すことよね? どれくらい掛かると予想してるの?」
「全く未知数だね。一年かもしれないし、百年かもしれない。それに時間の流れも違うから、タラゴンが生きている内に戦いが終わるとは限らない」
肝なのは、魔女の分体を全て倒さなくても良い事だろう。
個人的には全部倒しながら回りたいが、時間制限があるので無理だろう。
「……それでも、ハルナが帰ってくる可能性はあるのよね?」
「この世界で勝たない事には何も言えないけど、ハルナ次第では普通に帰ってくることも出来ると思うよ?」
「………………それを先に言ってくれないかしら?」
先の事は分からないが、アクマたちアルカナが世界を行き来している以上、俺も出来るようになるはずだ。
これまでのアクマの話を聞いている感じでは、他の世界と行き来するのに制限らしい制限は無いように感じる。
ただこの世界がある木から、全く違う世界がある木に行くのは無理らしいが、これは蛇足だろう。
俺がこの世界からおさらばしたとして、帰ってこれない事もないのだ…………帰る気はないけど。
「そうは言ってもハルナ次第だからね。ハルナに帰る意思がないのなら、戻ってくることもないよ」
「なるほどね。考えようでは他国への出張とそう変わらないと。魔女と戦い続けなければいけないけど、この世界にずっと居るよりはマシなのかもね」
タラゴンさんの表情が柔らかくなり、アクマとの間にあった緊張感が解ける。
それを言われると悲しいが、顔が割れてないとはいえ、魔女の居なくなったこの世界に居るのはあまり良くない。
魔女の驚異が無くなれば、少しの平穏の後に再び荒れることになるだろう。
アロンガンテさんが頑張っているとはいえ、限界はあるだろうし、人の欲が尽きることはない。
魔物も魔法少女も居なくなれば話は変わるが、星喰いが居なくなったとしても、魔力が残る以上消えることはない。
「ハルナが本心から決めたのなら、これ以上何も言わないけど、たまには帰ってくるのよ」
帰ってくる気はあまり無いが、常に戦い続けることが出来ないのは分かっている。
仮に人ではない存在になったとしても、精神はそう簡単に変わることはない。
なので……なんだ。いつでも入れる温泉は魅力的だし、このカレーもたまには食べたいものである。
「お姉ちゃんが生きている間は善処します」
「殴るわよ?」
それは理不尽じゃないですかね?
1
最後の最後で馬鹿なことを言ったイニーとの食事と、食後の休憩を終えたタラゴンはひとりでお風呂に入った。
イニーは既に部屋に戻り、疲れから既に寝てしまっている。
勿論しっかりと風呂に入り、堪能してからだ。
「やあ、待たせたね。気分はどう?」
「だいぶ落ち着いてるわ」
湯船に浸かっているタラゴンのもとに現れたのは、アクマだった。
アクマは食事中に、タラゴンに後で話がしたいと、イニーに分からないように伝えていたのだ。
「それで、何の用?」
「ハルナは例外として、現地の人と関わるのはあまり良しとされていないんだ。ただ、君はハルナの事を本当に愛しているみたいだから、例外として少し話しておこうと思ってね」
アルカナはなるべく世界に痕跡を残さないために、過度に現地の人間と接触しないようにしている。
それはハルナにも言えることだが、魂と身体が別であり、元々この世界の住人なので、強制力はそこまでない。
「例外……ね」
「他言無用の話だから、他に話せないように契約してもらう気だけど、どうする?」
アルカナたちの管理者である偽史郎と繋がっているアクマは色々と制限があるが、抜け道はいくらでもある。
そして、アクマがタラゴンに話を持ち掛けた理由だが、イニーの生存率を上げるためだ。
これまでの敗北は、アクマの根に深い影を落としている。
どれだけイニーが強くなろうとも、ひとりの魔法少女が出来る事には限界がある。
魔女が物量で攻められると知っているアクマには、全てをイニー任せにする事は出来ないのだ。
「構わないわ」
「そうだと思ったよ」
アクマがタラゴンに額へ触れると、魔法陣が浮かび上がって消えた。
「これで良し。軽くは前に話したけど、先ずは封印されている魔物について話そうか」
「前置きはいいから、早くなさい」
「そう急かさないでよ……と、その前に風呂から出なくて良いの?」
「……そうね。このままでも良いけど、流石に長話をする場所じゃないわね」
タラゴンは変身していなくても暑さにかなり強く、イニー程ではないが長湯を好む。
なにより風呂好きが高じて、お風呂に温泉を引くほどだ。
他にも家を構える候補はあったが、家の手入れや利便性を考えて今の場所となった。
風呂から上がったタラゴンは一度変身して水気を飛ばし、直ぐに解いて服を着た。
能力の無駄使いだが、髪を拭いて乾かすだけで十数分掛かる事を思えば、賢い選択と言えるかもしれない。
「あんたはなんか飲む?」
「さっきと同じで良いよ」
風呂上りということでタラゴンは温めた牛乳を用意し、アクマ用にリンゴジュースをリビングのテーブルの上に置いた。
「先ずは封印されている魔物について話そうか」
アクマはイニーへと話した内容と同じものをタラゴンへと話した。
違うのは、楓が助からない可能性を細かく伝えた事と、桃童子の限界突破を教えたことだ。
楓やジャンヌが秘匿していただけあって、タラゴンは何も知らなかった。
だが不自然だとは分かっていたため、すんなりとアクマの言い分を信じた。
互いの思想のズレはあるにせよ、イニーを思う心だけは同じだと認めているからだ。
「なるほど。個人的には楓に生きて欲しいけど、どうにかなる方法はないの?」
「星喰いの特性上、下手に別空間に飛ばしてもこの世界に影響を及ぼすからね。他の世界にも飛ばせないから、対処はこの世界でやらなければならない以上、難しいね」
「……楓が魔女に勝てる可能性は?」
「皆無だね」
星喰いを倒す事が出来る魔法少女は楓以外にも居るが、後始末出来る魔法少女は今の所楓とイニーだけだ。
下手に部外者が手を出せば被害を広げるだけなので、魔女と星喰いはイニーと楓に任せるしかないのだ。
「勝っても失う代償が大きすぎるわね……楓の存在は世界の抑止力としては正常に働いているわ。楓が居るおかげで防げている事件もあるでしょうしね」
「アロンガンテが頑張っているけど、荒れるだろうね」
世界で最も強い魔法少女。その献身により世界は仮初の平和を得る事が出来た。
楓が魔法少女になったのは8歳の頃であり、翌年にはランカーの仲間入りをしていた。
正確には知っているモノを模倣する能力だ。
有機物以外の制約は付くが、楓が本気を出せば世界を滅ぼすのは容易い。
性格は善性のものであり、楓が現れなければ、世界は今も穏やかに破滅の道を辿っていただろう。
そんな楓の死が確定していると言われれば、どうにか出来ないかと考えてしまうのが通常の思考だ。
イニーと楓。
そのふたりだけで済めば良いのだが、ジャンヌは楓が居なくなれば魔法少女を辞めると公言している。
それに伴う混乱はあるだろうが、回復魔法が使える魔法少女の選別をしっかりとしていたおかげで、そこまで混乱しないだろう。
更にイニーとは違い各国に弟子が居たり、要人ともパイプを作っているため、魔法少女を辞めたとしても火の粉が降りかかる恐れはほとんどない。
だが桃童子を始め、三人のランカーが日本から居なくなれば、日本の戦力は激減する。
それは他国にも言える事だが、魔物だけが脅威である内は良いが、人と人が争う場合になった場合、日本の立場はかなり悪いものになる。
それが客観的な感想となるだろうが、戦力的に言えばブレードひとり居れば問題ないのだ。
タラゴンやアクマが言っている荒れるとは、政治だけの事だけだ。
「受け入れたくはないけど、それが最善ってなら受け入れるしかないのね……」
M・D・Wとの戦いの時、イニーが死んだと思い暫しの間その場に残っていたタラゴンだが、本当に死んでいたとしても次の日には割り切れていた。
魔物が現れてからは死は常に身近な物であり、魔法少女である以上避けられない悲劇なのだ。
「出来れば犠牲無く倒せるのが良いんだろうけど、それについてはそっちで考えてね。あまり時間も残っていないだろうし」
「そうね。勝手に決められて勝手に救われるのは性に合わないわ」
楓でないといけないかもしれないが、もしかしたら方法が他にあるかもしれない。
アクマとて全ての魔法少女を把握しているわけではないので、それ位しか言えない。
もしかしたら楓以外の犠牲で済むかもしれないし、下手な事をして世界が滅ぶ可能性すらある。
世界が滅ぶのはアクマやイニーも望んではいないが、大局で見ると些細な事だ。
結果として星喰いと魔女が倒せ、イニーが生き残れば次に繋がるのだから。
「魔物についてはそれ位だね。次はハルナの事について少し話そうか」
「あの時話した以上にまだ何かある訳?」
誰がどう見ても普通ではない少女。
無感情無表情。何なら五感すらないのではとすら言われている始末だ。
マスティディザイアでの戦いでは、皮膚から骨が突き出る程の怪我すら表情を変えず、呻き声すら僅かだった。
それが魔法少女の時だけならば能力として片づけられるが、変身を解いている時も無表情なままだ。
好き嫌いがあったりする事には、タラゴンは安心感を持てるが、現実味の無い生き方に危機感を持っている。
「私がハルナを助けたって話したと思うけど、少し語弊があったんだ」
今アクマが話そうとしているのは、エルメスと打合せした嘘だ。
口では戻ってこれると言っていたアクマだが、出来得る限りハルナとだけ一緒に居たいのだ。
その為には、出来る限りこの世界にイニーという存在を、刻まないようにしなければならない。
縁とは魔法とは違った不思議な力を持ち、何の拍子に結び付くか分からない。
完全に切ることは出来なくても、イニーの形をした別のものを用意すれば、多少は効果がある。
そもそも、史郎が素性を隠す意味はただの自己満足であり、アクマが誘導して隠すようにしているのだ。
この世界で一生を終えるなら問題ないが、今後の事を考えれば更なる嘘を重ねた方が良いのだ。
だからと言って悪意のある嘘は、アルカナの制約上言うことが出来ない。
更に言えば、どこかのタイミングでエルメスの事を話しておかなければ、誤解を生む恐れもあり、これまでの嘘を更に上塗りすることにしたのだ。
「実はこの世界には、私以外にもアルカナが居て、陰ながらハルナを助けていたんだ」
アクマとエルメスが考えた話は、ハルナが特別な存在ではなく、 エルメスが憑依していたから施設で生き長らえる事ができたという内容だ。
エルメスの能力は形であり、形あるものを操ることができる。
ただ、形と言っても目に見えるものだけではない。
思想。想い。感情。これらもある程度エルメスは操ることができる。
施設で壊れそうになっていたハルナの感情や思想をエルメスが弄った事により、ハルナはあのような状態でも生き長らえることができた。
しかし、生き長らえることが事が出来たのだが、問題が起きた。
あまりにも過酷だった施設での生活のせいで、エルメスが弄った感情を元に戻すことが出来なかったのだ。
更に痛みにも鈍感となり、投薬や実験により一定以上の筋力が付かないようにされている。
イニーは初めから純後衛として育てられてきたが、筋力があれば本人の意思次第では脱走される恐れがあった。
いつ死んでもおかしくない環境だったが、エルメスが常に微調整していたため、アクマが来るまで生きていられた。
何故エルメスが契約をしなかったかについては、アクマと同じ理由だ。
エルメス単騎では魔女に勝つことができない為、潜んでいたと言う訳だ。
イニーだからではなく、運悪くエルメスが居たため生き残れた。
そうすることにしたのだ。
実際は全て噓であるのは、言うまでもないだろう。
ならば、どうして今のイニーが出来上がったのか?
これについては嘘と同じくエルメスが関与しているが、史郎の感情が強すぎたのが原因だ。
エルメスが感情を抑えなければ、死を厭わないで犯人となる魔法少女を殺す気であった。
エルメスが感情を抑えた反動で表情が乏しくなってしまったが、無表情なのはアクマが用意した身体のせいだ。
現在ソラと呼ばれている存在は、他の世界線で活躍していた魔法少女であり、とある国のランキング5位。つまりランカーだった。
能力が特異であり、死後も身体を保存してアクマに託したが、全く同じ状態とはいかなかった。
身体を保存するに辺りソラは対価をしっかりと払ったのだが、流石に世界を跨ぐとなると足りなかったのだ。
そして与えられたデメリットは全筋力の低下。
流石に、普通に暮らす分には問題ないが、魔法少女としては致命的な弱点だった。
このデメリットをアクマが把握していない理由は、SYSTEMが独自の判断で行ったからだ。
ソラが払った対価では世界を越えさせるのは無理があったのだが、アクマの事を考えて何とか世界を越えられるようにした結果だ。
もしも史郎がイニーとなった時に、近接系の魔法少女であったなら大問題となったが、運良く純後衛だったから良かったものの、初戦で死んでいた恐れもあった。
本来ならそれだけで終わるはずだったのだが、イニーとなった史郎には憎悪があった。
これが変質した結果、第二形態と呼ばれる状態になれるようになり、SYSTEMのデメリットを受けない状態になれた。
その理由は、SYSTEMがエラーを吐いたからだ。
イニーとはソラの身体が魔法少女となった姿だが、第二形態は憎悪であるフユネが魔法少女となった姿だ。
身体側にSYSTEMのデメリットがあるが、この世界の生き物? である憎悪には適応されない。
しかし、元となる身体はこの世界のモノではない。
結果的に剣を振るっても問題ない身体を手に入れたのだ。
アルカナ3種類(ふたり)に同居人がふたり。
常人なら頭がおかしくなりそうな状態だが、ハルナが無事な理由は本人もよく分かっていない。
傍から見たらどころか内側から見てもおかしいのだが、当の本人は夢の中である。
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