魔法少女と望まない二つ名
イニーがダーウィンに着いて呆れていた頃、グリントから連絡を貰ったレルガンは今にも倒れそうなほど顔を青くさせていた。
(締め付けが足りなかったか……いや、最も規模が大きい故に、あれ以上は…………)
魔女によってオーストラリアが結界で隔離されたさい、魔法少女と魔法局はかなり揉めていた。
人徳のあるランカーがひとりでも居れば、あれ程荒れることもなかったのだが、今となってはどうしようもない。
今回も前回も非は魔法局側にあるのは明らかであり、判断を誤ればオーストラリアが滅ぶ可能性すらある。
更に言えば早く仕事を終えたいと言っていた、イニーに歯向かう事をしている。
グリントが居るので早まる事は無いと思うが、11歳の少女という事を考えれば、癇癪を起さないとも限らない。
――イニーにはオーストラリアを滅ぼす動機があるのだから。
「局長!」
「話は先程聞いた。……全く、馬鹿な事を考えるなと注意しておいてこの体たらくだ」
レルガンはノックすら忘れて局長室に入るが局長は特に咎めず、レルガン程ではないが青い顔をしていた。
汚職をしていた魔法局職員の末路を、アロンガンテは全ての魔法局の局長に渡していた。
最も罪の重い者は死刑だが、軽い者でも生きて日の目を浴びる事はないだろう。
魔法少女だけでなく、魔法少女に関係する罪を犯した場合、通常とは異なる法が適応される。
減刑は無く、一度決まった刑を覆すのは不可能だ。
これから先減るダーウィン魔法局の人員と、この事件の責任をどうするかと、局長は悩んでいた。
「処分はどうするのですか?」
「関係者を洗い出して全員妖精局に任せるつもりだ。被害を受けていた魔法少女たちにも補填をしなければならんし、せっかく回復魔法を使える魔法少女を派遣してくださったアロンガンテにも詫びを入れなければならん」
「……事と次第では連座もあり得ますが?」
「私は勿論、君もやるべき事はやっている。そんな事にはならないだろうが、更に忙しくなることは必須だろう」
アロンガンテによって一掃された結果、潜んでいた芽が今回みたいに開く可能性はまだまだある。
最初から全てを取り締まろうとアロンガンテも思っていないのだが、命が関わっている以上落し所を作るのはかなり苦労していた。
どこぞの馬鹿が会議室に居た全員を巻き込んで自殺したため、手に入る筈だった人員はひとりとして増える事はなく、更に魔女によって三日程閉じ込められていたため、仕事も溜まりに溜まっている。
ただでさえオーストラリアはアロンガンテにおんぶに抱っこなので、これ以上負荷を掛けたくないのだが……。
「ダーウィンの洗い出しは私の方でやっておきます。後少しすればクラリッサも空くので、それから踏み込もうと思います」
「済まないが頼んだよ。件の魔法少女は何か言っていたかね?」
「クラリッサからは何も。負い目がある以上、何も起きなければいいのですが……」
「そうだね。個人として簡単に国を滅ぼせる事が、1位の条件となっているが、あくまでも抑止力としてだ。責務を負っていない魔法少女が平然と出歩いているのは正直恐ろしい」
「ですが……」
「分かっている。そんな魔法少女を作り出してしまったのは、我々馬鹿な大人なのだ。とにかく、やれることをやろう。頼んだよ」
「……分かりました」
魔法局と魔法少女の不仲は今に始まったことではない。
最初の十年間程は互いに手を取り合って戦えていたのだ。
だが、それもある計画を始動した事により、不和が広がり始める事となる。
それが人造魔法少女計画だ。これが魔法少女への覚醒を促す程度の計画なら良かったのだが、そんなものではなかった。
初期案の段階で、既に人道に反していたのだ。
死への恐怖が人を狂わせたのか、それとも好奇心が人を惑わせたのか。
今となっては最早知る術はない。
施設。研究所。孤児院。固有の名称を持たず、今もなお世界中で動いている。
一番の悲劇は、結果を出してしまったことだろう。
その結果さえ出なければ、誰も目をくれず廃れたかもしれないが、最終的に世間にはイニーフリューリングと言う完成形が現れてしまっている。
イニーの嘘が招いた結果ではあるが、その嘘により研究は激化してしまっている。
魔法少女たちも研究所を断絶しようと頑張っているが、それは今もなお叶っていない。
一番の原因は魔法局内に協力者が居ること。次にほとんどの研究所がスタンドアローンで動いているからだ。
横の繋がりはほとんど無く、ひとつの目的のために個別に動いているため、断絶するには物量で押し潰すしかない。
しかし魔物と言う驚異が居る以上それも出来ず、見つけ次第潰す程度しか出来ていない。
(全く。何を馬鹿なことを考えているんだ……)
自分の執務室に帰ってきたレルガンは直ぐに知り合いであるダーウィンの職員に連絡を入れ、ダーウィンの局長やその派閥の職員が何をしたのかを聞き出した。
「……それは本当か?」
『はい。元々噂はあったのですが、どうやら一部の魔法少女を研究所に送り出したり、不当に扱ったりなど、色々と裏で動いていたみたいです』
「……クラリッサかグリントは何か言っていたか?」
『指定討伐となっていましたが、グリントが自分預かりとしていました。また、通路にはクラリッサの怒鳴り声が何度か響いていま……す』
馬鹿なのか?
そう口から出そうになるが、貰った報告から既に救いようのない状態だと察して、ため息だけが口から零れた。
こうなるまで状態を知る事が出来なかったのはレルガンや局長の落ち度だが、表に出ないように動いていたダーウィン魔法局の局長が一枚上手だったのだ。
テレポーターで直ぐに行き来出来るとは言え、それすら出来ないほど仕事に追われていた。
もう一ヵ月もあれば何とかなったかもしれないが、こうも事態が動き出してしまえば、否が応でも対応しなければならない。
「そうか……急な要件以外の報告は後に回して良いと言った、こちらの落ち度だな。巻き添えにならないように、当面は静観していてくれ」
『承知しました』
通話を切ったレルガンは国が滅びないようにと願いながら、ダーウィン魔法局で処罰する人員を纏めていくのだった。
1
「聞いたか? どうやらダーウィン魔法局で不祥事があったらしいぞ」
「そんなもの映像を見れば分かることだろうに……あの白騎士と話していた魔法少女とは何度か話した事があったな」
イニーがダーウィンでの治療を終える少し前、次に訪れる予定となっているパース魔法局ではダーウィン魔法局の噂で持ちきりだった。
「久々に白騎士の機体を見たけど、相手をしていた子には同情するよ」
「急に映像は止まったしな。どうなったか知らないが、あまり詮索はしない方が身のためだろうね」
ダーウィン魔法局の管轄内での騒ぎだったが、グリントが名乗り出たため、直ぐにオーストラリア中に知れ渡ることとなった。
パース魔法局はレルガンから連絡を貰い、不思議に思いながらも患者たちを集めていたため既に準備は終わっていたが、クラリッサからダーウィンがまだ終わっていないと言われていたため、待機していた。
「聞いた話だが、ダーウィンの局長や職員が色々と汚職をしていたらしいぞ」
「今の時期にか? 少し前に一掃されたばかりだろう? 動くにしては早すぎないか?」
アロンガンテが全て悪いわけでは無いが、かなりの人数の魔法局職員や魔法少女が表舞台から姿を消した。
そんなアロンガンテが、事実上魔法局のトップに居るのだ。
捕まらなかったからと続けて悪さをするのは、正に馬鹿だろう。
「これは噂の域を出ないのだが、数人の魔法少女が蹶起したらしい。それで一気に明るみに出たそうだ」
「さっきの映像の魔法少女たちだろう? 勇気があるとは思うが……あの白騎士を信じるしかないか」
そんな会話がパース魔法局の食堂で行われていた頃、とうとうイニーがパース魔法局にやってきた。
時間は17時ジャスト。
これまでと同じように治療して回れば、時間に間に合うことはない。
その為にイニーが取る方法はアルカナを使用した広域の回復魔法だ。
「そう言えば、今回の治療の担当って聖女じゃないらしいな」
「そうなのか? 確かに色々と気になっていたが、一体何人くらい来ているんだ?」
「それがなんとひとりだけらしい」
そんな馬鹿なと男は笑うが、ふととある事を思い出す。
「……もしかして、前にオーストラリアを救った?」
「ああ。驚異的な速さで回っているらしい。それでパースでも準備しろってことだ」
オーストラリアに居る魔法少女や職員は、全員イニーの事を知っている。
どう思っているかはそれぞれ別だが、救ってもらった恩くらいは感じている。
『魔法局に居る全職員並びに関係者へ通達します……』
突如としてパース魔法局内に流れた放送。
それは今から大規模な魔法が展開されるけど、気にしないでねといったものだ。
反応はマチマチだが、放送している以上本当の事だろうと、皆が思った。
しかし本当の事とは思っても、そんな事を出来るのかと疑問もある。
日本は土地関係上他国に比べて魔法局は小規模だが、オーストラリアの場合半径5キロ程ある。
それだけ大規模の魔法を使える魔法少女が居るのかと考えてしまうが、先程雑談をしていた男の様にピンとくるものは多数居た。
「あの時の様に雨を降らすんだろうか?」
「休憩時間はまだあるし、見に行かないか?」
雑談をしていた男たちは、魔法局の最上階にあるテラスへと向かった。
普通に歩いて移動すれば時間が掛かるが、魔法局内の移動もテレポーターが使用することができ、魔法局内なら費用も掛からないのだ。
男たちがテラスに着くのと、イニーがアルカナを解放したのはほぼ同時だった。
今回イニーが解放したのは、魔法に特化した愚者ではなく、恋人だった。
全ての魔法を高水準で使えるのが愚者の強みだが、何かに特化させるなら恋人の方が、都合が良いのだ。
「うわ、結構人が居るな。俺たちみたいに気づいた奴がやっぱり居るか……」
「サボリが居れば場所を譲らせる事も出来るが、これじゃあ無理だな」
テラスの一部には人が集まって、外を眺めていた。
もしもイニーが違う場所で魔法を使えば意味のない行動なのだが、1分1秒でも早く終わらせたいイニーはテラスの集まっている人たちの
思惑通り、魔法局の中央上部へと飛んで行った。
「おい、あれって」
「あれは……翼か? それに知っている姿と全く違う……」
テラスではイニーの姿を見てざわつき始めた。
何故なら、イニーの姿は白い翼を背中に生やし、赤い髪をなびかせていたからだ。
服装もいつものローブではなく、白い布を巻き付けただけの様な官能的なものだった。
空中で静止したイニーは祈るように両手を握りしめる。すると、魔法局の上空に極大の魔法陣が現れた。
ざわついてたテラスはあまりの規模の魔法に言葉が出ず、ただイニーを眺める者が続出した。
「これは……羽?」
魔法陣からは白い羽が降り注ぎ、建物や壁を貫通して落ちていく。
羽は人に当たると瞬く間に溶けていき、触った者を治した。
「なんだこれは……身体が……疲労が飛んで行く!」
「これが……魔法なの?」
「持病の腰痛が治った!」
羽に触れたものは病を始め怪我や疲労すら治り、先程の放送など忘れて大騒ぎとなっていた。
イニーの格好もあり、中には涙を流しながら感謝を口にする者も居るが、当の本人は早く夕飯が食べたいとしか考えていない。
イニーが使った魔法の名前は天使のベールと言う名前であり、欠損以下の怪我や一定以上の毒や病を問答無用で治す荒業だった。
荒業なだけあり、回復魔法の中では前回オーストラリアでアルカナの同時解放をした時に使用した
回復に特化した姿だからこそ、使用できる魔法なのだ。
約1分程降り注いだ羽は、イニーが祈りを止めると共に消え去った。
そして、イニーは転移でグリントとクラリッサの所に帰ったのだった。
「天使だ」
突如現れ、忽然と消えた魔法少女。
何も知らない者ならば、本当に天使が舞い降りたのだと錯覚してしまうような光景だった。
だからなのだろう。誰かが、そう呟いたのだ。
その言葉は瞬く間に広がり、聖女が倒れ天使が舞い降りたのだと噂に尾ひれだけでは済まないモノが付いていった。
そしてイニーには、天使の二つ名が付くことになった。
その事を本人が知ることは、多分無いのだろう。
なんとか時間内に治療を終えたイニーはパース魔法局を去り、一度シドニー魔法局本部へと戻ったのだった。
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