魔法少女と白騎士
戦闘時間は約20分。無傷での完勝である。
最後の爆発も狙った通り対処出来たが、ゴッソリと魔力を消費してしまった。
問題点もあるが、ここまで戦えれば問題ないだろう。
ポッドから出て待機室に戻り、珈琲を飲む。
(どうだった?)
『アルカナも無しであそこまで戦えれば凄いと思うよ。ただ、歴代の契約者と比較すると見劣りしちゃうね』
これまでがどうだったかは知らないが、こちとら魔法少女歴はまだ半年位だからな。
それに強化フォームにもなれないので比べられても勝ち目はない。
(そうか。因みにアルカナありなら?)
『ハルナが歴代1位だね。そもそも同時解放なんてこっちが想定していなかった荒業が出来る時点で、比べようがないよ』
使うにしても色々と条件があるが、使えばSS級が束になっても勝てるからな。
使用できる魔力も実質無制限であり、肉体の強度も増すので無理も出来る。
アルカナ3人分に身体の元の持ち主。
ついでに俺の絞りカスである憎悪。
正直、細胞どうこうの前にとんでもない状態だと思うのだが、今更気にしても仕方ない。
減る分には構わないが、これ以上増えない事を願おう。
『おっと、忘れるところだったけど、アロンガンテからメールが入ってるよ』
アロンガンテさんからか……この後の事についてかな?。
(内容はなんだ?)
『念のため護衛がいるから、行く時に連れて行けだっけさ』
必要ないのだが、洞窟の時みたいな事があると、ひとりだと辛いんだよな……。
それに、今は同時解放も出来ないので、最悪の場合完全に詰む可能性もある。
(誰が来るんだ?)
『グリントだよ。いつもはフルールか桃童子らしいけど、フルールは依頼が入っていて、桃童子は知っての通りだからね』
そう言えば、前もグリントさんが護衛をしていたことがあったな。
ランカーを護衛につかせているとか言っていた気がするが、タラゴンさんは有能なので、護衛のつかせる事が出来ず、レンさんは知っての通りだ。
ブレードさんもさっき会った感じでは向いてなさそうだし、消去法なのだろう。
一応今はタラゴンさんも空いているはずだが、タラゴンさんとグリントさんならグリントさんを選ぶ。
外で姉呼びを強要されるのは、さすがに辛いからな。
(なるほど。時間は……そろそろ移動しておくか)
『そうだね。それと、タラゴンから18時には帰ってこいってさ』
(必ず帰ると返信しといてくれ)
帰るか帰らないかはともかく、カレーを頼んだのは俺なので、作らせるだけ作らせて食べないのは流石に悪いだろう。
珈琲を飲み終えて、再びアロンガンテさんの執務室に行くと、既にグリントさんが居た。
指定された時間まで後10分だし、おかしくはないか。
「来ましたね。特に挨拶も必要ないので、後は向こうで流れの確認をお願いします。下打ち合わせはジャンヌさんがしていると思いますが、連絡は取れませんからね」
今頃ジャンヌさんは夢の中だろうからな。魔法のデメリットなので、どう頑張っても起きることはない。
だが、何回かジャンヌさんの依頼にはついて行ってるので、多分大丈夫だろう。
「久しぶりだね。色々とあったが、元気そうで良かったよ」
「久しぶりです。今日はよろしくお願いします」
軽く挨拶をしてから、グリントさんとテレポーターに向かう。
「テレポーターの使用履歴がないのですが?」
……そう言えば、転移で直接アロンガンテさんの所に行ったんだったな。
アクマに改竄を頼んだ事もあったが、此処の受付をしている妖精はこのひとりだけなので、直ぐにバレてしまった。
最初は忘れてしまっただけだが、それ以降は開き直ってしまっているので、初めて会った時はビクビクしていた妖精も、今はにこやかな顔で怒っている。
個人的にこんなに拠点に来る気はなかったので、ついつい忘れてしまっても仕方ない事だろう。
「すみません。忘れてました」
「転移も普通は出来ないはずなのに、なんであなたは何度も何度も……どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「仲が良いみたいだね」
乾いた笑みを浮かべるグリントさんを伴って、オーストラリアのシドニーにテレポートする。
「お待ちしておりました。話はアロンガンテさんから聞いています」
待っていたのは俺が脅した副局長と、案内役と思われる魔法少女だった。
少々気まずいが、これはあくまでも仕事だ。
切り替えていこう。
「本日はよろしくお願いします。急遽変わったため何も聞いていないので、打ち合わせをお願い出来ますか?」
「既に打ち合わせ用の部屋は準備してあるので大丈夫です。それと、こちらが今回案内を務める魔法少女となります」
魔法少女としては珍しく、和服姿であるが…………いや、魔法少女だしなんでもありか。
日本人ではないのに和服を普通に着こなしているが、そんなものなのだろう。
「魔法少女オーストラリアランキング10位のクラリッサよ。今日はよろしくね」
ランカーが案内役か……こんな所にランカーを置いていいのかと思うが、おそらくクラリッサさんは待機組なのだろう。
本来は妖精界で待機するのが普通だ。
妖精界ならどこからでも問題なく通信できるし、有事の際は他国にも直に跳べる。
だが、この前の魔女のせいでその優位性に罅が入ったのだ。
運悪く……間違いなく魔女が狙っていたのだろうが、オーストラリアのランカーは全員国外に追い出されてしまった。
その為、いつもは妖精界で待機させていいるが、魔女の騒動が収まるまでは国内にて待機させているのだろう。
そして丁度良いと思い、今回案内として寄こした。
そんな感じの事を、アクマが聞く前に教えてくれた。
「イニーフリューリングです。ランキングは気にしないでください」
「知っていると思うがグリントだ。護衛なので、気にしないでもらえるとありがたい」
軽く自己紹介を終えてから、テレポーター室を出て会議室へと移動する。
窓から見える街並みはまだ戦闘の跡が色濃く残っているが、魔法少女が飛び回ったりしながら復興作業をしている。
1つの都市程度なら復興が終わっていてもおかしくないが、今回はオーストラリア全域での被害だ。
各都市の主要施設を中心に建て直してから、他に手を付けているのだろう。
先ずは都市機能を回復させなければ、また魔物が侵入してくるなんて事態も起こりえる。
「こちらの会議室になります」
案内された会議室に入り、席に着くと副局長が資料を配ってくれた。
重傷の患者は少ないが、軽傷者は結構居るみたいだな。
おそらくジャンヌさんが重傷者を優先的に治し、他は任せていたのだろう。
あの時は一旦全員治したが、復興と討伐の両方を行わなければならないので、かなり多忙となっている。
今は他国からの救援もあまり期待できないので、基本的に自国内で処理しなければならない。
仕方ないとはいえ、休みが減れば疲れによってミスが増えるのは必然的だろう。
「先ずな流れを説明させていただきます。現在オーストラリアでは重傷者はほとんど居ないものの、軽傷者がかなりの数となっています。そのため、各支部を回って治療をして頂きたい。また、人数が人数のため、イニーフリューリングさんの判断で中断していただいても構いません」
治療予定の人数は万を超えているが、問題はないだろう。
全員手足がない重症ならともかく、骨の罅程度までなら誤差の範囲内だ。
「分かりました。それと、イニーで結構です」
「承知しました。回っていただく順番は資料をご確認して下さい。全部で六ヵ所ありますが、出来る範囲で大丈夫です」
日程は今日と明日の2日間を予定しているが、明日はジャンヌさんが来る予定となっている。
だが、折角治してもらったのだし、今日1日で全て回ってしまおう。
少々魔力が辛いかもしれないが、アルカナを一時的に解放すれば魔力は直ぐに回復する。
多少身体に負荷はあるが、問題ないはずだ。
他にも注意事項を副局長が話している間に、資料を全て読んでいく。
オーストラリアは国土の割に人口が少なく、今副局長が言った六ヵ所の都市以外を全て放棄している。
各都市は結界と壁で囲われているが、地下鉄が各都市を結んでいるので、移動は問題ない。
しかし、今は魔物が破壊してしまい、一般人の移動はテレポーターのみとなっている。
幸いなことに、オーストラリアのランカーはひとりしか殺されていないため、単純な戦力面では少しだけ余裕がある。
イギリス程切羽詰まっていないが、完全に復興するのはまだまだ先だろう。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
「今日で全て終わらせるので、各魔法局に周知をお願いします。また、協力して頂けない都市は飛ばします」
「……承知しましたこの後直ぐに広めておきます」
副局長は少し苦い顔をしてから頷いた。
下手に反論しても、意味がないと分かっているのだろう。
「因みにですが、どれ位の時間を想定していますか?」
「17時半までには終わらせようと思っています」
「――何故でしょうか?」
僅かに緊張が走るが、理由はとてもしょうもないことだ。
正直言いたくはないが、仕方ない。
「……18時から夕飯なので」
「ぐふぅ!」
隣に居たグリントさんが吹いた。
「夕飯……ですか?」
「そこは私から説明しよう。こいつの姉はあのタラゴンだが、今日の昼食を一緒に食べる予定だったんだ。しかし、今此処に居るって事は一緒に昼食は無理だ。だから、夕飯には必ず帰って来いと言われたんだろう?」
「そんな所です」
何故今日の昼食を一緒に食べることを知っているのか気になるが、大筋はあっている。
副局長は何とも言えない顔をし、クラリッサさんは声を殺しながら笑っている。
「事情は分かりました。時間内に終わるように微力ながら協力しましょう」
「私も協力するわ。夕飯は大事ですものね。ふふ」
「……ありがとうございます」
こんな時はフードがあって良かったとつくづく思う。
さて、こんな事で時間を使うのも嫌だし、さっさと決める事を決めなければ。
「此方からのお願いですが、広い部屋か、外に外傷と疾病に分けて集めてください。出来れば部屋の方がありがたいですが、外でも構いません。それと、騒がないようにお願いします」
「承知しました。各魔法局に伝えてきますので、10分ほど此処でお待ち下さい」
副局長は軽く頭を下げて会議室を出て行った。
そう言えば名前を知らないが……まあ、いっか。
「久しぶりねグリント」
「ああ。前の交流戦以来か。復興はどれ位進んでいるんだ?」
「3割位ね。アロンガンテの……いや、そこのイニーのおかげで物資は問題ないけど、手が全く足りてないわ」
俺を放置してグリントさんとクラリッサさんが世間話を始まるが、やはり俺からの寄付だと言うのは知らされているようだな。
オーストラリアで手に入った魔石の数は相当なものであり、復興支援金としては十分だったはずだ。
アロンガンテさんには言わないように念を押していたが、額から素性を割るのは簡単だろう。
(クラリッサさんってどんな魔法少女なんだ?)
『見た目はあんなんだけど、2丁の銃で戦う魔法少女だよ。手数は勿論一撃の火力も高く、そこそこ有能だね』
和服に銃とはなんとも面白い組み合わせだ。
見た目は赤髪赤目とタラゴンさんに似ているが、クラリッサさんの方が暗い色をしている。
しかし、2丁の銃とはスターネイルを思い出すな。
色々とあったが、今はマリンと一緒に頑張っている。
「そう言えば、桃童子の件は残念だったわね。正直あれほどの魔法少女が死ぬとは思わなかったけど、詳細は聞けるの?」
「公表されている報告書を読んでくれとしか言えないな。だが、あれほどの地獄をたったひとりの犠牲で乗り切れたのは、桃童子だったからだろう」
報告書か。実際の現場に居たから気にしていなかったが、桃童子さんのことを含め、改竄しているらしいな。
グリントさんが言っている通り、人によっては地獄と呼べる様なものだったが、最後の桃童子さんとの闘い以外これといって感慨が無い。
確かに普通の魔法少女が人生で戦う以上の魔物と戦い、極限状態で食料が無い状態に追いやられたが、桃童子さんとの戦いと比べると見劣りしてしまう。
あれこそが俺が欲していたものだろうと考えてしまうが、それはまだ先のことだ。
最低でも後数十年は戦っていたい。
「空いた席はどうするの? イニーが入るのかしら?」
「いや、こいつはランカーになる気が無いらしい。ジャンヌがふたりほど候補が居ると言っていたから、そこから選ぶことになるだろう」
やれやれとグリントさんが肩をすくめるが、どう転んでも俺はこの世界とは別れる事となる。
そんな人物が要職についても迷惑だろう。
「ふーん。なんでランカーになりたくないの?」
「私には荷が重いので」
「我が国を救った英雄なのに荷が……ね。まあ、他国の事は私には関係ないけど、あまり謙遜はしない方が良いわよ?」
せやかて無理なものは無理なのだ。
まあ、仮にこの世界に留まるとしても、ランカーなんて公務員になるのは面倒なので遠慮する。
なので、そんなワクワクした顔でこちらを見ないでくれ。
クラリッサさんが何を考えているか察しが付き、フードの中で小さく溜息を吐く。
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