魔法少女とオーストラリアの事情
「お待たせしました……クラリッサ。また悪さしたんじゃないだろうね?」
「何もしてないわよ。ねぇ? グリント?」
「悪さはしてないが、マナーは悪かったね」
副局長は宣言していた通り10分ほどで戻って来たが、俺の心労はマッハであった。
クラリッサさんはやはり、バトルジャンキー的な思考の持ち主だった。
しかもグリントさんは面白そうに話をかき回すので、只々疲れた。
「全く……失礼しました。準備は出来ましたので、先ずはパース魔法局支部へお願いします。それ以降は準備が整った魔法局をクラリッサに連絡しますので、宜しくお願いします」
「分かりました」
貰った資料を袖の中へとしまい、クラリッサさんの後を付いてく。
ここからは時間との勝負だ。
美味しいカレーを食べるために、頑張ろう。
1
魔女による攻撃を受け、多大なる被害を受けたオーストラリア。
幸い人的被害は最悪の数字にはならなかったものの、魔物によりインフラ関係は壊滅な被害を受けることになった。
また、局所ではなく全域にわたって被害を受けたため、復興には半年以上掛かると試算が出ていた。
半年で全て回復すると考えれば遅くはないが、それに伴う経費は莫大なもので、オーストラリアの国家予算を優に超えるものだった。
魔法少女にボランティアを頼むのは、流石に貸しが大きくなりすぎるため踏ん切りがつかず、かと言って募金なんてしたところでたかが知れている。
そんな時に、アロンガンテから復興の施工費を優に超える支援があった。
アロンガンテが魔法局を乗っ取る際にかなりの額を消費していたのは公に知らされており、どうやってこれだけの額を引っ張て来たのか、当時のオーストラリアの要人たちは考えた。
「……今回襲ってきた魔物の魔石を換金した場合、どれ程のものになるのでしょうか?」
そんな疑問を誰かが言った。
それに対してほとんどの人は察しが付き、この支援金はイニーが出したものだと理解した。
イニーが直接支援するのは外聞として良いかもしれないが、当時は会議が控えていたためパフォーマンスと取られかねない。
そのためにアロンガンテを噛ませたのだろうと考えるのは自然な流れであった。
あれだけの脅しをしておきながら、ポンと国家予算数年分の金額を出すとは良く分からないと思いながら、仕事をしていたシドニー魔法局本部副局長。レルガン・アンターザーソンは、突如もたらされた情報に頬をひきつらせる事となった。
「ジャンヌの代わりですか?」
「ああ。諸事情でジャンヌが来られないため、魔法少女イニーフリューリングを代わりに送るとの事だ」
もう会うこともないと思っていた魔法少女。イニーフリューリング。
副局長であるレルガンと23位の魔法少女を脅して従わせた、異端の魔法少女。
様々な情報が錯綜しているが、総じて行き着く答えは決まっていた。
造られた魔法少女。
禁忌として封印され、魔法少女がいくら潰しても根絶しない問題。
その答えだと言われている。
関わらなければ問題ないと思っていたレルガンは、頭を抱えることとなる。
「それとだが、知ってると思うが外務大臣がお亡くなりになられた」
「それは知っていますが……」
「本当はもう少し後で話す気だったのだが、念のために教えておく。今から話すことは国家機密だから、決して洩らさぬように」
レルガンがイニーにどう対処しようかと悩み始める前に、局長は更なる爆弾を投下した。
それは、オーストラリアの外務大臣が施設と呼ばれるものの元凶だと言うことだ。
そして、その事をイニーは聞かされている可能性があると聞かされた。
オーストラリアを守った守護者が、今度はオーストラリアを滅ぼす破壊者になる可能性もある。
ジャンヌの代わりイニーが来るのは、この国を見定めるためかもしれないと、局長は考えを述べた。
「イニーフリューリングの素性が噂通りなら、並々ならぬ恨みが有るはずだ。流石に迂闊な行動をするとは思わないが、注意してくれ」
「……承知しました」
断りたくても断ることができない。
仮に断ったとしても、既に話を聞いた後では何かしらの処分を下される可能性がある。
既に妻子が居るレルガンは、職を失うわけにはいかないのだ。
せめで時間があれば何か対策は取れるが、イニーがオーストラリアに來るまで2時間もない。
「ああ、言い忘れていたが、向こうで受け継ぎが出来なかったので、今日の治療についての資料を作ってくれと連絡もあった。あまり時間はないが、頼んだよ」
「……はい」
資料を作り、案内役の魔法少女のクラリッサと下打ち合わせ。
出来る限りの根回しを2時間以内にしなけければならない。
瞬く間に時間は過ぎていき、イニーが訪問してくる時間となった。
「いいか。くれぐれも。くれぐれも刺激しないようにしてくれ」
「大丈夫よ。それに、護衛としてグリントも来るんでしょう?」
時刻となり、テレポーター室に着いたレルガンは後ろで控えているクラリッサに再三注意していた。
ランキング10位でランカーであるクラリッサは、有能ではあるもののお調子者であった。
ランカーとは言え、国家機密を話すわけにはいかないので、レルガンは粗相のないようにと、注意する事しか出来ない。
「座標確認。識別番号承認」
オペレーターが、テレポートが起動したことを告げ、ふたりの魔法少女が現れる。
レルガンは唾を飲み込んだ後、静かに息を吸った。
(冷静に。冷静に対応するんだ。話が出来る人物だと言われているし、大丈夫なはずだ)
「お待ちしておりました。話はアロンガンテさんから聞いています」
局長が恐れていたような事にはならず、4人は会議室へと移動した。
第一関門を突破して少しだけ安心するも、ここから先はレルガンが関わることは出来ない。
そんなレルガンの内心を知らないイニーは、副局長の様子が少し変だと思う程度だった。
イニーの方は脅した手前、少し居心地が悪いなーと思っている程度で、滅ぼそうなど微塵も思っていない。
だが、そんなことを知らないレルガンはイニーから言われたことに対し、全力で取り組んだ。
本来来るはずだったジャンヌの予定は、2日に分けて6カ所の魔法局を回るはずだったが、イニーは1日で全て終わらせると宣言した。
急にそんな事を言われても、全く準備なんて出来ていないのだが、レルガンが断れるはずもない。
10分だけ時間をくれと言った後に、各魔法局に連絡を入れた。
イニーの機嫌を損ねるわけにはかないと、冷や汗を流しながら……。
「もしもし、私だ。例の予定は今日になったので、至急準備を頼む。言い訳は聞かんので、すまないが頼んだ」
「もしも……ああ、その件だ。予定が今日に繰り上がったので、直ぐに準備してくれ。知っての通りだが、有言実行するはずだ。頼んだ」
「直ぐに準備をしてくれ。文句は後で聞く」
明日の予定に入っていた三カ所の魔法局に連絡を取った後に、数人の知り合いにイニーを見張るように頼んだ。
ここが正念場と気合を入れ、会議室に戻ったレルガンは危うく胃に穴を開けそうになるほどの、ストレスを感じるのであった。
2
ジャンヌの代わりが務まる魔法少女。
そんな者は居ないと思われていたが、ひとりの魔法少女が噂に上がるようになった。
暇だなーと欠伸をして、ソファーに寝っ転がっていたクラリッサは、急遽レルガンに呼ばれ、イニーと邂逅する事となる。
「私が? 予定じゃあ職員のひとりを付けるんじゃなかったの?」
「その予定だったが、ジャンヌではなく、イニーフリューリングが来ることになり、念のために代わってもらいたいのだ」
「ああ、オーストラリアで大暴れした魔法少女ね。どうせ暇だから構わないけど……ふーん」
案内役を受け入れたクラリッサだが、どうして自分が選ばれたのかが分からなかった。
代わりだからとはいえ、仮にもランカーである自分を駆り出す必要はない。
しかも移動するのは自国の魔法局間だけだ。
襲われる心配はまずないだろう。
聞いた話ではランカーをひとり護衛として引き連れてくるので、こちらからもランカーを出せば過剰戦力だ。
ならば、レルガンが気にしているのは……。
クラリッサは面白い事が起きそうだと笑い、レルガンと一緒にテレポーター室へ向かった。
何度も念押ししてくるレルガンが少々煩わしかったが、それよりも期待の方が大きかった。
テレポーターから現れたのは、顔まですっぽりとフードで覆ったイニーとグリントだった。
背は小さく、フードの奥は暗闇となっていて顔は見えない。
11歳と聞いていたが、それにしては言葉は丁重で淀みもない。
日頃からそう話すのが、癖になっているような話し方だった。
グリントをダシに話をするも、常に反応は淡泊であり、声にも抑揚がない。
だが、隣に居るグリントはそんなイニーを普通にからかっている辺り、ただの性格なのかもしれない。
夕飯のために早く帰りたいとも言っていたので、思っていたよりも普通の子供なのかもしれない。
オーストラリアの活躍を見てはいるが、あれはあまりにも現実離れしていたため、実感が持てなかった。
そんなクラリッサがこの後イニーの実力を前にして、唖然とすることになるのは必然であった。
レルガンが帰ってきて直ぐに出発した3人は、パース魔法局へと向かった。
事前の打ち合わせで、パースでは約二千人程患者が集められている予定となっている。
それだけの数を1ヵ所に集めるのは難しいので、待機室をいくつか用意し、順番に治療するはずだったのだが……。
「一度だけ見たが、やはりジャンヌとは違うね」
待機室に行くと言ったイニーをクラリッサは不思議に思いながらも案内すると、イニーは杖を取り出して床を突いた。
地面と空中に1枚ずつ魔法陣が現れ、突然の事に身構えそうになるクラリッサだったが、これをやったのがイニーだと理解して、眺めることにした。
何度も念押しして刺激するなとも言われているので、先ずは何をするかを見定めてからだと考えたのだ。
それはそれとして、一体何をするのかとワクワクしていた。
「
イニーが魔法を唱えると空中にある魔法陣から霧雨が降り、患者たちに降り注ぐ。
何も説明をされていない患者たちは騒ぎ出すが、直ぐに怪我なとが治っていくことに気付き、今度は違う意味で騒ぎだした。
「終わりです。煩くなる前に次に行きましょう」
「……ああ。次に案内しよう」
クラリッサは自分が知っている既存の回復魔法と、全く違う方法で治した事に少し唖然とするも、直ぐに返事をして部屋を出ていった。
(あれ程の数を一度に…………それに、魔力が切れている様にも見えない。あのジャンヌの代わりとは言ったものね)
ジャンヌの代わりと言われてそんな魔法少女が居るとは思えなかったが、これならばと思い直した。
そして、オーストラリアで起こしたら奇跡は本当だったのだと、改めて思った。
イニーは同じ要領で手早く、休むこと無く治療を進め、4つの魔法局での治療を終えた。
あまりの早さに2つの支部は準備が間に合わず、時間的に少し余裕があるので、飛ばすようなことはせず、準備が整うまでイニーたちは休憩することにした。
時刻は15時を少し回った位だったので、クラリッサの提案で、喫茶店で休むことにした。
魔法局内にある喫茶店に入り、ランカー特権で個室へと向かった。
「ほとんど休むことなく歩くのは、意外に疲れるものだね」
「身体よりも、心が疲れたわ」
休むことなく治療を終えたイニー。
その能力や価値を思えば、穏やかではいられなかった。
「引き抜きは考えない方がいいよ。イニーには怖い姉がいるからね」
「姉?」
クラリッサは会議室で話していたことを、完全に忘れてしまっていた。
イニーの事で頭が一杯になってしまったのだ。
すいでに、幸か不幸かタラゴンがイニーを保護してから、クラリッサはタラゴンに会っていなかった。
なので、タラゴンの妹自慢も聞いたことがない。
「おや? ちゃんと話を聞いていなかったのか? イニーはタラゴンの義妹と言っただろう」
「あー……そう言えばさっき言ってたわね」
「気になったこと以外に無頓着なのは相変わらずだね。その様子だと、タラゴンの妹自慢も聞いたことはないのか」
タラゴンがイニーの事を言い触らしているのは、ただ自慢したいだけではなく、イニーの身を守るためでもあった。
タラゴンの知名度は世界有数であり、そんなタラゴンにちょっかいを出そうなんて人間は馬鹿か狂人の類だ。
クラリッサもイニーがタラゴンの妹と分かると、勧誘は絶対にしない方が良いだろうと思い直した。
タラゴンが怒るとどうなるかを知っているから。
「イニーがどうしても他に行きたいというなら別だが、出て行く気は無いのだろう?」
「……まあ、はい」
イニーとしてはどこだろうと構わないのだが、いつでも温泉に入れるタラゴンの家は魅力的であった。
もしもの時に備えて、温泉の掘り方を調べたりしているほどには温泉が好きなのだ。
魔物による被害もあり、今の世界で温泉を営んでいる店は皆無に等しい。
よってイニーは嫌々ながらも、はいと答えるしかなかった。
「だそうだ。先の事は分からないが、今は戦力が直ぐに回復したことを喜んだらどうだい?」
「そうね。今は人手が必要だから、治してもらえたのはありがたいわ。今回の費用はかなり安いみたいだしね」
復興費の捻出さえ出来ないオーストラリアが、ジャンヌに払う治療費を出せるはずがないのだ。
一応イニーの支援金に手を付ければ問題ないが、復興費としてもらっているものを、それ以外に使うのは憚られた。
前打ち合わせで無理せず払える料金をジャンヌから提示され、オーストラリアはその提案を吞んだのだ。
3人……ふたりが話していると、店員がドリンクとケーキを運んできた。
イニーだけは珈琲で、残りのふたりは紅茶だ。
ケーキは三人とも別で個性が出ていた。
「食べる時もフードを被ったままなのね。邪魔じゃないの?」
「慣れていますので」
「フードの中を見るのは、おススメはしないと言っておくよ」
何故とクラリッサは思うが、グリントの言い分を信じることにした。
ランカーであるクラリッサは、それなりに汚い世界や裏の事情も知っている。
知らない方が、幸せな事があると分かっているのだ。
だが、たがか魔法少女ひとりの素顔にそんな価値があるのだろうかとも、思ってしまう。
オーストラリアでの戦いの映像は全て遠くからのものであり、結界のせいで画質は良いものではなかった。
戦いの様子や格好は分かっても、顔の機微までは映されなかった。
「そう言われるとますます気になるけど……駄目なの?」
前言撤回である。知らなくても良い事でも、知りたがるのがクラリッサだった。
イニーとしては落ち着くという理由でフードを被ったままだが、フードを取ることについては既にアクマから自由にしてよいと言われている。
既に魔女に補足されてしまっている以上、イニーの素顔を知っている者がひとりふたり増えた所で誤差なのだ。
だからと言って、イニーに見せる気は無かった。
「駄目ですね」
イニーは素っ気なく答えた。
クラリッサは何か良い方はないかと視線でグリントに聞く。
「古来より、願って駄目なら力尽く……ではなく、交渉だな」
「素顔を見るだけなのに?」
「別に見なくても死ぬわけじゃないだろう?」
クラリッサはぐぬぬと効果音が聞こえそうに顔を歪めた。
「力尽くなんてのは考えるなよ。腕力はともかく、強さならクラリッサよりイニーの方が上だからね。それに、今の私は護衛だ」
下手なことするならば、自分が相手になる。
グリントはそう伝えた。
「……何か欲しいものはある?」
ここで引くのは負けだと考えたクラリッサは、何がなんでも素顔を見ようと奮起した。
「……無い……ですね」
だが相手はイニーだ。
既に金は使い切れないほどあり、唯一の心残りだった温泉は実家にある。
無欲という訳ではないが、既に満たされているのだ。
再びクラリッサはグリントに助けを求める。
その間にもイニーはパクパクとケーキを食べ進める。
「ああ、君の武器ならイニーも了承するかもしれないな」
「私の? あのゴツイ銃が?」
僅かにイニーが反応するが、気取られることはなかった。
イニーの中身はいい歳した大人だ。
もうおっさんと呼ばれてもおかしくない位だが、男の性か、ロマンと呼ばれるものが大好きだ。
そのせいでタラゴンと戦うことになったが、それはもう昔の話だ。
「どうやらイニーは男が好むロボットや銃等に興味があるみたいだからね。それもあってか……いや、これは一応黙っておこう。とにかく、クラリッサの武器を見せて、触らせてあげれば交渉出来るだろう」
そんな事で了承などする分けないだろうとイニーは思うが、アクマが見せた映像により、悩むこととなる。
思っていた以上に、クラリッサの武器は魅力的だったのだ。
「ふーん」
クラリッサはケーキが乗っていた皿などを退かすと、武器である2丁の銃を呼び出した。
「どう?」
クラリッサの武器を見た、イニーの反応は……。
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