魔法少女の雪辱戦

「はぁー」


 拠点にあるアロンガンテさんの執務室に入ると、溜息を吐かれた。

 多分俺のせいではなくジャンヌさんのせいだが、こんな時に依頼や仕事の調整をするのはアロンガンテさんだ。


 勝手な事ばかりして……とでも思っているのだろう。


「アロンガンテさん」

「……話は先程聞きました。仕方のない事とは分かっていますが……すみません」

「いえ。お気持ちは察します」

 

 溜息を吐きたくなるのも分かるし、逆の立場なら俺も同じ反応をするだろう。

 なんならボイコットして逃げ出しているだろう。


「日本の人たちは優秀なのですが、我が強いというか、自由奔放というか……良くも悪くも結果主義なんですよね。今は楓とゼアーが手伝ってくれていますが、本当に…………もう……」


 かなりお疲れなようだな。


 洞窟から帰ってきてからも、ほとんど休めていないのだろう。

 いくら回復魔法で治しても、限界がある。

 たまにはちゃんと休まないと駄目なのだ。


 楓さんとゼアーが手伝っているのならその内休む事も出来るだろうが、少し釘を刺しておこう。

 

「少し休んだ方がいいのではないでしょうか? 手伝いがいるのでしたら、少しくらい抜けても大丈夫だと思いますが?」

「……そうですね。抜けていた分の書類確認は終わってますし、今の状態はあまりよくないですね。ですが、その前にジャンヌの代わりにする依頼について話しましょう」


 仕切り直して、アロンガンテさんから、今日から明日に掛けてのジャンヌさんの仕事を教えてもらった。


 やることは前と同じで、国に訪問しての治療だ。

 指定された時間までまだ余裕があるので、それまでは魔法局で待機するか、連絡が取れるようにしておけば自由にしていても良いそうだ。


 ただ、前は二国回ったが、今回は一国のみとなる。


 聞いたときは思わず顔を顰めてしまったが、フードのおかげで顔は見られていないから大丈夫だろう。

 

 今回行く国は、俺が大暴れ…………したオーストラリアだ。

 死闘の末に九割九分死んだり、魔法少女と局長を脅したりしたので、俺が行ったら何を言われるか……。


 受けてしまった手前仕方ないが、少々気が重い。


「内容は分かりました。11時にまた此処へ来れば良いですか?」

「はい。それまでは自由にしていただいて構いません。その代わり、何かあれば端末に連絡がいくので、直ぐに確認するようにして下さい」

「分かりました。それでは失礼します」


 話も終わったので、執務室から逃げるようにして出る。


 後2時間程あるが……タラゴンさんに連絡するのと、 折角だしM・D・Wとの雪辱戦でもするか。

 ナイトメアと共闘して倒してもいるが、ひとりで戦わなければ意味がない。


 M・D・Wで一番の注意点は大量に召喚される魔物と、本体からの攻撃だ。

 他の魔法少女からしたらなんて事ない攻撃も、俺にとっては大きなダメージソースになってしまう。


 弾幕を張ってくる魔物と、俺の相性はあまりよくない。


 だが、あの戦い以降俺も色々と戦い方を学んできた。

 白と黒の翼に、四肢にも翼を生やす事によって高機動でありながら、小回りも利くようになった。


 魔法を待機させたり、魔方陣を乱用することにより、弾幕もお手の物だ。


 ただ最後の自爆については少々問題があるが、おそらく大丈夫だろうと思う戦法がある。

 出来ればM・D・Wだけではなく、新魔大戦の時に戦ったマスティディザイアとも戦いたいが、新魔大戦の時に戦ったマスティディザイアとは戦う事が出来ないのだ。


 理由は魔石が無いからだ。


 シミュレーターで戦える魔物は、魔石から得た情報で登録した魔物だけだ。

 昔アロンガンテさんが戦ったマスティディザイアとは戦えるが、魔女が用意したシミュレーション上の奴は魔石がないので無理なのだ。

 まあ戦えたとしても、マスティディザイアはアルカナを使わなければ流石に厳しいかもしれないがな。


 因みに、今の所登録されているM・D・Wは4種類となっている。


 4種類中2種類の討伐は俺だが、同じ名前のくせに強さはかなり差がある。

 いっその事名前を変えてくれれば良いのだが、お役所仕事のせいか、名前はそのままで分類の方で分けられている。


 特とか準とか変異種など様々だが、魔物の正式名称はわりと長い。

 俺は名前以外覚える気はないが、例としてG級のゴブリン系統の場合を挙げてみよう。


 通常種ゴブリン系ゴブリン類ゴブリン。


 通常種でこれだが、ここから上位種になったり武器を使ったりで名前が変わるので、正式名称など覚えていられない。


 G級だろうがB級だろうが、ゴブリンはゴブリンで良いだろう。


 そんなしょうもない事を考えている内にシミュレーター室までこれた。

 使っている人は居ないらしく、第一シミュレーター室が空いている。


 ついでに、アクマに頼んでタラゴンさんにメールを送ってもらった。

 お怒りのメールをいただいたが、後で謝ろう。


 雪辱戦で戦うのは俺が最初に戦った方だ。

 分類は特殊S級超大型魔物特S級となるが、正確には準SS級となる。

 ナイトメアと一緒に戦った方は特SS級だ。


 こちらは流石にアルカナ無しで勝つのは無理だ。


 設定は全て現実基準にし、開始地点やフィールドも同じにする。

 今回はタラゴンさんがいない為、近づくのは自力となる。


 M・D・Wから放たれる遠距離砲撃を避けながら近づかなければならないのだが、時間を掛ければ掛けるほど不利になる。


 あの時みたいに距離が離れて戦いが始まるなんて事はそうそうないのだが、時間が経てば経つほど眷属の魔物が増える。


 あの時は到達する前に作戦会議や休憩などしていたので、それはそれはすごい量の魔物だった。


 よって、早めに距離を詰めなければならない。


 アルカナを使えば移動速度が飛躍的に上がるが、今回はアルカナ無しだ。

 当たり前だが第二形態も縛る。


 純粋な地力が上がったかを確認する雪辱戦なのだ。


 設定を全て終えてポッドへ入ると、懐かしい廃墟と遠くにM・D・Wが見える。


 制限時間はこの後の事考えて40分。


 さあ、今回は俺が蹂躙させてもらおう。






 1



 

 

 喫茶店の個室でアロンガンテの仕事を手伝っていた楓は、気晴らしもかねてシミュレーター室に向かっていた。

 

 何故楓が喫茶店の個室で仕事しているのは、自分の居場所を外部に洩らさないためだ。

 形式上楓は破滅主義派の拠点を破壊して回っていることになっているが、楓が終える範囲では全て潰し終わっている。


 本命を潰せなかったことは楓としては遺憾なのだが、魔女の方が一枚上手だったと認めるしかない。


 シミュレーター室のある通路に来た楓は、第一シミュレーター室が使用中となっているのを見て足を止める。

 

(使用中なのにロックされてませんね)

 

 シミュレーターは使用時に入り口をロックするのが基本だが、雪辱戦という事でウキウキしていたイニーはロックを忘れてしまっていた。


 ロックもせず使っている魔法少女は誰だろうと気になった楓は第一シミュレーター室に入り、モニターを見た。


「イニーですか。それに相手はあの時の……」


 イニーが戦いを始めてからあまり時間は経っておらず、イニーが空を飛びM・D・Wに向かっているところだった。


 再現に躍起になっているせいで視野が狭くなっているイニーだが、実は接近しなくても倒すことが出来る。


 それ相応に魔力を使い、狙われる可能性もあるが、遠距離の魔法で倒すことが可能なのだ。


 当時は魔法の熟練度も低く、連戦の後だったり一般人の事などあって出来なかったが、今のイニーの力量なら問題ないはずだ。


 なのに当時と同じ方法を取っている。


 その事に楓は首を傾げるが、やっていることは当時と変わっていた。


 あの時の作戦は途中までタラゴンによって近くまで運ばれ、そこからは自力での飛行となったが、今回は最初から自力で飛行している。


(外付けのブースターですか。あんなことも出来るとは驚きですね)


 今のイニーは4つの魔法を同時展開している。

 通常飛行用の白い翼。

 迎撃と瞬発力のある黒い翼。

 もしもの場合と、小回りの効く四肢の翼。


 そして、イニーの後方で左右に展開されている2つの魔法陣。

 そこからは轟々と炎が噴出されていた。


 速度はタラゴンと同等だが、イニーはM・D・Wから放たれる魔法を防ぐのではなく、相殺しながら真っすぐに突き進んでいいる。

 更に四肢の翼以外は全て攻撃魔法に分類されるので、消費魔力はかなり抑えられている。

 接近までの時間も前回より短い事もあり、召喚されている魔物の数も少ない。


 楓が感心している間にイニーは接近を終えて、魔法陣を解除して殲滅を開始する。


 イニーがいくら早く接近できたとはいえ、相手は眷属の召喚に特化している魔物だ。


 非力な魔法少女なら瞬く間に命の火を散らす事になるが、既に2回M・D・Wと戦っているイニーには何の気負いもない。

 それどころか微塵も負けるとは思っておらず、後衛の魔法少女とは思えない戦い方を始めた。

 

 両手に氷剣を出し、大量の魔法陣を空中に展開して、突っ込んでいったのだ。


 やっている事はオールドベースの眷属と戦った時と一緒だが、今回は普通の魔法も使っている。

 どう見ても大量の魔力を使っているはずだが、イニーの動きに陰りはない。


 瞬く間に眷属を殲滅し、M・D・Wを丸裸にする。

 

 イニーが初めてM・D・Wと戦った時に、一番困ったのは魔力の量だった。

 連戦や回復魔法などを使用した後の戦いだったので、どうしても節約を意識するしかなかった。


 だが今回はアクマとエルメスの魔力供給により、魔力は気にしなくて済む。


 約半年とはいえ激戦を戦い抜いてきたイニーは、魔力量も増えているので、正に鬼に金棒だ。


 一撃も掠ることなく全ての魔物を倒し終え、遂にM・D・W本体との戦いとなるが……。


(イニーって避ける事はあっても、防御をほとんどしていませんでしたね。もしかして、何か制約があるのでしょうか?)


 攻撃は防御するよりも避ける方が良いのだが、イニーは無理に避けている印象を楓は持っていた。


 そんなイニーがどうやってM・D・Wの自爆を防ぐのか?

 

 イニーが取った行動は……。


「そんな無茶な魔法も有りなんですね……」


 M・D・Wを囲む巨大な氷の壁。その壁から伸びる大量の棘。


 M・D・Wが爆発するも、氷の壁によって押し止められる。


 イニーは氷の壁の外に居るので、全くの無傷だ。


 この戦法はナイトメアと共に戦った時に思いついたものだ。

 あの時は結界によって阻んだが、白魔導師状態ではそれが出来ない。


 ならばと、あくまでも攻撃魔法の体で壁を作ったのだ。

 

 初めて戦った時は死の淵まで追い込まれたM・D・Wに、イニーは無傷での勝利を収めたのであった。


 戦いを見届けた楓は、イニーが帰ってくる前に待機室を出て行った。

 ロックされていなかったからとはいえ、無断で戦いを見るのはマナー違反だ。


 たとえそれが同じ国の魔法少女であったとしても、見られた側はあまり良い気分ではないだろう。


 面白いものが見れたと気分を良くしながら、楓は隣のシミュレーター室へと向かった。

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