魔法少女と個室での出来事
思ったよりもすんなり終わったが、あれが継承というものか。
文字通り人が変わったような変化だったが、本当に大丈夫なのか?
(継承ってこれまでどれ位あったんだ?)
『正確な数字は分からないけど、確認されてるのだと約50回だね』
年1回ペースか……多いとは言えないが、希少と言う程でもないのだろうか?
あくまでも確認されている回数が50回なので、おそらく倍くらいはあってもおかしくない。
(数日間はマークしといてくれ。大丈夫だとは思うが、桃童子さんのように限界突破とかいうチートを使われたら適わないからな)
『流石にそこまではないと思うけど、様子は見ておくよ』
(頼んだ)
これで今日の予定は終わったのだが、タラゴンさんがいつ来るか分からないんだよな。
この空いた時間を利用して楓さんにも会っておきたいが、もしも席を外している間にタラゴンさんが来たら少々面倒だ。
……いや、最近全く使ってなくて忘れてたが、メール送っておけばいいか。
(タラゴンさんにいつ来るかメール送っといてくれ。時間次第では楓さんに、会いに行こうと思う)
『さっきジャンヌに休むように言われてたと思うんだけど?』
休むのは大事だと常々思っているが、時と場合がある。
特に楓さんは中々捕まえられないので、何所に居るか分かっている状況は今くらいしかないだろう。
流石に戦うなんて暴挙はしないが、出来る事は出来る時にやっておいた方が良い。
(少し話に行くだけさ。楓さんは中々捕まらないし、一度くらい話し合いをしといた方が良いだろう?)
『はぁ。分かったよタラゴンから返信があるまでは休んでなよ……おや?』
(どうした?)
『珍しい反応が此処に向かってきてるね』
珍しい? 俺が何処に居るか知っているのは、ジャンヌさんが連絡を入れた人だけのはずだ。
ここでマリンやスターネイル、もしくは学園のクラスメイトだった奴が来ることはまずないので、向かってきているのはランカーの誰かだろう。
珍しいと言っている辺り、タラゴンさんではないのは確かだろう。
まあほとんど候補が居ないので、グリントさん、ブレードさん、フルールさんの内の誰かだろう。
少しすると、ドアが叩かれる音がした。
「どうぞ」
「邪魔するぞ」
入ってきたのは、ブレードさんだった。
会うのはタラゴンさんと模擬戦した日以来か。
確かに珍しいな。
「相変わらずの湿気た面だな。体調はどうだい?」
「見ての通りです。あまり動けませんが、五体満足で生きています」
ブレードさんとはこれまで全く接点が無いのだが、一体何の用だ?
「そうかい。生きていれば、後は何とかなるからな。それより、桃童子が死んだんだって?」
「はい。話はジャンヌさんから?」
俺とは接点は無いが、桃童子さんとはライバル関係だったな。
なるほど、桃童子さんの事を聞きに来たのだろう。
「ああ。あいつは桃童子は自決したなんて言ってたが、あいつは自決なんて潔いことはしない。意地汚く生に、勝利に括る奴だった。――お前、戦ったな?」
……どう答えたものか。
一応口止めされているが、この感じはおそらく、ブレードさんは確信を持って聞いてきている。
ブレードさんが桃童子さんの事を、どう思っていたかまでは知らないが、下手なことを言ってキレられても困る。
「ああ、答えなくて良いさ。どうせ口止めされてるんだろう?」
「はい」
「素直だねえ。強かったか?」
強い弱いでは強かったが、この問答は自分の弱さを再確認させられるので、好きではない。
「ノーコメントで」
「くく。そうか」
ブレードさんは何がおかしいのか、堪えるようにして笑った.。
この人の事は正直よく分からないが、調べた限りでは桃童子さんと同じ部類だ。
だが、桃童子さんよりも、ブレードさんの方が近寄り難い雰囲気だ。
何故と聞かれれば答えに困ってしまうのだが、触るだけで斬られる様なイメージがある。
桃童子さん以上に俺と相性が悪いのも原因の1つだろうが、この人に勝てるビジョンはまだ見えない。
「あいつが死んだのは少し寂しいが、こればっかりは仕方ないか。聞いた話だが、ランカーになる気は無いのだろう?」
「はい。私には不相応ですから」
憎悪を使えばそれなりに戦えるだろうが、魔法少女限定である。
しかも、相手が強ければ戦う度に、全身ボロボロになってしまう。
その癖相手が弱ければ、能力が低下するので、本当に使い勝手が悪い。
「そうは思えないが、無理強いするのも悪いか。今度模擬戦でもしよう。勿論、本気でな」
ブレードさんはそう言い残して、仮眠室を出て行った。
どうやら本格的に目を付けられてしまったようだが、遅かれ早かれこうなるのは予想できた。
ブレードさんは有望な人を見つけては、戦いを挑んでいるらしいからな。
戦うのは良いのだが、ブレードさんに勝つ方法か……。
避けられないほどの大魔法を使うのが一番だが、1対1でそんな魔法を使おうとすれば、直ぐに倒されてしまう。
なら第二形態になればいいのだが、あの姿では色々とやらかしているので、公にすることは出来ない。
アクマで初見殺し出来ればいいが、既にタネが割れているので、避けられてしまうだろう。
流石の俺も首を斬られたら死んでしまうので、血を触媒に魔法なんて荒業も出来ない。
無難に恋人を使うのが一番かもしれないが、単体だと他の2つに比べて見劣りする。
俺も強化フォームになれれば、他にも手立てはあるが、今の状態では勝ち目は薄い……いや、無い。
(強化フォームって、どうすればなれるんだ?)
『前にも教えたけど、魔法少女個人個人で変わるから、明確な方法は無いよ。強い想いが必要って言われてるけど、才能も関係しているかもね』
強い想いって言うなら、想いそのものである憎悪があるので、強化フォームに成れてもおかしくないと思うんだがな……。
一番簡単に強くなれる方法だというのに、使えないのが歯痒い。
(アルカナよりも先に強化フォームが欲しかったが、中々上手くいかないものだな。タラゴンさんから連絡はあったか?)
『夜には来るってさ。正確な時間は流石に分からないって』
夜ならまだまだ時間があるな。
今の内に、楓さんへ会いに行ってしまおう。
(それなら時間もあるし、楓さんに会い行こう。拠点にはまだ居るんだろう?)
『昨日から動いている様子はないね。本当に行くの?』
(どうせ今の俺は、戦うことが出来ないんだ。雑用位は今の内に済ませたい)
『私があれこれ言ったところで聞かないのは知ってるけど、せめて倒れないようにね』
(分かってるさ)
アクマに服を変えてもらい、フードを被ってから転移してもらう。
当たり前だが、人がほとんど通らない場所に転移している。
(楓さんの場所は?)
前にマリンとかと食事をした個室に居るみたいだね。
何故そんな所にと思うが、色々と面倒な事情でもあるのだろう。
俺としては好都合なので、さっさと向かおう。
アクマの案内により、人と会わないで喫茶店まで来たが、相も変わらず閑散としている。
店員も妖精のみなので、ここでなら多少姿を見られて問題ないだろう。
「いらっしゃいませー。おひとり様ですか?」
「待ち合わせをしているので大丈夫です」
店員の妖精に一言言ってから奥の個室を目指す。
『奥から3番目の個室だね』
(了解)
個室のドアを叩くと、「どうぞ」と声が聞こえた。
楓さんと会うのはかなり久々な気がするな。
「書類とデータはそこにあるのを…………」
俺に気づいた楓さんは、目を見開いて固まった。
「……楓さん?」
「はっ! 出歩いて大丈夫なんですか? ジャンヌは安静にするようにと言っていた気がするのですが?」
「大丈夫です。大したことではないですから」
正直少しふらつくが、これは貧血によるものだ。
それと、長々とシャワーを浴びていたのも原因だろう。
「大丈夫ならいいのですが、私に用ですか?」
「はい。情報の擦り合わせをしておこうかと。封印されていた魔物や、破滅主義の拠点について」
楓さんの目が少し鋭くなるが、直ぐに柔らかい笑みを浮かべる。
「そうですね。イニーはそれなりに、裏の事情も知っているんでしたね」
オンライン上にデータがあれば、アクマが調べる事ができるので、知ることは容易い。
一部制約のせいで教えてくれない事もあるが、それなりに情報を持っている自負がある。
「例の天使や桃童子さんの本気。北極にいた魔物の危険性程度までは知っています」
「そうですが。とりあえず座って下さい。先に何か注文しますか?」
少し長くなるかもしれないし、頼んでおくか。
魔女のせいで長い間珈琲を飲んでいないので、折角なので飲んでおきたい。
パネルで珈琲を頼み、届くまでは他愛のない会話で時間を潰す。
主な内容は家での生活だ。
タラゴンさんとは仲良くやれているのか?
ご飯はちゃんと食べて居るのか?
友達はいるのか?
などなど、まるで子供を心配する母親のように色々と聞いてきた。
学園へ行く事になったのは楓さんの意向だったが、おかげ様で魔法少女としての常識を学ぶことが出来た。
マリンなんて爆弾を作ることになったが、学ぶ事が出来た事には感謝している。
だからと言って根掘り葉掘り聞かれるのは、俺の精神に多大なダメージを与える。
「お待たせしましたー。ごゆっくりどうぞー」
やっと妖精が珈琲を持ってきてくれたので、本題に入る事が出来る。
それと珈琲が美味しい。
「もうそろそろ本題に入っても良いでしょうか?」
「…………ええ、そうですねイニーに無理をさせるのも悪いですからね」
今の間はなんだと聞きたいが、これ以上時間を無駄にしたくないので、黙っておく。
「何から知りたいですか? 私が答えられることならば、教えます」
「先ずは北極で何があったか、教えてもらえますか?」
楓さんは苦い顔をしてからため息を吐いた。
「やはり知っていますよね。一応知られないようにしていたのですが…………分かりました」
「お願いします」
「少々長くなりますので、先ずは全部聞いて下さい……」
楓さんの説明はとても分かりやすいものだったが、それなりに長かった。
北極に封印されていた魔物。正式名称は無いみたいだが、始まりの魔物と呼ばれているらしい。
始まりの日にあった事故とは、この魔物を運悪く別次元から呼び出してしまったのが始まりだそうだ。
この魔物の特性は、魔力を散布するのだ。それも高濃度であり、魔物の付近は瞬く間に汚染されてしまう。
今世界に溢れている魔力はこの魔物が起因するものだが、既に消すことは不可能だと研究結果も出ている。
つまり、この世界から魔物が消える事は無いそうだ。
ここら辺までは前置きなので俺とは関係ないが、どうやら楓さんは北極で魔女と鬼ごっこしていたみたいだ。
お互いに顔を合わせたわけではないが、楓さんが魔物の周辺に次元結界を張り巡らせ、魔女はそれを解除して回ったらしい。
最終的に楓さんの結界を魔女が上回り、魔物を奪取されたそうだ。
因みに、この事を知っているのは楓さんを含め数名だそうだ。
北極自体が高濃度の魔力で汚染され、魔物が徘徊する地となっているので、通常手段では監視することすら出来ない。
妖精女王には既に伝えて、周りに情報が漏れないように手は打っているそうだ。
魔物が敵の手に落ちたことを知れば、オーストラリアの比ではない混乱が世界を襲うだろう。
昔、核を題材にしたゲームをやったことがあるが、あのゲームで言えば、既に核発射シーケンスにはいっており、発射まで秒読み段階だ。
魔女の指先一つで、世界は終わる。
だが俺が生きている限り、魔女は無秩序に魔物の封印を解くなんて事はしない筈だ。
何とかなる…………と言いたいのだが、ここで非常に困る情報を楓さんが教えてくれた。
「魔物を倒してはいけない……ですか」
「はい。あの魔物は魔力の貯蔵庫の様なものです。もしも倒した場合結界すら突き破り、この世界のほとんどは人の住めない、汚染地帯となるでしょう」
ただの魔法少女では近付く事すら出来ないが、倒すことすら禁忌とされるとはな。
「仮に倒す場合も、別次元に飛ばすか、結界を使える魔法少女を総動員して閉じ込めれば大丈夫でしょうが、この方法では魔力を処理することができません。魔力を処理する方法があれば倒してしまうのですが……」
単純な強さでも、確認されている中では最強だが、楓さんひとりで倒すことは可能だそうだ。
問題は倒した後の、魔力の処理だ。
どれだけの被害になるかは、倒してみないことには分からない。
倒せない以上魔石を用いたシミュレーションも出来ず、一番の安全策が封印だ。
だが、封印でも魔力は溢れるので、下手な場所で封印すれば、それだけで害となる。
俺が知らなかった情報なども一から教えてくれたので助かったが、知ったことによる悩みも増えてしまった。
(楓さんの説明に付け加えることはあるか?)
『あるにはあるけど、後で話すよ。まだ話も終わってないしね』
それもそうだな。魔物の話の次は、楓さんから見た破滅主義派についてだ。
見たというか、殲滅して回ったといった方がいいかも知れないな。
これまでは一カ所しかないと思っていた破滅主義派の拠点だが、実情は違っていた。
どうやら俺が戦っていた幹部以外にも、結構な量の魔法少女が破滅主義派には居たそうだ。
これまで楓さんが潰した破滅主義派は五か所。
倒した魔法少女は約百人。
言葉は濁していたが、ほとんど殺したらしい。
魔法少女は一般人とは違った、魔法少女用の法がある。
既に魔女やその組織である破滅主義派が起こしてきた事件を鑑みれば、死刑か終身刑しかない。
本来は一度裁判に掛けるのだが、各国のランカーは、現場での判断で処理して問題ない事になっている。
報告は正確にしなければならないが、相手に明確に罪がある場合は報告書一つで片付く。
この事もあり、指定討伐種は基本的にランカーが担当しているらしい。
話は戻して、二度程例の薬を使った魔法少女とも戦ったらしく、その後の末路について顔を歪ませていた。
人が塵となって消えるのは、見てて気持ちの良いものではない。
人として当然の感情だろう。
この件については流石としか言えないが、幹部は1人として姿を見せなかったそうだ。
俺が居ないところでも中々濃いストーリーがあったらしいが、纏めて話せばこんなところだ。
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